きみは何か、信雄のことを知っているのかね?」
「知っているどころか、わしはつい今しがたまで、あの子どもと話をしていたのですよ」
「エッ、話を!? で、信雄はいかしどこにいるんだ!」
「エヘヘヘ……。それはちょっと申しあげられませんが、わしはその場所もよく知っております。だんなのお心しだいで、いつでもお宅に帰るようにしてあげますよ」
「わしの心しだいだと? それはどういう意味だね。きみは信雄をどこかへかくしたとでもいうのか!」
小泉氏は、はげしい口調で聞きかえしました。
「ヘヘヘ……。そうご立腹になっては、お話もできません。じゃあ、ひとつこれを読んでいただきましょうかね。これをごらんになれば、何もかもわかるのですよ」
怪老人はそう言いながら、ポケットから何か文字が書かれた二枚の紙きれを取りだし、信太郎氏に差しだしました。
「あそこに常夜灯(じょうやとう)がついております。あの下へ行って、ひとつよく読んでみてください」
小泉氏は、こんなあやしいやつなんか相手にしないで、そのまま立ち去ってしまおうかと思いました。しかし、意味深な書きものを見せられると、やっぱり一度は読んでみないではいられませんでした。
常夜灯の下へ行って、紙きれを明るい方にかざして見てみると、まずその一枚には、見おぼえのある愛児・信雄くんの文字で、次のようなおそろしい手紙が書かれていたのです。
おとうさま、
ぼくは悪者のためにおそろしい目にあっています。
苦しくって、苦しくって、今にも死にそうです。
早く助けてください。
この老人のいうとおりにしてくだされば、ぼくは助かるのです。
お願いです。
早くぼくをこの苦しみから救ってください。小泉信雄
小泉氏はそれを読みますと、ハッとしてまっさおになってしまいました。
どこからか、信雄君のいっしょうけんめいに救いを求めるさけび声が、かすかに聞こえてくるような気さえします。
急いで、もう一枚の手紙のようなものを読んでみました。
今夜正十二時、きみはきみの家宝、雪舟の山水図の掛け軸を持って元駒沢練兵場東がわの林の中へ来るのだ。
そこに一台の小型自動車が待っている。
きみは掛軸をその自動車の中の人物に手わたすのだ。
そうすれば信雄君はただちにきみの手に帰る。
きみひとりだけで来るのだ。
ぜったいにほかの者を同伴してはならぬ。
もし、このことを警察にうったえるようなことがあれば、信雄君は永久に帰らぬものと覚悟せよ。
小泉信太郎君二十面相
これで見ますと、二十面相は信雄君にあんなこわい思いをさせて、少年探偵団にたいするふくしゅうをとげただけではたりないで、さらにその信雄君を利用して、彼の病い(びょうい)の美術収集の目的をはたそうとしているのです。
なんという虫のいいたくらみでしょう。
雪舟の山水図というのは、先祖代々小泉家に伝わっている家宝で、国宝に指定されている由緒(ゆいしょ)ぶかい名画でした。
もしこれを売却するとすれば、二千万円をくだるまいといわれているほどの宝物です。
二十面相は、その名画と引きかえでなければ、ぜったいに信雄君を返さないというのです。
「エヘヘヘ……、おわかりになりましたかな。で、さっそくですが、ひとつご返事がうけたまわりたいもので。」
怪老人は、手紙に読みいっている小泉氏のかおを、ジロジロとながめながら、毒々しいちょうしで、返事のさいそくをしました。
小泉氏は、どう答えてよいのか、きゅうに思案もうかびません。
信雄君を取りもどさなければならぬことはいうまでもないのですが、そうかといって、国宝にまで指定されている宝物を、むやみに手ばなすわけにはいきません。
「で、わしがこの申し出を承知しないとすれば?」
小泉氏は、老人をにらみつけて、叱りつけるようにたずねました。
「ヘヘヘ……、それはちゃんと手紙に書いてあるじゃあございませんか。おぼっちゃまが、永久にお宅へもどらないというだけのことですよ。」
この口ぶりから察しますと、老人はただ手紙をたのまれたというだけでなく、二十面相の部下のひとりにちがいありません。
相手は一人です。
しかもヨボヨボの老人です。
こいつをここでとらえて、警察へつきだし、二十面相のかくれがを白状させるわけにはいかぬものでしょうか。
そうすれば、信雄君も救いだせますし、宝物をわたさなくてもすむのです。
「ウン、それがいい。まさかこんなおいぼれに、おくれをとることもあるまい。」
小泉氏は、とっさに決心をしますと、いきなりステッキをにぎりしめて、ツカツカと老人の前に近よりました。
「おや、だんな、目の色をかえて、どうなすったのです。わしをなんとかしようというんですかい。」
老人はびっくりしたように、小泉氏を見つめました。
「きさま、二十面相のかくれがを知っているだろう。信雄のいるところも、きさまにはわかっているはずだ。さあ、わしといっしょに来い。警察へつき出してやるんだ。」
小泉氏はさけびながら、おそろしい勢いで老人につかみかかろうとしました。
すると、おや、これはどうしたことでしょう。
相手は飛鳥(あすか)のようなす早さで、サッと身をかわし、今まで腰をかがめてヨボヨボしていたじいさんが、まるで青年のようなおそろしい元気でやみの中にスックと仁王立ちになったではありませんか。
そして、ズボンのポケットから、何か取り出したかと思うと、それを右手ににぎって、ヌーッと小泉氏の鼻の先につきつけました。
ピストルです。
「おいおい、ばかなまねをするもんじゃない。そんなことをすれば、信雄君ばかりか、きみ自身までとりかえしのつかぬことになるのじゃないか。ハハハ……、おれはきみなんかにとらえられるほど、もうろくはしていないつもりだぜ。」
声まで歯切れのよい、若々しいちょうしにかわりました。
まだ若いくっきょうな男にちがいありません。
それが相手をゆだんさせるために、わざと、ヨボヨボの老人に変装していたのでしょう。
小泉氏はギョッとして、立ちすくんだまま、身動きすることもできません。
ピストルをつきつけられては、もう手も足も出ないのです。
「ハハハ……、二十面相に手むかいしようとすれば、つまりこんなことになるんだぜ。わかったかい。その紙きれに書いてある命令を、忠実に守らなければ、おれはようしゃはしない。信雄は永久にこの世から姿を消してしまうんだ。よく思案をして、どちらともきめるがいい。信雄をすてるか、家宝を思いきるか。ついでにいっておくがね、二十面相は魔法使いだ。」どんな姿をして、どこにかくれているかわからないのだ。
きみがへんなまねをすれば、すぐにわかってしまうんだ。
用心するがいい。
ハハハ……、それじゃあ今夜の十二時に、きっとまっているぜ。
」
老人はピストルをかかえたまま、ジリジリと、あとじさりをして、やがて、木のかげのやみの中へ、姿を消してしまいました。
姿は消えても、その遠くのやみの中から、あのぶきみな笑い声が、だんだんかすかになりながら、いつまでもつづいているのでした。
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