ハハハ……。
」
「エッ、それじゃきみは二十面相……。
」
「ハハハ……、やっとわかったかね。
頭の悪い探偵さんだ。
わしは二十面相ともいうし、蛭田博士ともいうし、殿村探偵ともいうし、まだそのほかにいろいろの名を持っているよ。
で、わしが、なぜきみをここへとじこめたか、よくわかっただろうね。
つまりふくしゅうさ。
わしは、いつかきみたちチンピラ探偵のために、ひどいめにあわされた。
そのお礼をしようというわけだよ。
まあ、そこでゆっくりわしの機械を見物してくれたまえ。
ハハハ。
」そう言いすてたまま、しわがれた毒々しい笑い声が、だんだん向こうのほうへ遠ざかっていきました。
二十面相は機械を運転したまま、その場を去ってしまったのです。
小泉君は、もう死にものぐるいです。
何かわめきながら、体じゅうで、ドシンドシンと、ドアにぶつかってみました。
しかし、鉄ばりのドアは、びくともするものではありません。
そうしているうちに、何かかたいもので頭をおさえつけられるような気がして、ヒョイと上を見ますと、どうでしょう。
天井はもう、まっすぐに立っていられないほどさがってきているのです。
小泉君は、むだとは知りながら、両手で、そのつめたい鉄ばりの天井を、力いっぱいおしあげてみました。
しかし、人間の力でこの機械をとめることは思いもおよびません。
力いっぱいおしあげている両手が、ジリリジリリと下へさがってくるのです。
しばらくすると、小泉君はそこへしゃがんでしまわなければなりませんでした。
しゃがんでいても、その頭を、重い天井が、グングンおしつけてくるのです。
考えてみますと、高い天井がそこまでおりてくるのに、十分あまりしかかかっていないのです。
このちょうしでさがりつづければ、あと五分もかからないで、小泉君はおしつぶされてしまうでしょう。
それを思うと、もう生きた心地もありません。
「おかあさーん! 助けてくださーい!」さすがの小泉君も、幼い子どもにかえって、夢中で、そんな叫び声をたてないではいられませんでした。
すると、その叫び声に答えるように、どこからか、例のしわがれ声が聞こえてきました。
「ウフフフ……、小泉君、どうだね、その気持ちは。
もうたくさんかね。
いや、心配しなくてもいい。
わしはきみの命をとろうとは考えていないのだよ。
ただ、二度とわしに手むかいなどせぬよう、きみをこらしめたまでさ。
どうだ、少しは身にこたえたかね。
」
こわい夢でも見たあとのように、あぶら汗でビッショリになった小泉君が、声のするほうをふりむきますと、鉄板の壁の一ヵ所が、二十センチ四方ほど、窓のようにひらいて、そこから蛭田博士に化けた二十面相の顔がのぞいているのです。
少しも気づきませんでしたが、そんなところにのぞき穴のかくし戸があったのです。
「ハハハ……、こわかったかね。
まっさおな顔をしているな。
安心するがいい。
もう機械はとめてしまった。
これでわしのお仕置きはおしまいだ。
今そこから出してあげるよ。
だが、そのまえに、ちょっときみに書いてもらいたいものがある。
ここにペンと紙があるからね、わしのいうとおりに、そこへ書いてもらいたいのだ。
いいかね。
もしきみがいやだといえば、また機械が動きだすのだよ。
それがこわければ、さあ、このペンを受けとって、書くのだ。
なあに、なんでもない、やさしい文句だよ。
」二十面相は、ネコなて声でそんなことを言いながら、のぞき窓から、一枚の用紙と万年筆を差しだすのでした。
怪老人
お話かわって、それから三十分ほど後、小泉君のおうちの近くの神社の森の中を、四十歳ほどのデップリふとった紳士が、和服の着流しに、帽子もかぶらず、ステッキをふりながら、歩いていました。
その紳士は小泉信雄君のおとうさまの小泉信太郎氏でした。信太郎氏は、いくつもの会社の重役をつとめている、お金持ちの実業家でした。でも、毎日会社から帰って夕ごはんを食べ終わると、すぐ近くの神社の森へお散歩に行くのが日課になっていたのです。
きょうは少し夕ごはんの時間が遅くなってしまったので、お散歩の時間も遅くなり、神社の境内(けいだい)はほとんど真っ暗になっていました。
それでも、いつもの習慣になっていたので、お散歩をしないとなんだか気持ちが悪いのです。だから信太郎氏は、その暗い森の中をブラブラと歩きまわっていました。
なぜ夕ごはんがそんなに遅くなったかというと、一人息子の信雄(のぶお)くんが、いくら待っても学校から帰ってこなかったからです。
でも、「きっとまた野球の練習でもしているんだろう」と、あまり気にせず、みんなで先に夕ごはんを済ませてしまったのでした。
小泉くんのおうちは渋谷区桜丘町(さくらがおかちょう)にあります。だから、世田谷区池尻町(いけじりちょう)にある二十面相(にじゅうめんそう)のアジトとは、電車で十分もかからないほどすぐ近くです。
そんな目と鼻の先で、かわいい信雄くんがあんなにおそろしい目にあっているとも知らず、おとうさまの信太郎氏は、のんきそうにお散歩をしていたのです。
「もしもし。小泉のだんなじゃあございませんか」
とつぜん、暗やみの中から声をかけてくる人がいたので、信太郎氏はびっくりしてふりかえりました。
見てみると、大きな木のかげに、まるで乞食(こじき)のようなボロボロの洋服を着て、白髪(はくはつ)と白いあげひげをはやした老人が、ニヤニヤ笑いながら立っているではありませんか。
「わしは小泉だが、きみはだれだったかな」
信太郎氏はそう言いながら、目をこらして相手をじろじろと見つめました。しかし、どう考えても、こんなきたない老人におぼえはありません。
きたないというだけでなく、ふさふさと伸ばした白いあごひげがなんだか仙人(せんにん)のようで、うす気味悪くさえ感じられます。
「エヘヘヘ……。お見おぼえのないのもごもっともでございます。じつははじめてお目にかかる者なのですが、だんなに少しお話ししたいことがありましてね。ヘヘヘ……」
なんという気味の悪いやつでしょう。
暗い森の中で、いきなり木のかげから姿をあらわし、変な鳥のような声で笑いながら、話したいことがあるというのです。
もしかして、物もらい(乞食)でしょうか?
いや、物もらいにしては、なんだか話し方が変ではありませんか。
「話というのは、どんなことだね。込み入った話なら、あらためてうちの方へ来てもらいたいのだが」
信太郎氏は、正体のわからない相手を警戒するように、ぶっきらぼうに答えました。
「ヘヘヘ……。なあに、そんな込み入った話でもございませんよ。じつはお宅のお坊ちゃまのことにつきまして……」
「エッ、信雄のことだって? 信雄がどうかしたのか!」
小泉氏は、老人の意味深な話し方に、思わずギョッとして聞きかえしました。
「エヘヘヘ……。そうら、ごらんなさい。わしの話を聞かずにはいられないでしょうがな。おや、信雄さんは学校からお帰りになりましたかな? ええ、今お宅においでですか?」
「いや、さいぜんわしが家を出るまで、まだ帰っていなかった。どうしたのかと心配しているところだ。
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