彼は体を丸め、まるで百日咳のように激しくせき込んだ。
口から、鼻から、耳から、黄色い液体がほとばしった。
彼のこの苦しみを囃すように、またしても三曲万歳の合唱が始まった。
聞くに堪えない悪口雑言が繰り返された。
ひとしきりせき込んだ後は、ぐったりと死人のように横たわっている一寸法師の上を、肉襦袢を着たお花が踊り回った。
肉づきのいい彼女の足が、何度も彼の頭の上をまたいだ。
拍手と歓声と、拍子木の音が、耳をつんざくばかりに続けられた。
もはやそこには、一人として正気な者はいなかった。
誰も彼もが狂ったように怒鳴り声をあげた。
お花は、テンポの早い万歳の節に合わせて、狂暴なジプシー踊りを踊り続けた。
一寸法師の緑さんは、やっと目を開くことができた。
不気味な顔が、猩々(しょうじょう)のように真っ赤になっていた。
彼は肩で息をしながら、ヒョロヒョロと立ち上がろうとした。
と、ちょうどその時、踊り疲れた玉乗り娘の大きなお尻が、彼の目の前に漂ってきた。
そして、わざとなのか偶然なのか、彼女は一寸法師の顔の上へ尻餅をついてしまった。
仰向けにおしつぶされた緑さんは、苦しそうなうめき声を上げて、お花のお尻の下でもがいた。
酔っぱらったお花は、緑さんの頭の上で馬乗りの真似をした。
三味線の調子に合わせて、「ハイ、ハイ!」と声をかけながら、平手でピシャピシャと緑さんの頬を叩いた。
一同の口からバカ笑いが爆発した。
けたたましい拍手が起こった。
だが、その時緑さんは、大きな肉の塊の下敷きになって、息もできず、半死半生の苦しみを味わっていたのだ。
しばらくしてやっと解放された一寸法師は、やっぱりニヤニヤと、おバカな笑みを浮かべて半身を起こした。
そして、冗談のような調子で、
「ひでえなあ」
とつぶやいたばかりだった。
「おい、鞠(まり)投げをやろうじゃねえか!」
突然、鉄棒のうまい青年が立ち上がって叫んだ。
みんな「鞠投げ」の意味をよく知っている様子だった。
「いいとも」
一人の軽業師が答えた。
「やめろよ、やめろよ、あまりにかわいそうだよ」
ハの字ヒゲの手品使いが、見かねたように口を挟んだ。
彼だけは、綿ネルの背広を着て赤いネクタイを結んでいた。
「さあ、鞠投げだ、鞠投げだ!」
手品使いの言葉なんて耳にもかけず、その青年は一寸法師の方へ近づいていった。
「おい、緑さん、始めるぜ!」
そう言うが早いか、青年はおもちゃのように不具者を引っ張り起こし、その眉間(みけん)を平手でグンと突いた。
一寸法師は突かれた勢いで、まるで鞠のようにクルクル回りながら、後ろの方によろけていった。
すると、そこにもう一人の青年がいて、これを受け止めると不具者の肩をつかんで自分の方へ向け、またグンと額を突いた。
かわいそうに緑さんは、再びグルグル回りながら前の青年のところへ戻された。
それから、この不思議で残忍なキャッチボールが、いつまでも繰り返された。
いつの間にか、合唱は出雲拳(いずもけん)の節に変わっていた。
拍子木と三味線が、やけに激しく鳴らされた。
フラフラになった不具者は、執念深い微笑みを浮かべながら、その不思議な役目を続けていた。
「もうそんな下らない真似はやめにしろ。
これからみんなで芸づくしをやろうじゃないか」
不具者のいじめに飽きた誰かが叫んだ。
意味のない怒号と狂気のような拍手が、それに答えた。
「自分の持ち芸じゃダメだぞ。
みんな、隠し芸を出すんだ。
いいか!」
紫サテンのパンツの男が、命令するように怒鳴りつけた。「まず、最初は緑さんからだね」
誰かが意地悪そうにそう言うと、ドッと大きな拍手が起きた。
疲れ果てて床に倒れ込んでいた緑さんは、この乱暴な指名すらも、底知れない笑顔で受け入れた。
彼の不気味な顔は、本当は泣くべき時であっても、なぜか笑っているのだった。
「それなら、面白いこと思いついちゃったわ!」
まっ赤に酔っぱらった美人の玉乗り娘・お花が、フラフラと立ち上がって叫んだ。
「豆ちゃん、お前ね、あの髭(ひげ)のおじさんの大魔術をやるといいわよ。
一寸だめしに五分だめし、美人の獄門(ごくもん)っていうやつをさ。ね、いいでしょ? やってみなさいよ」
「えへへへへへ……」
一寸法師は、お花の顔をじっと見つめて笑った。
無理やり飲まされたお酒のせいで、彼の目は妙にとろんと濁っていた。
「ねえ、豆ちゃんはさ、あたしのことが好きなんでしょ? だから、あたしが言うことなら何だって聞いてくれるよね。あたしがその箱の中にちゃんと入ってあげるからさ。それでもまだ、いやかい?」
「わあ、すごいぞ、一寸法師の色男!」
またしても、破れんばかりの拍手と笑い声が起こった。
豆蔵とお花の「美人獄門の大魔術」――この不思議な組み合わせが、酔っぱらいどもを大喜びさせたのだ。
大勢の人間が足取りをふらつかせながら、大魔術の道具を準備し始めた。
舞台の正面と左右に黒い幕が下ろされ、床には黒い敷物が敷かれた。
そしてその前に、まるで棺桶(かんおけ)のような木箱と、一つのテーブルが持ち出された。
「さあ、始まり始まり!」
三味線と鉦(かね)と拍子木が、お決まりの前奏曲を鳴らし始めた。
そのお囃子に背中を押されるようにして、お花と、彼女に手を引かれた一寸法師が舞台の正面に現れた。
お花は体にぴったりと張り付いた肉色のシャツ一枚だけで、緑さんはダブダブの赤い道化服を着ていた。
そして彼は相変わらず、大きな口を開けてニヤニヤと笑い続けていた。
「口上(こうじょう)を言うんだよ、口上を!」
誰かが怒鳴りつけた。
「困るな、困っちまうな……」
一寸法師はブツブツとそうつぶやきながらも、やがて何かを語り始めた。
「えー、ここにお目にかかけまするは、神変不思議の大魔術、美人の獄門とござりまして、これなる少女をかたわらの箱の中に閉じ込め、十四本の日本刀をもちまして、一寸だめしに五分だめし、四方八方より串刺し(田楽刺し)にするのでござります。
えーっと、だがしかし、それだけでは皆様の御慰みには少々薄いようにござります。
このように斬りさいなみましたる少女の首を、ザックリと切断いたし、これなるテーブルの上に晒し首にいたすのでござあい! はっ!」
「見事だ、見事だ!」「そっくりだな!」
賞賛とも冷やかしともつかない歓声が、やけくそな拍手に混じって聞こえてきた。
頭が少し弱いようにも見える一寸法師だが、さすがは長年の商売柄、舞台での口上は実にうまいものだった。
いつもあの八字髭の手品使いがやっているのと、口調からセリフの隅々まで、寸分違わぬ完璧さだった。
やがて、美人玉乗りのお花はあでやかに一礼すると、そのしなやかな体を棺桶のような箱の中へすっぽりと隠した。
一寸法師はそれに蓋をすると、大きな錠前をカチャリと下ろした。
そこには一束の日本刀が無造作に投げ出されていた。
緑さんは一本、一本それを拾い上げ、一度ずつ床に突き立てて「これは本物の刀だ」と見せつけてから、箱の前後左右にあけられた小さな穴へと次々に突き通していった。
初級翻訳・踊る一寸法師 第2話
江戸川 乱歩
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