初級翻訳・魔法人形 第19話

江戸川 乱歩

あんな小さな相棒でも、こういうときにそばにいてくれたら、どんなに心強いことでしょうに!
やはりそれは人形でした。
命がなくて、機械で動く人形です。
人形じいさんも、今回の西洋悪魔も、どちらも人形づくりの名人です。
あのむすめ人形が動いたのも、見事なトリックでした。
しかし、ここには機械じかけで動く本物のロボットがいるのです。
恐ろしい人造人間がいるのです。
しかも、それはひとつだけではありませんでした。
闇の中から黒い鉄の大きな怪物たちが、つぎからつぎへとあらわれてくるではありませんか。
どれも同じかたちのロボットです。
目には電灯がしかけられているのでしょう。
みんな、まっかな目を光らせています。
まるで赤いネオンのような色です。
それが、まるでまばたきをするように、パッ、パッとついたり消えたりしているのです。
ロボットの数は、全部で五つありました。
でも、マユミさんには、それが二倍にも三倍にも感じられたのです。
みんなも想像してみてください。
まっ暗やみの庭に、人間の倍もあるような巨大な鉄の機械人間が五つもあらわれて、まっかな目をパチパチさせながら、ぎくしゃくした足でのっし、のっしと近づいてきたら、その恐ろしさがどれほどのものか!
ふつうの人なら、きっと気絶してしまうにちがいありません。
ロボットたちは、ギリ、ギリ、ギリという歯車の音を立てて、もう目の前まで近づいてきました。
マユミさんは逃げようとしました。
ロボットとロボットのすき間をぬって、逃げようとしました。
しかし、どうしても逃げることができません。
ロボットたちはまるで人間のように、マユミさんが逃げるほうへ足をふみ出したり手を出したりして、じゃまをするのです。
鉄の手はものすごい力で、ちょっと手で押しのけるようなことなんてとてもできません。
「助けてえ……!」
マユミさんは、ついに悲鳴をあげてしまいました。
そして、あの西洋悪魔のいる窓のほうへと逃げもどりました。
西洋悪魔が相手だとしても、目の前のロボットよりはマシだと思ったのです。
その窓は、いつの間にかまっ暗になっていました。
ろうそくの火を消してしまったのでしょう。
ガラガラッと、ガラス戸の開く音がしました。
そして、まっ暗な部屋の中から、ニューッと二本の手が伸びてきたかと思うと、やにわにマユミさんの両うでをつかみ、かるがると持ちあげて、あっというまに部屋の中へと引きずり込んでしまいました。
西洋悪魔か、あるいはその部下の男か、どちらかです。
しかし、どちらであっても、相手は生身の人間です。
マユミさんは、あの恐ろしい人造人間たちに囲まれているよりは、はるかにマシだと思いました。
「きさまは、何者だっ!」
闇の中から、太い声がきこえてきました。
西洋悪魔の声です。
マユミさんは、部屋の床にころがされたまま、じっと黙っていました。
すると今度は、部下の男の声が響きました。
「先生、もしかしたら、こいつがくせものかもしれませんよ。
どうも妙なことがあるんです。
あっしはさっき、玄関のドアをあけるのにちょっと手間取った。
そのあいだ、ふろしきづつみを石段の上においておいたんです。
そのすきに中身をぬき取られたか、それとも別の箱のつつみとすりかえられたにちがいない。
いま思い出してみると、そのときからふろしきづつみが妙に軽くなったんです。
ああ、そうだ。きっとそうにちがいない。
先生、こいつは敵のまわしものズラよ。
まさか明智小五郎じゃあるまいが、明智の手下にちがいない。
ぶちのめして、本当のことを吐かせましょうか!」
男は、ようやくそれに気がついたようです。
「いや、おれにまかせておけ。
おれには少し心当たりがある。
もしこいつが明智の手下だとしたら、ものすごく大事な人質になるぞ。」ひとつ、明智先生へのおみやげに、こいつにおれの魔力を見せてやろう。
ウフフフフ……。」
西洋悪魔は、不気味な声で、さもおかしそうに笑うのでした。

地底のジャングル

「おい、きみは何者だ。
男の服をきているが、どうも女らしいね。
ああ、わかったぞ。
明智探偵の助手に、マユミという少女があると聞いたが、きみはそのマユミだろう。
宝冠のつつみをすりかえたのもきみにちがいない。
え、そうだろう? さあ、はくじょうしたまえ。」
西洋悪魔が、恐ろしい顔になって、せめたてるのです。

マユミさんは、どう答えたらいいのかわからないので、だまって、あいてをにらみつけていました。

「答えられないかね。
それじゃ、おれのいったことが、あたっていたんだね。
きみの顔に、そう書いてあるよ。
ウフフフフ……まあいい。
せっかくきてくれたんだから、おもしろいものを見せてあげよう。
きみのびっくりするようなものだよ。
そして、まあ、とうぶんここに、滞在するんだね。
え、わかったかね。
きみはもう一生、明智探偵のところへは帰れないのだよ。」
言葉はおだやかですが、じつに恐ろしい意味がこもっていました。
西洋悪魔は、マユミさんを、いつまでも、この家にとりこにしておくつもりなのです。

「さあ、こっちへきたまえ。
おもしろいものを見せてやる。
おれは美術家だからね。
人形も作るし、そのほか、いろいろなものを作る。
そして、おれ作ったものには、みんな、たましいがはいって動きだすのだ。
さっきのロボットも、やっぱり、おれが作ったものだよ。」
西洋悪魔は、そういって、マユミさんの手首を、ギュッとにぎりました。
まるで鉄でしめつけられるような恐ろしい力です。
ふりほどくことなど思いもよりません。
ぐんぐんひっぱられるままに、マユミさんは立ちあがって、そのあとからついていきました。

ドアの外の廊下に出て、むこうがわのドアから、べつの部屋にはいりました。

「しばらく、ここに待っていたまえ。
いまにきみを、いいところへ案内してやるからね。」
西洋悪魔はそういって、ピシャンと、ドアを閉めると外からかぎをかけて、どこかへいってしまいました。

マユミさんは、ドアのそばに立って、部屋の中を見まわしました。
なんのかざりもない、がらんとした部屋です。
まん中に大きなテーブルが、ひとつおいてあるばかりです。
そのテーブルのむこうに、ひとりの男がいすにかけていました。

みょうな男です。
まっかな背広をきて、恐ろしくでっかい、みどり色のちょうネクタイをしています。
頭の毛は、西洋人のように茶色で、ふさふさして、顔は、あぶらでもぬったように、てらてらと光っています。
そして、茶色のモジャモジャしたまゆげの下に、まんまるな目が、じっと、こちらを見ているのです。
気味のわるいことに、その目が、こちらを見たまま、すこしも動きません。
まばたきもしないのです。
いや、目ばかりではなく、からだぜんたいが、まるでミイラのように、ちっとも動かないのです。

マユミさんは、なんだかゾーッとして、逃げだしたくなりました。
しかし、逃げるところがありません。
たった一つのドアに、さっき、西洋悪魔が、かぎをかけていってしまったからです。

「きみ、こちらへきたまえ。」
子どものような、かんだかい声が聞こえました。
テーブルの男がいったのでしょう。

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