初級翻訳・魔法博士 第24話

江戸川 乱歩

明智の野郎も、三人の子どもたちも、ちゃんと牢屋に閉じ込めました」
すると黄金怪人は、あの歯車のような声で、
「うん、よくやった。
これで安心というものだ。
これからはわしが明智を鍛えてやる。
つまり訓練を施すのだ。
そしてわしの部下にしてしまうのだ」
と、なんだか気味の悪いことを言いました。
そして、
「きみたちはあっちへ行ってもよろしい。
わしはちょっと明智に話がある。
その鍵をこちらへよこしなさい」
黒覆面が鍵を黄金怪人に渡しました。
「よろしい。
みんな自分の部屋へ帰りなさい」
四人の黒覆面は命じられたとおり、牢屋の前から立ち去っていきました。

あとには黄金怪人が一人だけ残ったのです。
怪人はいま「明智を鍛えてやる」と言いましたが、いったいどんなことをするのでしょうか。
何か拷問のような恐ろしいことを始めるのではないでしょうか。

きちがい怪人

それから四、五時間たって、夜の明けるころでした。
魔法博士の二十人の部下は、ある者は地上の部屋に、ある者は地底の部屋に、一部屋に二人または三人ずつベッドを並べて眠っていました。
しかし、みんなが眠っているわけではありません。
交代で一部屋から一人ずつ、広い地底の岩の廊下を隅から隅まで回り歩いて警戒しているのです。
明智探偵や三少年が閉じ込められている部屋の前も、ときどきその黒い覆面が通りかかります。
そして鉄格子の外からジロジロと覗いていくのです。
牢屋には小さい電灯がついているので、中はうすぼんやりと見えます。異状は特にありません。
さっき黄金怪人がひとりきりになり、明智探偵を鍛え上げたようですが、牢屋の隅にうずくまっている明智には、特にけがをしている様子もありません。
隣の牢屋の三人の子どもたちも、おとなしくしています。
もう朝なので、早起きの部下たちは自分の寝室のベッドから起き上がり、顔を洗いにいく者もいます。
地底のある部屋で、ひとりの部下が目をさまし、ベッドの上でもぞもぞと動いていました。
寝ているときは黒覆面をはずし、ふつうの寝間着を着ています。
そのため顔がよく見えますが、ふさふさした黒い髪の毛、太いまゆ、ぎょろっとした目、ひらべったい鼻、大きな厚いくちびる。
いかにも悪者らしい人相の男です。
年齢は三十歳くらいでしょうか。
その男がベッドの上に半身を起こし、両手をぐっと伸ばして大きなあくびをしたときです。
ドアにコツコツとノックの音が聞こえました。
「だれだっ、たたいたりしないで、入ったらいいじゃないか。鍵はかかっていないよ」
男が怒鳴ると、ドアの取っ手がぐるっと回って、スーッと開きました。
そして、そこにあらわれたのは、意外にも、魔法博士の黄金怪人でした。
それを見ると、男はびっくりしてベッドから飛び降り、床の上に直立して、
「おはようございます」
と、ていねいにとりくみました。
魔法博士は用事があればベルで呼びつけるばかりで、部下の部屋に入ってくることはめったにないのです。
それが朝っぱらからドアをノックして入ってきたのですから、部下が驚いたのも無理はありません。
寝間着姿で直立したまま、おどおどして黄金怪人の顔を見つめています。
「むこうを向け!」
怪人の歯車のような声が命令しました。
部下は言われるままに後ろを向きました。
「両手を後ろに出せ!」
部下は両方の手をそっと後ろへまわしました。
すると、黄金怪人がどこからか細引きのようなものを取り出し、パッと部下に飛びかかって、後ろにまわした両手をしばりあげてしまいました。
「あっ、なにをなさるんです?」
それを半分も言わせないで、黄金怪人は白い布を丸めたものを部下の鼻と口にあてて、ぐっと押さえつけました。
しばらくそうしてじっとしていると、男は気をうしなって、ぐにゃりと倒れてしまいました。
白い布には麻酔剤がしみこませてあったのです。
怪人は「ウフフフ……」と不気味に笑いながら、倒れた男の足を細引きでグルグル巻きにして、その体をベッドの下へ押し込んでしまいました。
この部下は何か悪いことをしたので罰をくわえられたのでしょうか。
どうも、そうではなさそうです。
男は別に魔法博士を怒らせようなことはしていなかったのです。
それでいて突然、こんなひどい目にあわされたのです。
魔法博士は気でも狂ったのでしょうか。
それから、黄金怪人はつぎつぎとひとりきりの部下の部屋にはいり、同じように命令し、同じように麻酔剤をかがせ、手足をしばり、ベッドの下に押し込んでまわるのでした。
これはもう、ただごとではありません。
魔法博士の黄金怪人は自分の部下を全部しばりあげて、身動きできないようにしてしまうつもりらしいのです。
いったい、これはどうしたことでしょう。
魔法博士はほんとうに気違いになってしまったのでしょうか。
ところが、そうして六つの部屋をまわり、六人の部下をしばりあげ、七番目の部屋に入ったときです。
ちょうどその廊下を通りかかった黒覆面の部下が、ちらっと黄金怪人の姿を見たのです。
そして、「へんだな」と思ったのです。
その部下は、いま魔法博士に呼ばれて博士の寝室に行って帰ってきたばかりなのです。
むろん、博士は黄金怪人の姿をしていました。
その博士がこんなところへあらわれるはずがないのです。
博士の寝室からここまでは一本道ですから、自分を追い越さなければあの部屋には入ることはできません。
ところが、追い越された覚えはないのです。
しかも、あの部屋に入った黄金怪人は反対のほうからやってきたようです。
黒覆面の部質はあんまりへんなので、その部屋の前にしのびより、ドアの鍵穴に目をあててのぞいてみました。
すると、その部屋の男が黄金怪人に麻酔剤をかがされて倒れようとしているところでした。
部下はびっくりしてしまいました。
「これは大変だ。博士があんなことをするはずはない。こいつはひょっとしたら偽物かもしれないぞ」」と思ったので、いそいで魔法博士の寝室へひきかえし、ドアをひらいて、とびこんでいきました。
すると、そこには、ちゃんと、魔法博士の黄金怪人が、いすにかけているではありませんか。
「あっ、やっぱりそうだ、先生、たいへんです。
もうひとり、黄金怪人が、あらわれたのです。
」
 そして、くわしく、あの部屋のできごとを話しました。
すると魔法博士も、はっとしたように立ちあがって、
「むろん、そいつは、にせものだ。
だが、おかしいな。
明智のほかには、だれも、ここへはいったやつはないはずだ。
その明智は、ああして牢屋にとじこめてある。
明智でないとすると、そいつは、いったい、何者だろう。
よしっ、わしが、いってみる。
きみも、ついてくるんだ。
」
 魔法博士の黄金怪人は、黒覆面の部下といっしょに、いきなり部屋をとびだすと、さっきの部下の部屋へかけつけました。
そして、その部屋のドアから十メートルほどのところまで、近づいたときです。
ぱっと、そのドアがひらいて、中から黄金怪人が出てきました。
もう、その部屋の部下を、ベッドの下におしこんでしまって、つぎの部屋へいくつもりなのでしょう。
「あっ、あれです。
先生と、そっくりの姿をしています。
」
 黒覆面の部下が、魔法博士にささやきました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました