初級翻訳・魔法博士 第23話

江戸川 乱歩

すると、そのとき、恐ろしいことが起こりました。
巨人の心臓から出ている大きな動脈が、パンと音を立てて破裂したのです。
血管がやぶれたのです。
そして、真っ赤な液体が、どっと滝のように流れ出してきました。
三人とも、巨人の心臓の血に染まってずっしり濡れながらも格闘を続けていましたが、ついに人形はふたりの黒覆面によって押さえつけられ、ロウの仮面をはぎ取られてしまいました。
そして、その下からあらわれた顔は――ああ、やっぱり明智探偵でした。
魔法博士の部下たちは明智探偵の顔をよく知っていたので、まちがいありません。
「きさま、明智だな。
さすがに、先生は目がきく。
ロウ人形の中に明智が入っていることを、ちゃんと見抜いていたんだからな」
ふたりの黒覆面は、両方から明智探偵の手をつかみ、長い岩の廊下を通って魔法博士の寝室にもどりました。
明智はなぜか逃げだそうともせず、おとなしくふたりに伴われてきたのです。
三人が寝室に入ってくるのを見ると、魔法博士はうれしそうにからからと笑いました。
「とうとう捕まえたぞ。
明智先生、わしはきみをここへおびきよせて、とりこにするのが最後の望みだった。
その望みが今、かなったのだ。
どうだ、魔法博士にかかっては、さすがの名探偵もいくじがないじゃないか。
ワハハハハ……」

地底の牢獄

魔法博士の黄金怪人は、なおも言葉を続けました。
「ウヘヘヘヘ……、明智先生、よくおいでくださった。
お待ちしておりましたよ。
ロウ人形に化けて隠れているとは、いかにも明智先生らしい。
だが、こう簡単に見つかってしまったじゃないですか。
ええ、明智先生、さすがの先生もわしの計略にひっかかりましたね。
え、わからないのですか? ほら、あのB・Dバッジですよ。
あれは少年たちが落としたのではなく、わしの部下が先生をおびきよせるために落としておいたのですよ。
ウヘヘヘ……、明智先生ともあろうものが、そんな手に引っかかるなんて、先生も少しぼけましたね。
ウヘヘヘ……」
黒覆面のふたりの部下に両手をつかまれた、シャツ一枚の明智探偵は、魔法博士の黄金色の顔を見つめたまま、何を言われても黙っていました。
「ところで、明智先生、わしはあなたをこうしてとりこにした。
これからきみを訓練して、わしの部下にするのだ。
それがわしの最後の目的だったのだからね」
明智はまだ黙っています。
「おい、明智君、なぜ黙っているんだ。
わしの弟子になるのが嫌だとでもいうのかね」
すると、はじめて明智が口を開きました。
「部下になってあげたいが、どうもそれは難しそうだね」
「えっ? 難しいって? それはどういう意味だ」
「ぼくは決して、きみのとりこになんかならないからさ」
魔法博士の黄金怪人はそれを聞くと、あっけにとられたようにしばらく黙っていましたが、やがて大きな歯車の音をたてて笑い出しました。
「ウヘヘヘヘ……、とりこにならないって? ウヘヘヘ……、きみはこうして、ちゃんと捕まえられているじゃないか。
もうどうしても逃げだすことができないじゃないか」
「ところが、ぼくは捕まえられていないんだよ。
まったく自由なんだよ」
「えっ? まったく自由だって? ウヘヘヘ……、やせがまんもいいかげんにしろ。
それとも、わしの部下の手を振り払って、逃げ出すとでもいうのか」
「逃げだすなんて卑怯なまねはしないよ。
逃げださなくても自由なんだ。
きみのとりこにはなっていないのだ」
明智探偵は、なんだかわけのわからないことを言うのでした。
「えっ、逃げださなくても自由の身だというのか。
ウヘヘヘ……、体は不自由だが、心だけは自由だというのだろう」
「体も自由だよ。
ハハハ……、魔法使いはきみばかりじゃない。
ぼくだってこう見えても魔法の名人だよ」
黄金怪人はまた黙ってしまいました。
なんだか気味が悪いのです。
明智の言うことがよくわからないのです。
明智のほうが一枚上手で、バカにされているような気がします。
しかし、弱みを見せてはならないと、いっそう大きな声で笑ってみせました。
「ウヘヘヘ……、なんとでも言うがいい。
いまに泣きべそをかかせてやるからな。
おい、きみたち、明智を牢屋へたたき込むんだ。
……いや、待て、ふたりぐらいでは安心できない。
もうふたり、人数を増やしてやる」黄金怪人は、そう言うと、ベッドの脇にある二つのベルを鳴らしました。
すると間もなく、二人の黒覆面の部下が、そこへ駆け込んできました。
「お前たち四人で、明智を牢屋へ引っ張っていけ。
決して逃がすんじゃないぞ。
それから、明智を牢屋へぶち込んで鍵をかけたら、今度は小林と井上と野呂の三人の子どもを、隣の牢屋へぶち込むんだ。
明智が捕まったと知ったら、あの子供たちは何をしでかすか分からないからな。
さあ、早く連れて行け!」

そこで四人の黒覆面は、明智探偵の四方を取り囲んで、廊下へ出ていきました。
そして地底の階段を降り、岩の廊下をいくつも曲がっていくと、そこに恐ろしい牢屋が口を開けていました。
岩壁の一方をくりぬいて二畳ほどの部屋のようなくぼみを作り、その前に太い鉄格子がはめられているのです。
見ると、同じような岩の牢屋が五つも六つも並んでいます。
魔法博士ほどの悪者になると、いつでも敵を捕らえて閉じ込めておく、こんな牢屋をちゃんと用意しているのでしょう。
しかし今はどの牢屋も空っぽで、誰も入っていません。
黒覆面の一人がポケットから大きな鍵を取り出し、鉄格子についている小さな開き戸をガチャンと開けました。
「さあ、先生、この中へ入っておとなしくしているんだ。
食事だけは運んでやるからな」

そして四人がかりで、シャツ一枚の明智を岩の牢屋の中に押し込み、戸を閉めてカチンと鍵をかけてしまいました。
「さて、今度は三人の子どもたちだ。
何も知らないで自分たちの部屋で寝ているだろう。
あいつらをここへ引っぺっ掴んできて、隣の牢屋へぶち込んでやるんだ」
鍵を持っている黒覆面がそう怒鳴って先頭に立つと、あとの三人もその後ろからついていきました。
しばらくすると、小林少年と井上少年とノロちゃんが、四人の黒覆面に取り囲まれて牢屋の前まで連れてこられました。
子どもたちは寝間着ではなく、昼間の洋服を着せられているのでした。
小林、井上の二人は平気な顔をしていますが、臆病なノロちゃんは真っ青になって、今にも泣き出しそうな顔をしています。

「さあ、お前たちは明智の隣の牢屋に入るんだ。
分厚い岩壁だから、明智と話なんかできやしないよ」
黒覆面の一人はまた鍵を取り出して鉄格子の戸を開け、三人の子どもたちを牢屋の中へ入れて戸を閉め、鍵をかけました。
「これでもう大丈夫だ。
厳重な牢屋だから、こいつらがいくらジタバタしたって逃げ出せるもんじゃない。
それじゃあ、先生のところへ、みんな押し込めてしまったことを報告に行こう」
そう言って四人の黒覆面が歩き出したとき、向こうの方からピカピカ光るものが近づいてきました。
黄金怪人です。

「あっ、先生がおいでになった……。先生、ご覧ください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました