初級翻訳・魔法博士 第17話

江戸川 乱歩

「さあ、みんな、つかれただろう。
ひとやすみだ。」
 黒人が、おどりをやめたので、みんなも、立ちどまりました。
「ところで、きみたち、いまの魔術の種が、わかるかね。
え、どうだ、わかるまい。」
 黒人は、そういって、みんなの顔を見まわしました。
「ぼく、いってみましょうか。」
 小林少年が、つかつかと前にでました。
「さすがは、少年探偵団長だね。
わかったかい。
それじゃ、いってごらん。」
 怪黒人が、こわい顔ににあわない、やさしい声でいいました。
「あれは、インド奇術といって、有名な奇術ですね。
世界じゅうで、あの奇術の秘密を知っている人は、だれもないんだって、明智先生に聞いたことがあります。
でも、ここでやった、いまの奇術は、やさしいとおもいます。」
「やさしいって? それは、なぜだね。」」
「ここは洞窟だから、天井があるんですもの。本当のインド奇術は、広い原っぱでやるものですよ。原っぱには天井がないから、どんな仕掛けもできませんもの。」
」
「ふむ、それで?」
「この洞窟の天井は暗くなっていて、下からはよく見えません。だから、あの暗い天井に仕掛けがあるんです。天井から板かなにかをつり下げて、そこに人が乗っていて、投げたロープの端をつかんで、岩に打ちつけてある太い釘にくくりつけたんでしょう。それで、ロープが落ちないで、まっすぐに立ったんです。そのロープを、子どもが登っていきました。それから、おじさんが大きな刀を持って登っていきました。そして、子どもをバラバラに切り刻んだように見せかけたんです。さっき落ちてきたのは、人形の首や胴体、手や足だったんですよ。天井にいる人がそれを用意しておいて、次々と投げ下ろしたんです。それから、その手や足を向こうの暗い壁の方へ投げつけると、もとのとおりにくっついたのは、ブラック・マジックです。ね、そうでしょう?」
」
「ふむ、感心感心。さすがによく見抜いたね。だが、ブラック・マジックというのはなんだね?」
「洞窟の向こうの壁がまっ黒に塗ってあるか、黒い布が貼りつけてあるんです。そして、電灯はみんなぼくたちのほうを向いていて、あの黒い壁にはすこしも光が当たらないようにしてあるんです。ひとりの子どもがまっ黒な布で全身を包んでそこに立っていますが、こちらからはすこしも見えません。黒い壁の前にまっ黒なものが立っていて、そこへ光が当たらないからなんです。おじさんが足を投げつけると、その子どもが足にはいていた黒い袋のような布をぱっと脱ぐんです。そして、もうひとり身体じゅうまっ黒な助手がいて、投げられた人形の足に黒い布をかぶせて隠してしまうんです。こうして、両方の足、両方の手、胴体、首と、投げるたびにそれを黒い布で隠して、その瞬間に立っている子どものほうは、手や胴体や首にかぶせてあった黒い布をひとつひとつ取っていくんです。そうすると、投げられた手や胴体や首が次々とくっついていくように見えるんです。そして、その子どもはニコニコしてぼくたちのほうへ歩いてきましたが、もちろん最初にロープを登っていった子どもではありません。最初の子どもはまだ天井から下がっている板の上に隠れているでしょう。つまり、よく似た子どもがふたりいて、ひとりはロープを登り、ひとりは向こうの黒い壁の前に黒い布で身体を包んで立っていたというわけですよ。ブラック・マジックなんてだれでも知っている手品です。でも、ここがものすごい洞窟の中ですから、手品とは思えないんです。本当にそういうふしぎが起こったように見えたのです。
」
 小林少年はすらすらと、大魔術の秘密を解き明かしてしまいました。
「えらいっ! やっぱりきみは少年名探偵だよ。よし、じゃあもうひとつ、この魔法の国の大魔術をきみたちに見せてやろう。今度はもう少し恐ろしい魔術だ。びっくりして泣き出さないように用心するがいいぜ。
」
 怪黒人は三人を手招きしながら、洞窟の出入り口のまっ暗なトンネルの中へ入っていくのでした。
巨大なもの

 三少年は囚われの身ですから、嫌だと思っても逃げるわけにはいきません。怪黒人の言うとおり、そのあとに従って行くほかないのです。暗いトンネルにはいくつも枝道があります。そのひとつを曲がってしばらく行きますと、コンクリートの階段があって、それを登り、やがて広い場所に出ました。それは洞窟ではなくて、天井の高い広い廊下のようなところでした。ここはもう地上なのかもしれませんが、薄暗くてがらんとしているので、まるで地下鉄のプラットホームみたいな感じです。天井も壁も床もコンクリートでできていて、ひとつの壁にそってずっと部屋が並んでいるらしく、いくつもドアが見えています。高いところに小さな電灯がついているだけで薄暗く、向こうの方はよく見えないほどです。先に立っていた怪黒人はその広い廊下の真ん中に立ちどまって、三人の少年をふりかえり、気味悪くニヤリと笑いました。
「さあ、ここで待っているんだ。いまにふしぎなものが現れるからね。
」
 そう言って彼は、薄暗い廊下の突き当たりのほうをじっと見つめています。三少年もついそのほうを眺めないではいられませんでした。外はひえびえと冷たくて、シーンと静まりかえっています。なにか恐ろしいことが、おこりそうです。
あのうす暗い向こうの方から、とほうもないばけものが、あらわれてくるのではないでしょうか。
三人が、目をこらして、その方を見ていますと、やがて、ずっと向こうの廊下のつきあたりに、なにか、もやもやと、動いているものがあります。
暗くて、よくわかりませんが、ネズミ色の、ぼやっとした、ひどく大きなものです。
そのとき、三人は、ぎょくんと、心臓がのどのところまで、とびあがるような気がしました。
なんともいえない、恐ろしい音がしたからです。
ふつうのラッパの百倍もあるような大きなラッパが、ガーッと、なったような音でした。
しかも、ラッパのような、ほがらかな音ではありません。
いんきな、しわがれた音で、しかも、つんぼになるような、とほうもなく大きな音なのです。
三人の少年は、おたがいによりそって、いつでも逃げだせるように、身がまえしていました。
しかし目は、向こうの暗やみに、釘づけになっているのです。
暗やみの中の、もやもやしたものが、だんだん、はっきりしてきました。
そのものが、こちらへ近づいてきたからです。
それは人間の何十倍もあるような、大きなものでした。
そいつは、生きているのです。
巨大なからだを、ゆすぶりながら、こちらへ歩いてくるのです。
耳が見えました。
犬の耳の百倍もある、おそろしく大きな耳です。
その耳が、うちわのように、ハタハタと動いています。
からだにくらべて、ひどく小さな目がふたつ、やみの中で光っています。
白い大きな二本の牙が見えます。
そして、その牙と牙とのあいだに、なんだか、太いネズミ色の棒のようなものが、ダランとさがっています。
それが、グーッと、こちらの方へ、のびてくるように見えるのです。
足が見えました。
ひとかかえもある大木のような、太い足です。
それが、ズシン、ズシンと、地ひびきをたてて、近づいてくるのです。
「あっ、ゾウだっ!」
 小林君が、おもわず叫びました。

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