これをどう説明するのだね」
恩田さんは、あくまでなぞをとかせようとします。
「あのとき、章太郎君の部屋の天井などを調べましたか」
「むろん調べた。花びんやタバコを、上から細い糸でつっていたのではないかと思って、よく調べたが、そんなしかけはなにもなかった。だいいち、庭のツバキの花は、上からつるわけにはいかない。上にはなにもない空中に、浮いていたんだからね」
「そうです。だれでも、ものがひとりで浮きあがれば、上からつっていると考えるのがふつうです。二十面相は、そのすきをねらったのです。上からではなくて、横からつりあげたのです」
小林君はそう言って、黒い針金の伸びたり縮んだりする道具を見せました。縮めるとこんなふうになり、伸ばすとこんなふうになる道具です。
「これが、山口のカバンの中にかくしてありました。これには、ふぞくの小さい金物があるのです。この先がひらいているでしょう。ここへ、物をはさむ金物をとりつけるようになっているのです。大きいのや小さいのや、いろいろあります」
小林君は、その金物を手のひらに乗せて、恩田さんに見せました。みんな鋼鉄の針金を黒く塗ったもので、丸く曲がって、物をかかえるようになったのや、ピンセットのように、先の細いのや、いろいろの形の金物が並んでいました。
「あの晩、二十面相は章太郎君の部屋の窓を少しひらいておいたのです。そして、そこからこの道具を伸ばして、花びんの口の細くなったところをはさんで、上に持ち上げたのです。そのときは、この丸くなった大きな金物を、先にとりつけたのですよ。窓の中には重いカーテンがたれていました」そのすきまから、この道具を入れたので、章太郎君には窓の外にいるはずの人間は、少しも見えなかったのです。
また、この道具の針金はこんなに細くて、黒く塗ってありますし、章太郎君の寝ていたベッドとは横から見るような角度で入れたので、少しも気づかれる心配はなかったのです。
この道具を二メートルも伸ばして花びんを持ち上げれば、針金がしなってしまいますが、あの花びんは窓のすぐ近くに置いてあったので、半分の一メートルも伸ばさないですんだのです。
タバコが宙に浮いたのも、やっぱりこの道具を使ったのですが、そのときは、先の細い金物を取りつけ、それに細いゴム管をそわせ、そのゴム管の先を、巻きタバコの吸い口へさしこんでおいたのです。
ゴム管の根もとには、空気を送る丸いゴム玉がついていて、犯人はときどきそれを押したり離したりしました。
そのたびに、タバコから煙が出て、ちょうど透明人間がタバコを吸っているように見えたのですよ。
ツバキの花もおなじことです。
犯人は木の茂みにかくれていて、この道具で花をもぎとったり、宙に浮かしたりしたのです。
そのときも、この道具は章太郎君が見ている窓に対して横向きの角度になっていました。
そして、うしろは青黒い木の茂みですから、細い針金は、だれの目にもとまらなかったのですよ。
ツバキの花は、しばらく空中にじっとしていました。
山口は、この道具を茂みの中の木の枝にくくりつけて、そこをたち去り、ずっと向こうからやって来たようにみせかけて、いきなり目に見えない相手に飛びかかって行ったのです。
そのとき空中の花をもぎ取り、針金の道具は、茂みの中へ押しこんでしまいました。
それから、激しいひとりずもうを始めたのです。
じつに、はっきりした種あかしでした。
おとなたちは、この小林少年のよく筋の通った話し方に、すっかり感心してしまいました。
「ああ、そうだったのか。でも、小林さんは頭がいいなあ」
とつぜん、子どもらしい声が聞こえました。
恩田さんの息子の章太郎君が、いつのまにか、地下室へはいってきていたのです。
「あ、章太郎。おまえは、おかあさんのそばにいるほうがいいよ」
恩田さんがたしなめるように言いました。
「だいじょうぶですよ。こんなに刑事さんがいるんだもの。それよりね、おとうさん、小林さんは真珠のゾウを取り返して、おかあさんに渡してくれたのですよ」
「えっ、それはほんとうかね、小林君」
「ええ、お話しするのを忘れていましたけれど、ぼく、あれを捜し出したのです。山口の部屋のおしいれの天井の上に、かくしてありました。これを捜すのが、いちばん骨がおれましたよ」
「ああ、ありがとう。きみはじつにえらい子どもだねえ。きみの手柄話は、新聞で読んでいたけれども、これほどの腕前とは、思わなかった。お礼を言いますよ」
恩田さんは、すっかり感心したようすでした。
さいごの謎
しばらくすると、宝物が取り返せたと聞いて喜んでいた恩田さんのひたいに、またしわが寄ってきました。
どうもまだ、ふにおちないという顔つきです。
「しかしね、小林君。どうもわからないことがあるよ。透明人間がいたという、もっとたしかな証拠があるんだ。松波さんのうちで、テーブルの上に置いてあった巻き物の箱を、人間の手首だけがあらわれて、盗んでいった。これはとなりのうちの子どもが、ちゃんと見ているのだ。それから、松波さんもその箱を持った手首が、宙を飛んで逃げていくのを見ておられる。いや、それだけじゃない。きょうの夕がたは、松波さんが透明人間の足跡だけが、地面に残っていくのを見て、わたしのうちまでつけてこられた。松波さん、そうでしたね」
「そうです。わたしは、たしかに手首だけが宙を飛ぶのを見ました。また、足跡だけが、つぎつぎと地面にしるされていくのを見ました」
松波博士は、深くうなずきながら、きっぱりといいきるのでした。
「小林君、この謎をとかなければならない。きみには、これがとけるかね」
この質問には、さすがの小林君も、すぐには答えることができません。
松波博士という、りっぱな証人があるのです。まさか博士がうそをいうはずはありません。
小林君は、答えにつまって、だまっていました。
だれも、ものを言う人はありません。地下室はしいんと、しずまりかえってしまいました。
そのとき、階段の上にいた刑事のひとりが、かけおりてきて、恩田さんのそばに寄ると、なにかささやきました。
「あ、そうですか。じゃあ、すぐにここへご案内してください」
恩田さんが、うれしそうに言いました。
だれか来たのです。いったい、だれが来たのでしょう。刑事が戻っていくと、やがて階段を降りてくる足音が聞こえ、二人の人物が現れました。
「あっ、明智先生!」
「おお、明智さん!」
章太郎君と松波博士が、同時に声を上げました。
それは明智探偵と、警視庁の中村警部だったのです。
女中さんの姿をしていた小林少年が、恩田さんに明智探偵と中村警部を紹介しました。
挨拶が終わると、恩田さんはニコニコしながら言いました。
「先生の助手の小林君は、実に感心な子ですよ。すっかり謎を解いてしまいました。そして犯人を見つけたのです。山口が二十面相だというのですよ」
そう言って、手錠をはめられている山口青年を指さしました。
「そのとおりです。山口が二十面相だということは、わたしははじめから察していました。小林君にも、そのつもりで探偵するように言っておいたのです」
「二十面相君、久しぶりだなあ」
明智に声をかけられて、山口青年は苦笑いしました。
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