初級翻訳・大金塊 第27話

大金塊

ろうそくの光で、小林少年と不二夫君の顔が、やみの中にボウッとうきあがりましたが、赤い光があごの下のほうをてらしているので、なんだか見たこともないようなきみの悪い顔に見えるのでした。
「きみ、おばけみたいな顔だよ。」
「きみだって、そうだよ。」
 ふたりはそんなことをいって、むりに笑おうとしましたが、笑っている下から、ゾウッとおそろしさがこみあげてくるのでした。
二少年はとうとう、地の底のはても知れぬ迷路の中で、まい子になってしまいました。
宮瀬氏と明智探偵のほうでも、きっとふたりをさがしているのでしょうが、うまく出あうことができるでしょうか。
もしかしたら、四人が出あわないさきに、何かしら、もっともっとおそろしいことが起こるのではないでしょうか。
水が! 水が!

 ふたりは、もう、どちらへ進んでいいのだか、さっぱり、けんとうがつかなくなってしまいましたが、じっと立ちどまっていては、なお、おそろしい気がしますので、手を引きあって、ともかく歩きだすことにしました。
そして、「せんせえい。」「おとうさあん。」と声をかぎりにさけびながら、無我夢中で、枝道から枝道へとさまよい歩きました。
しかし、歩いても歩いても、入り口には出られないのです。
入り口とは反対の奥のほうへ奥のほうへと歩いていたのかもしれません。
それとも、迷路のことですから、同じ道をいくたびとなく、ぐるぐるまわり歩いていたのかもしれません。
そのうちに、はじめは走るようにしていたふたりの足が、だんだんのろくなってきました。
ことに不二夫君のほうは、ひどくつかれているらしく、なんどとなく岩かどにつまずいて、ふらふらところびそうになるのです。
「きみ、こんなにむやみに歩いていたって、なんにもなりゃしないよ。
すこし休んで、よく考えてみようじゃないか。」
 さすがに年上の小林君は、そこへ気がついて、不二夫君を引きとめました。
見まわしますと、ちょうどそこは、小部屋のように広くなった場所で、一方のすみに出っぱった岩がありましたので、ふたりは、地面にろうそくを立てておいて、その岩の上に、肩をならべて腰かけました。
「ぼく、すっかりのどがかわいちゃった。
そして、おなかもぺこぺこなんだよ。
ここでおべんとうをたべようじゃないか。
こんなときにはあわてたってしかたがない。
おちつかなくっちゃだめだよ。」
 小林君は明智探偵の口まねをして、わざとなんでもないという顔をして、年下の不二夫君の気分を引きたてようとしました。
「ぼく、おなかなんかすかないや。
それより、早くおとうさんにあいたいなあ。」
 不二夫君は、おそろしさに、おべんとうどころではないのでした。
「なあに、おちつかいて考えれば、うまく出口が見つかるかもしれないよ。
びくびくすることはないよ。
さあ、きみもたべたまえ。
ほら穴の中で、べんとうをたべるなんておもしろいじゃないか。
あとでみんなに話したら、きっとぼくたちの勇気におどろくよ。」
 小林君は、そんなことをいいながら、水筒の水をのみ、リュックサックから竹の皮づつみを取りだして、大きなにぎりめしを、おいしそうにたべはじめました。
さすがは明智探偵の名助手といわれるだけあって、小林君の大胆不敵には感心のほかありません。
人は、ひじょうに苦しいめや、おそろしいめにあったとき、ほんとうのねうちがわかるものです。
小林君のえらさが、地の底のくらやみの中で、はっきりあらわれてきました。
不二夫君も小林少年にはげまされて、少しずつ元気をとりもどしました。そして、小林君がおいしそうにおにぎりを食べているのを見ると、なんだか急におなかがすいてきたので、不二夫君もまねをして、リュックサックから竹の皮に包まれたお弁当を取り出す気になりました。
ふたりはその岩の上に腰かけたまま、あっという間にお弁当を平らげてしまいました。
そして、水筒の水を美味しそうにゴクゴクと飲むのでした。
ところが、ちょうどふたりが水筒の水を飲んでいるときに、なんだか変な音が聞こえてきました。
ゴボゴボと泉がわき出すような音です。
水筒の水の音ではありません。
もっとずっと大きな音が、遠くから聞こえてくるのです。
「ねえ、あれ聞こえる? なんだろう。変な音だね。」
ふたりは顔を見合わせて、耳をすましました。
すると、ゴボゴボという音はだんだん大きくなって、しまいにはドーンという地鳴りさえ加わってきました。
「地震じゃないかしら?」
「ううん、地震なら、ぼくたちの体が揺れるはずだよ。地震じゃないよ。」
「それじゃあ、なんだろう。あ、だんだんひどくなってきた。ぼく、こわい!」
不二夫君は、思わず小林少年にしがみつきました。
するとそのとき、地鳴りの音が、突然雷のようなすさまじい音に変わったかと思うと、そのほら穴の両方の入り口から、ドドドドドドと、真っ黒な怪物が転がり込んできました。
いや、怪物ではありません。
それは水だったのです。
おそろしい量の水が、ドッと一時にほら穴の中へ押し寄せてきたのです。
ろうそくのぼんやりした光では、それがなんだか途方もなく大きな、黒い怪物のように見えたのです。
しかし、それが目に見えたのも一瞬のことでした。
ハッと思う間もなく、ひとまとまりの黒い怪物はたちまち崩れて、サーッとほら穴じゅうに広がり、地面に立ててあったろうそくの火を消してしまいました。
そして腰かけていたふたりの足へ、激しい勢いで襲いかかってきたのです。
何を考える暇もなく、ふたりは岩の上にとびあがって身をかわしましたが、水はあとからあとからおそろしい物音を立ててほら穴の中へ流れ込んできているらしく、岩にぶつかる音が、だんだん上のほうへのぼってくるような気がします。
ろうそくの火が消えてしまったので、あたりは完全な暗闇です。
暗闇の中に水がドドドド、ドドドドと流れ込む冷たいしぶきが、足や手や顔にまで跳ねかかるのが感じられるだけです。
ふたりは岩の上に立って、いつの間にかしっかりと抱き合っていました。
あまりの恐ろしさに、言葉を交わすどころではありません。
ただ両手に力をこめて、おたがいの体を強く強く抱きしめ、生きた心地もしないまま立ちすくむばかりでした。
水はぐんぐん勢いをまして、みるみる水面を高めてきました。
そして、一段高い岩の上に立っているふたりの足のところまで押し寄せてきました。
もう足が水の中につかっています。
その氷のように冷たい感覚が、靴下を通して、一センチずつ、一センチずつ、上へ上へと這い上がってくるのです。
そして、いまやふたりのひざのあたりまで水面が高くなってきました。
その早さはおどろくばかりです。
「不二夫君、わかったよ! わかったよ!
これは海の水なんだ。
海が満ち潮になって、岩のすきまから流れ込んできたんだよ!」
そんな中でも、小林君は頭を働かせていたのです。
そして、このおびただしい水がどこから入ってきたかということを、見抜いたのです。
小林君が考えたとおり、それは海の水でした。
海には潮の満ち引きというものがあって、満ち潮のときには水面がずっと高くなるのです。
その高くなった海水が、どこか遠くの岩のすきまからドッと流れ込んできたのです。

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