初級翻訳・おれは二十面相だ 第15話

おれは二十面相だ

「このざまだよ」
と、手錠を見せて言いました。
「小林の謎解きを感心して聞いていたところさ。しかしね、明智君。おれはまだ負けたわけじゃない。第一、小林にはまだ解けない謎が残っているのだ」
「うん、そうだろう。ぼくはそれを解きに来たのだ。解けない謎とは、松波博士が見た手首と、それから足跡だろう。その前に、西村正一という少年が、松波博士の家の二階のテーブルの上に、手首だけが現れたのを見ている。ぼくはそれを新聞で読んで、すぐに謎が解けた。小林君も知っているはずだ。話してごらん」
「ええ、それはわかっているのです」
小林君は話し始めました。
「あれは、鏡を使った手品です。二十面相の得意な手品ですよ。テーブルの脚と脚の間に、二枚の鏡が斜めに張ってあったのです。犯人はその裏側に隠れて、手首だけをテーブルの上に出し、巻き物の箱を掴んだのです。隣の家の窓から、西村という子どもがこちらを覗くのを待って、それをやって見せたのです。テーブルの下の鏡には部屋の左右の壁紙が映り、それがテーブルの後ろの壁紙と同じ模様ですから、テーブルの下は向こう側まで通り抜けているように見えるのです。その裏側に人間が隠れていることは、少しもわかりません。ですから、手首だけがテーブルの上を這い回ったように見えたのですよ」
「そのとおりだ。しかし、この話にはなんだかおかしいところがあるね。テーブルの脚に鏡を張るなんて、急にはできないことだ。そうすると、あらかじめちゃんと鏡が張ってあったことになるが、そうだとすれば、松波博士がそれに気づかなかったはずがない。ここがどうもおかしいのですよ」
明智はそう言って、じっと博士の顔を見つめました。
「おや、明智さんはわたしを疑っているのですか。わたしが嘘を言っているとでもいうのですか」
松波博士は、明智に詰め寄りました。
「そうです。あなたは嘘をついている。その証拠をお目にかけましょうか」
明智は、隣に立っていた中村警部に合図をしました。
すると警部は、そばの刑事に何か囁き、刑事は急いで階段を駆け上がっていきました。
地下室は息が詰まるような静けさです。どんなことが起こるかと、みんな固唾を飲んで見守っています。
やがて、階段に足音がして、刑事が一人の人物を連れて現れました。

思いもよらぬこと

みんなはその人の顔を一目見ると、「あっ!」とびっくり仰天してしまいました。
それは一体誰だったと思いますか。
ほかでもない、松波博士その人だったのです。
しかし、松波博士はさっきからずっと地下室にいたではありませんか。
見れば確かに元の場所に立っています。そこへもう一人、そっくり同じ松波博士が階段を降りてきたのです。松波博士が二人になったのです。
そのとき、明智探偵がいきなり、前からいた松波博士に飛びかかっていきました。
そして、相手が防ぐ暇もないうちに、かつらと付け髭と付け眉毛をむしり取ってしまいました。
白い髪の毛、白い口髭と眉が取れると、その下から若々しい顔が現れました。
髪は真っ黒です。顔には皺などを書き入れてうまく変装していますが、若さを隠すことはできません。三十そこそこの男です。
「こいつは二十面相の一番弟子で、やはり変装の名人です。松波博士が新しい家へ引っ越したときから、この偽物が入れ替わっていたのです。本当の松波博士は、古代研究所の地下室の物置きに閉じ込められていました。二十面相たちが閉じ込めたことは、言うまでもありません」この偽者は、毎日何食わぬ顔をして、所長として古代研究所へ通っていたのです。
そして、物置きへとじこめた松波さんに、こっそり食事だけは運んでおりました。
これでもうおわかりでしょう。
手首だけが宙を飛んだのも、足跡だけが記されたのも、すべてこの偽博士がでっち上げた作り話だったのですよ。

あれほどまでにこんがらがっていた謎も、すっかり解けてしまいました。
小林君は、
「さすがに先生だ。よくやってくださった……」
と、うれしくてしかたがありません。
刑事さんたちは、偽の松波博士にも手錠をかけました。
本物の松波博士は、力のない声で、みんなにあいさつをしてから、
「わたしは、明智さんに助け出されたのです。前には、古代研究所のエジプトの巻き物が盗まれようとしたのを防いでくださったし、こんどはわたし自身を助けてくださった。二重にお世話になったわけです」
と、お礼を言うのでした。

「いや、まだひとつ残っているものがあります。エジプトの巻き物が盗まれるのを一度は防ぎましたが、二度目に透明人間のトリックで、持ち去られてしまいました」
明智はそう言って、ジロリと二十面相を見ました。
「きみ、むろん、あれを松波さんに返すだろうね」
すると、二十面相の山口青年がニヤニヤと笑いました。
「こうしてつかまったからには、返すほかあるまいね。しかし明智君、二十面相は魔法使いだからね。まだ、どんな奥の手が用意してあるかもしれないぜ。きみも、ぼくの奥の手は十分に知っているはずだ。油断をしないほうがいいよ」
「ハハハ……、あいかわらずだな。きみの方に奥の手があれば、ぼくの方にだって、それに負けない奥の手がある。おたがいに、油断をしないように注意しよう……」
明智探偵も、負けてはいませんでした。

さて、いよいよふたりの犯人を、警視庁へ連れて行くことになりました。
二十面相とそのでしには、ひとりずつ刑事さんがつき、手錠の一方を犯人の手首にはめ、もう一方を自分の手にはめて、逃げようとすれば刑事さんの手首が引っ張られるので、すぐわかるようにしました。
わかるばかりではありません。こうしておけば、まさか刑事さんを引きずって走るわけにはいきませんから、どんなことがあってもだいじょうぶなのです。
みんながどやどやと地下室から一階に上がり、玄関の方へ歩いて行きました。
みんなのあとから歩いていた明智探偵が、小林少年のそばに寄って、なにかボソボソとささやきました。
すると、小林君は、
「だいじょうぶです。ポケット小僧が、ちゃんと見張りをしています」
と、小さな声で答えました。

ポケット小僧というのは、少年探偵団のちびっ子隊のひとりで、小学校四年生ぐらいの年ですが、ひどく体が小さくて、ポケットにでも入るくらいだというので、こんなあだ名がついているのです。
とてもすばしっこいかしこい子で、これまでにも体の小さいのを利用して、たびたび手柄を立てたことがあります。
さあ、おもしろくなってきました。そのポケット小僧が、これからいったいどんな役目をつとめるのでしょう。

ポケット小僧

刑事さんに手首をつながれて、ふたりの犯人が恩田さんの家の玄関へ出て来たときです。
門と玄関のあいだのまっ暗な庭の木の陰に、ひとりの男がしゃがんで、様子をうかがっていました。
黒っぽい服を着ているので、そこに人がいるなんてだれも気がつきません。
その男は、二十面相とそのでしがつかまったことがわかると「チェッ」と舌うちをしましたが、そのまま暗やみをつたって門を飛び出すと、急いで向こうへ歩いて行きます。
この男は、二十面相の部下かもしれません。

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