総監閣下、あなたはぼくが二十面相のために誘拐されたことをご存じでしょう。
ぼくの家庭でも世間でもそう考え、新聞もそう書いておりました。
しかし、あれは、じつを申しますと、ぼくの計略にすぎなかったのです。
ぼくは誘拐なんかされませんでした。」かえって賊の味方をして、ある人物を誘拐する手助けまでしたほどです。
昨年のことですが、ある日、ぼくのもとにひとりの不思議な弟子入り志願者がやってきました。
ぼくはその男を見て、ひどく驚きました。目の前に大きな鏡が立っているのではないかと疑ったほどです。
なぜかと申しますと、その弟子入り志願者は、背格好から顔つき、頭の毛のちぢれかたまで、このぼくと寸分たがわないほどよく似ていたからです。
つまりその男は、ぼくの影武者として、何かあったときの替え玉として雇ってほしいというのです。
ぼくは誰にも知らせず、その男を雇い入れてある場所に住まわせておいたのですが、それが今回役に立ちました。
ぼくはあの日外出して、その男の隠れ家へ行き、すっかり服装を取り替えて、ぼくになりすましたその男を先にぼくの事務所へ帰らせました。しばらくしてから、ぼく自身は浮浪人の赤井寅三という男に化けて明智事務所を訪ね、ポーチのところで自分の替え玉と少しばかり格闘して見せたのです。
賊の部下がその様子を見て、すっかりぼくを信用しました。そして「それほど明智を恨んでいるなら、二十面相の部下になれ」と勧めてくれたのです。
そういうわけで、ぼくは自分の替え玉を誘拐する手伝いをしたうえで、とうとう賊の巣窟へ潜入することができたのです。
しかし、二十面相のやつはなかなか油断がなく、仲間入りをしたその日から、ぼくを家の中の仕事ばかりに使って、一歩も外へ出してくれませんでした。
もちろん、博物館の美術品を盗み出す手段など、ぼくには少しも打ち明けてくれませんでした。
そして、とうとう今日になってしまいました。
ぼくはある決心をして、午後になるのを待ち構えていました。
すると午後二時ごろ、賊の隠れ家の地下室の入り口が開いて、人夫の服装をしたたくさんの部下たちが、手に手に貴重な美術品を抱えてドカドカと降りてきました。
もちろん博物館の盗難品です。
ぼくは地下室で留守番をしているあいだに、酒や肴(さかな)の用意をしておきました。
そして帰ってきた部下と、ぼくと一緒に残っていた部下たち全員に、祝杯をすすめました。
すると部下たちは、大事業を成功させたうれしさに夢中になって酒盛りを始めたのですが、やがて三十分ほどもすると、ひとり倒れ、ふたり倒れ、ついには残らず気を失って倒れてしまいました。
なぜかと聞かれますか?
わかっているではありませんか。ぼくは賊の薬品室から麻酔剤を取り出して、あらかじめその酒の中に混ぜておいたのです。
それから、ぼくはひとりそこを抜け出して付近の警察署へ駆けつけ、事情を話して、二十面相の部下の逮捕と、地下室に隠してあるすべての盗難品の保管をお願いしました。
お喜びください。盗難品は完全に取り戻すことができました。
国立博物館の美術品も、あの気の毒な日下部(くさかべ)老人の美術城の宝物も、そのほか二十面相が今までに盗みためたすべての品物は、すっかりもとの持ち主の手に戻ります。」
明智の長い説明を、人々は酔ったように聞き入っていました。
ああ、名探偵はその名に背きませんでした。
彼は人々の前で公言した通り、たったひとりの力で賊の巣窟を突き止め、すべての盗難品を取り返し、数々の悪人たちを捕らえたのです。
「明智君、よくやった。よくやった。わしはこれまで、少し君を見誤っていたようだ。わしから厚くお礼を申し上げます。」
警視総監は、いきなり名探偵のそばへ寄って、その左手を握りました。
なぜ左手を握ったのでしょう。それは明智の右手がふさがっていたからです。その右手は、いまだに老博物館長の手と、しっかり握り合わされていたからです。
妙ですね。明智はどうしてそんなに老博士の手ばかり握っているのでしょう。
「で、二十面相のやつも、その麻酔薬を飲んだのかね。君はさっきから部下のことばかり言って、一度も二十面相の名を出さなかったが、まさか首領を取り逃がしたのではあるまいね。」
中村捜査係長が、ふとそれに気づいて、心配そうに尋ねました。
「いや、二十面相は地下室へは帰ってこなかったよ。しかし、ぼくはあいつもちゃんと捕らえている。」
明智はにこにこと、例の人を引きつける笑い顔で答えました。
「どこにいるんだ。いったいどこで捕らえたんだ。」
中村警部が性急に尋ねました。ほかの方々も、総監をはじめ、じっと名探偵の顔を見つめて返事を待ち構えています。
「ここで捕まえたのさ。」
明智は落ち着き払って答えました。
「ここで? じゃあ、今はどこにいるんだ。」
「ここにいるよ。」ああ、明智はいったい何を言い出すのでしょう。
「ぼくは二十面相のことを言っているんだぜ」
警部は、きょとんとした顔で聞き返しました。
「ぼくも二十面相のことを言っているのさ」
明智が、同じ言葉をそのまま返しました。
「なぞのような言い方はやめてくれ。ここには、われわれが知っている人しかいないじゃないか。それともきみは、この部屋の中に二十面相が隠れているとでもいうのかね」
「まあ、そうだよ。ひとつ、その証拠をお目にかけようか……。どなたか、たびたびご面倒ですが、下の応接間に四人のお客さまを待たせてあるので、その人たちをここへ呼んでいただけませんか」
明智は、またしても意外なことを言い出しました。
館員のひとりが、急いで下へ降りていきました。
そして、待つ間もなく、階段から大勢の足音がして、四人のお客さまと呼ばれた人々が、一同の前に現れました。
それを見ると、そこにいた人々は、あまりの驚きに「アッ!」と叫び声を上げずにはいられませんでした。
まず四人の先頭に立つ、白髪白ひげの老紳士をごらんなさい。それは、まぎれもない北小路文学博士ではありませんか。
続く三人は、いずれも博物館員で、昨日の夕方から行方不明になっていた人たちです。
「この方々は、ぼくが二十面相の隠れ家から救い出してきたのですよ」
明智が説明しました。
しかし、これは一体どうしたことでしょう。博物館長の北小路博士がふたりになってしまったではありませんか。
ひとりは今、階下から上がってきた北小路博士、もうひとりは、さっきからずっと明智に手を取られていた北小路博士。
服装から顔形まで寸分違わないふたりの老博士が、顔と顔を見合わせてにらみ合いました。
「みなさん、二十面相がどれほど変装の名人か、おわかりになりましたか」
明智探偵が叫ぶやいなや、今まで親切らしく握っていた老人の手を、いきなり後ろにねじり上げ、床の上に組み伏せたかと思うと、白髪のかつらと白い付けひげを、なんなくむしり取ってしまいました。
その下から現れたのは、黒々とした髪の毛と、若々しいなめらかな顔でした。
いうまでもなく、これこそ正真正銘の二十面相その人でありました。
「ハハハ……、二十面相君、ご苦労さまだったねえ。さっきからきみはずいぶん苦しかっただろう。
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