初級翻訳・海底の魔術師 第10話

江戸川 乱歩

二十年も経っているため、水中のゴミが積もり、そこから海草が生え、貝殻もびっしりとついていて、鉄の船というよりは、海底に横たわる大きな岩山のように見えました。船体は三十度ほど横に傾いて沈んでいます。甲板がまるで急な坂道のようになっていたのです。

二人の潜水夫が降り立ったのは、沈没船の船首に近いところでした。彼らは船首の外側にたどり着くと、鉄棒で貝殻などを削り取り、水中電灯を振りかざして、船の名前が書いてある場所を探しました。そして、難なくそこが間違いなく大洋丸であることを確認したのです。

それから二人は、傾いた甲板をよじ登るようにして、ハッチ(甲板から船の中へ降りる出入り口)を探しました。それもすぐに見つかったので、二人はそこから狭い階段を降りて、下の船室へと入っていきました。その鉄の階段にも一面に貝殻がくっついているので、まるで岩の洞穴の中へでも入っていくような気分です。

階段を降りたところに広い部屋がありました。いや、部屋というよりは大きな洞穴です。傾いた床には二十年分のゴミが溜まり、そこから人間の胸の高さほどもある長い昆布のような海草がいっぱい生えていて、まともに歩くこともできないほどです。

そこは上甲板の下で、貴重品室などがあるエリアでした。潜水夫たちは金塊を探すために降りてきたのですが、壁はすっかり貝殻で覆われていて、どこにドアがあるのかもわからないほどで、とても金塊のありかを見つけ出せる見込みはなさそうでした。

船室の床も三十度傾いているので、鉛の靴で歩くたびにズルズルと滑ります。しかし、陸上と違って、滑っても転ぶようなことはありません。水の中で体が軽くなっているからです。足が滑ると、海草の根元に十センチも溜まっていたゴミがむらむらと目の前に巻き上がり、向こう側が見えなくなってしまいます。

また、海草の間に隠れていた魚たちが、群れをなして逃げ出していきます。それが水中電灯の光の中を通ると、ウロコが金色や銀色に輝いて、本当に美しいのです。

潜水夫は手首まではゴムの潜水服ですが、指には作業がしやすいように軍手をはめていました。その時、ひとりの潜水夫が傾いた床に滑り、泥のようなゴミの中に手をついてしまいました。するとその手に、何か妙に硬いものが触れたのです。

「おい、死体だぞ」

陸上ならばそう言って仲間に知らせるところですが、潜水服を着ているのでお互いに話すことはできません。彼は水中電灯を二、三度横に振って「こちらを見ろ」という合図をしました。そして、ゴミの中の硬いものを拾い上げ、電灯の明かりの前に持ち上げました。それは、人間の骸骨の頭でした。真っ暗なほら穴のような目、食いしばった長い歯の列。潜水夫たちは沈没船の骸骨には慣れていましたが、それでもやはり気味が悪いものです。
すると、もう一人の潜水夫が電灯の光の先へ手を差し出しました。
その手は、なんと骸骨の足の骨を握っていたのです。
さらに水中電灯を床のゴミのそばへ近づけて探してみると、手や足、あばらの骨が次々と現れてきました。
大洋丸の船員たちが、この部屋で亡くなっていたのです。
それが二十年の時を経て、今ではバラバラの骨となって残っていたのでした。
「怪物だ! 怪物だ!」

二人の潜水夫は骸骨を見て気味悪くは思いましたが、怖がって震えるような弱虫ではありません。彼らは力自慢の屈強な若者たちでした。
ところが、そんな勇敢な彼らが、あまりの恐ろしさにガタガタと震え出すような出来事が起こりました。
二人が骸骨を見つけたあと、さらに船の奥深くへと進んでいったときのことです。水中電灯の光がかすかに照らす向こうの方で、海草がゆらゆらと動いているのに気づきました。
さっきから二人が歩くたびに周囲の海草は揺れていましたが、あんな遠くの海草が動くのは不自然です。
何か大きな魚でも隠れているのでしょうか。このあたりの海にはとても大きな魚がいますし、驚くような巨大なカニだって住んでいるのです。
二人は海草の向こうから何が飛び出してくるのかと、興味半分で水中電灯を照らしながら近づいていきました。
見ると、ゆらゆら揺れるコンブのような海草の間から、ヌーッと黒っぽいものが出てきました。
カニの足かもしれません。それにしても、恐ろしく太く大きな足です。
その黒い足のようなものは先がいくつにも分かれて、キューッと曲がっていました。その一つひとつには鋭い爪のようなものがついています。
まるで人間の指のようですが、こんな黒い人間の指があるはずもありません。
潜水夫たちはその場に立ちすくんでしまいました。なんだか、急に怖くなってきたのです。
その黒い腕がグーッと伸びて、黒い肩が現れ、それから顔のようなものがひょいと覗きました。
それを見た瞬間、潜水夫はカブトの中で「あっ」と声を上げました。
リンのように真っ青に光る二つの目、耳まで裂けた恐ろしい口、その口からは白い牙が二本、ヌーッと突き出しています。そして鉄のような黒い頭の上には、鋭く尖ったトサカのようなギザギザがあるのです。
潜水夫たちはまだ「鉄の人魚」の実物を見たことはありませんでした。しかし、それがハヤブサ丸の甲板に寝そべっていたという話は聞いていました。
こいつこそ、その鉄の人魚に違いありません。
やはり怪物はハヤブサ丸の後をつけて潮ノ岬までやってきていたのです。それどころか、もう大洋丸の船室の中に入り込んでいたのでした。
潜水夫たちが震え上がって逃げ出そうとしたその時、怪物は全身を現し、パッとこちらへ飛びかかってきました。
ああ、その恐ろしさといったら! まるで映画の中で、機関車がこちらへ猛スピードで突っ込んでくるような迫力です。
青く光る二つの目と白い牙が、水の中を跳躍するように突進してきたのです。
「人魚だ! 鉄の人魚だ! 引き上げてくれ、早く、早く引き上げてくれ!」
潜水夫たちはカブトの中で声を限りに叫びました。その声は電話線を通って、もちろんハヤブサ丸の船上へと伝わります。
二人はもがくようにして船室から逃げ出そうとしました。
怪物はその背後から恐ろしい手を伸ばして迫ってきます。逃げ遅れた一人の潜水夫は、あっという間に足をつかまれてしまいました。
鋭い五本の爪が、グッと潜水服に食い込みます。
もう死にものぐるいでした。潜水夫は右手の鉄棒を振り上げ、めちゃくちゃに怪物を叩きつけ、もがきにもがいて、ようやく足を離すことができました。
そうして二人は、なんとか船室からハッチへと浮き上がることができたのです。
怪物はなぜか、そこまでは追いかけてきませんでした。

潜水夫たちがハヤブサ丸に戻って怪物のことを報告すると、船の上は大騒ぎになりました。
宮田さんをはじめ、中心となる人たちが急いで船長室に集まり、相談を始めました。
「やはり、この船についてきていたのですね。もちろん金塊を盗み出すつもりでしょう。なんとかして、それを防がなければなりません」
宮田さんが青ざめた顔で、心配そうに言いました。船長もうなずいて、こう言いました。
「こんな怪物は、私たち人間の手には負えません。場合によっては、海上自衛隊に応援を頼まなければならないでしょう。海の中に大砲でも撃ち込んで、倒してしまうほかないのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました