初級翻訳・一寸法師 第36話

一寸法師

山野氏は、そこまで先を見越して考えていたのかもしれません」

そうして明智の説明が一段落つくと、三千子、蕗屋、安川国松の三人は、ともかく近所の原庭署へ連行されることになりました。しおらしくすすり泣く三千子、青ざめた蕗屋、ぶるぶると震えている安川。一瞬、部屋の空気が湿っぽく感じられました。三人の刑事が彼らをひったてるようにして、あとへ続きました。そして、彼らがちょうど仕事場の入り口を出ようとした時でした。「三千子さん、ちょっと」
じっとキューピー人形を眺めていた明智が、ふと何かに気づいたような様子で、三千子を呼び止めました。
「あなたは、この死んだ人の首に残る指のあとについて、何か覚えていますか。あなたが小松の首を絞めたのですか」
三千子は少しの間ためらっていましたが、やがて不思議そうな顔で答えました。
「いいえ。私、そんなこといたしません」
「本当に?」
「はい」
明智はそれを聞くと、急に明るい表情になりました。いつものようにニコニコしながら、長い髪をかき回しました。
「田村さん、ちょっと待ってください。ひょっとすると、真犯人は三千子さんではないかもしれませんよ」
「なんだって?」検事はあきれて明智の顔を見ました。「君はたった今、三千子さんが犯人だと断言したじゃないか」
「いや、それが少し間違っていたかもしれません」
「間違っていたって?」
「この被害者の首にある指のあとですよ。三千子さんの指にしては、あざが大きすぎるような気がするんです。今、そこに気がつきました。それに三千子さんは、首を絞めた覚えがないと言っていますし」
「すると?」
「もしかして、これは……」
ちょうどその時、明智の部下の斎藤が、表の方から慌ただしく駆け込んできました。
「明智さん、ちょっと」
明智は彼を隅の方へ連れて行き、ひそひそと何かをささやき合いました。
「僕の想像は間違っていなかった」明智は嬉しそうにみんなの方を振り返りました。「やっぱり真犯人は他にいたのです。三千子さんは小松を殺したわけではありません」
「それは一体誰なんだ!」田村検事と刑事部長が、ほとんど同時に叫びました。
「一寸法師です。今、斎藤君が運んできてくれた新事実を報告しましょう。一寸法師は病院のベッドで息を引き取りました。彼は死に際に、自分の犯したすべての罪を告白したそうです。その数々の罪がどれほど残虐を極めていたかは、いずれお話しする機会もあるでしょう。今は、この事件に関係する部分だけを申し上げます。彼はあの朝、ゴミにまみれた小松の死体を蕗屋君から受け取ったのですが、その日の夜になって死体を人目につかない場所へ隠そうとして、ゴミの中から抱き上げた時、偶然にも小松が息を吹き返したのです。彼女は完全に死にきってはいなかったのでしょう。あの男は一時は驚きましたが、次の瞬間には彼特有の残虐性が頭をもたげました。彼は自分以外の健康な人間を皆、憎んでいたのです。それに、小松が今さら生き返っては、山野氏から金をゆすり取ることもできず、夫人を脅迫する手段もなくなります。そこで彼は、せっかく生き返った娘を再び絞め殺したというのです。そして腕や足だけをあちこちにさらして、山野氏と夫人をそれぞれ別の意味で怖がらせた。それは、あのひねくれた男の、恐ろしいまでの犯罪を見せびらかしたいという欲求も満足させました。だが、顔だけはさらすわけにはいかない。それをすれば夫人が真相を悟ってしまうからです。そこで顔と胴体の隠し場所を探して、キューピー人形という都合のいいものを見つけたのです。死に際の告白ですから、まさか嘘ではないでしょう」

紋三は、その時の異常な光景を長い間忘れることができませんでした。明智は髪の毛をかきむしりながら床を足音高く歩き回り、三千子と蕗屋は、今までの泣き顔から一転して、恥ずかしそうに微笑んでいます。山野邸へ人が走り、吉報を聞いて喜んだ重病の山野氏が、夫人を連れて駆けつけてきます。
「なに、殺人罪ではないのですからね。それに若い娘さんのことだし、多分無罪になるかもしれませんよ」
田村検事も肩の荷が下りたという風で、ニコニコしながら実業家である山野氏を慰めます。それから、三千子、蕗屋、安川国松の三人はひとまず原庭署へ連れて行かれましたが、田村検事の言葉もあったので、誰も彼らの身の上を心配する者はいませんでした。ただ安川人形師だけが、周囲の喜びをよそに、しょんぼりと落ち込んでいるのが余計に哀れに見えました。

小林紋三は明智と連れ立って、人形師の家を出ました。彼らは事件が円満に解決した満足感から、自然と話が弾みました。タクシー乗り場まで歩きながら、いろいろと事件について語り合いました。
「めでたし、めでたしですね。あなたがこれまで関わった事件でも、これほど都合よく運んだものは少ないでしょうね」
紋三がお世辞っぽく言いました。
「都合よく、ね」明智は意味ありげな口調でした。「何も、深く反省している人に罪をかぶせることはないのだからね。死んだ者は文句も言えないし。それに、あいつは希代の悪党なんだから」
「それはどういう意味でしょうか」
紋三は変な顔をして尋ねました。
「例えばだね、小松が絞め殺されていたことが、キューピー人形を壊すまでもなく、前もって僕に分かっていたのかもしれない。そして、悔い改めた三千子さんを救うために、死にかけている一寸法師を口説き落として、嘘の告白をさせる……巧みに仕組まれた一幕のお芝居。というようなことは、全く考えられないだろうか。分かるかい?」「……罪のなすりつけ。
……場合によっては、それも悪いことではない。
特に三千子さんのような美しい存在を、この世から失わせないためにはね。
あの人は君、心から自分のしたことを悔やんでいるんだよ」
素人探偵の明智小五郎は、春の心地よい夜道を大股で歩きながら、すがすがしい声で言いました。

「一寸法師」は新聞連載の際、新聞社に活字が足りなかったため、漢字を仮名にしたり、当て字を使ったりした箇所が非常に多くあります。しかし、それをいちいち元の漢字に直すほど、文字の表記から受ける印象を重んじる種類の小説ではありませんので、あえてそのままにしておきました。
一日分ずつ書き進めたものをまとめたために、話のつながりが不自然なところもありますが、それも修正せずにそのままにしてあります。
(作者)

コメント

タイトルとURLをコピーしました