初級翻訳・智恵の一太郎 第19話

智恵の一太郎

白と黒

 ゆうべ一晩中雪が降って、今日はからりと晴れわたった日曜日です。
一太郎くんは朝から近所の広場で、たくさんのお友達といっしょに大きな雪だるまを作って遊びましたが、その帰り道、同級生の北川くんと二人で高橋さんのお家の前を通りかかったとき、門の中から二人を呼びとめる声が聞こえました。
見ると、大学生の高橋さんが、両手に一枚ずつ、雑記帳くらいの大きさの紙を持って、門の中の雪の上にしゃがんでいます。
「高橋さん、おはようございます!
何をしているんですか?」
 一太郎くんがたずねながら、北川くんといっしょに門の中へ入っていくと、
「まあ、見ていってごらん」
 高橋さんは何か裏がありそうな、おもしろそうな笑みを浮かべて一太郎くんの顔を見つめました。
なんだかワクワクする面白いことが始まりそうです。
二人が高橋さんのそばまで近づいてだまって見ていると、高橋さんは地面の雪の上に、二枚の紙をていねいにならべました。
一枚は真っ白な洋紙、もう一枚は黒々と墨が塗られた洋紙です。
まるで白と黒の大きな湿布でもはりつけたように見えます。
「さあ、これでよしと。
君たち、僕がなぜこんなことをしたのかわかるかい?
これですごい実験をしているんだよ。
いったい何の実験だろうね?
ちょっと当ててごらん!」
 高橋さんは立ち上がると、二人の顔を見比べながらそう言いました。
一太郎くんと北川くんは顔を見合わせ、しばらく考え込んでみましたが、さっぱりわけがわかりません。
雪の上に白と黒の紙をはりつけて、いったい何の実験をしようというのでしょうか?
高橋さんはいつも、一太郎くんたちが思いもよらないような、ふしぎなことを思いつく人なのです。
二人がいつまでたっても答えられずにいると、高橋さんは声を立てて笑いました。
「ハハハハハ、わからないかい?
よしよし、それじゃあ二時間ほどしてから、またここへ来てごらん。
その時に、すべてのわけをしっかり教えてあげるからね。
そして、ちょっと君たちの知恵だめしをしてあげるよ!
いいかい?
今からちょうど二時間後だからね」
 高橋さんはそう言って、お家の中へ入っていきました。
二人の少年は「じゃあ、絶対に来るからね!」と約束して門を出ましたが、二時間が待ち遠しくてたまりません。
それぞれのお家へ帰ってからも時計ばかり見ていましたが、やがて約束の時間になると、二人は誘い合ってふたたび高橋さんのお家へと向かったのでした。
「やあ、約束を忘れないでやってきたね!」
高橋さんは門の外で待ち構えていて、二人に声をかけました。
「ところで、さっきの実験を見せる前に、君たちに聞いておきたいことがあるんだ。
さあ、知恵だめしの時間だよ。
君たちは、僕が雪の上に白と黒の二枚の紙をおいたのを見たね。
――さて、そこからが問題だ!」そして、その紙の上に日があたっていたのをおぼえているだろうね」
「ええ、日があたっていました」
 一太郎君はそれを思い出して答えました。
「すると、二時間のうちに、どんなことがおこっただろうね。
何か変ったことがおこっているはずなんだがね」
 二人は、また目を見合わせて考えましたが、「あ、わかった」というようにうなずき合いました。
「太陽に照らされて、雪がとけたのでしょう。
つもっている雪がうすくなったのでしょう」
「うん、そうだ。
けさは十五センチもつもっていた雪が、今はかって見ると、十センチほどになっている。
太陽がそれだけ雪をとかしたのだ。
さあ、そこで君たちにたずねるがね、さっき僕がならべておいた白い紙と黒い紙の下の雪は、どうなっているだろう。
両方とも同じようにとけているだろうか、それとも、どちらかの方がよけいにとけているだろうか。
一つ考えてごらん。
これは理科の問題だよ。
よく考えてこたえてごらん」
 二人はしばらく考えていましたが、最初に口をひらいたのは北川少年でした。
「僕、白い紙の下が、黒い紙の下よりも、よけいにとけていると思います」
「ほほう、白の方がよけいにとけて、雪が少くなっているというのだね。
それはなぜだね」
「それはね、白い色はあたたかくて、黒い色はつめたいからです。
つめたい黒い紙の下は、とけるのがおそいでしょう」
「うーん、なるほどね。
それじゃ一太郎君はどう考える? 君も白い紙の下が、よけいにとけていると思うのかい」
「僕はそうじゃないと思います」
 一太郎君はちょっと顔を赤らめて、答えました。
うまい考がうかんで、それを言い出す時には、いつも顔が赤くなるのです。
「僕は黒い紙の下の方が、よけいにとけていると思います」
「なぜだね」
「黒い紙の下の方があたたかいからです」
「ほう、北川君とまるであべこべの考え方だね。
それじゃ、なぜ黒の下があたたかいか、そのわけを言ってごらん」
「僕、いつかお父さんに教わったことを、ふと思い出したんです。
南洋の住民はみな白い着物を着ていますね。
インド人もそうですね。
あつい国の人がなぜ白い着物を着るのか、僕、ふしぎに思ったものだから、お父さんにたずねたことがあるんです。
すると、お父さんは、同じ布でできていても、白い着物は涼しくて、黒い色の着物はあついのだと教えてくれました。
ですから、あつい国の人は白い着物を着るし、寒い国の人は黒っぽい着物を着るんですって。
水兵さんや、おまわりさんの服が、夏は白くて、冬は黒いのもそのためなんですって。
僕、その話を思い出したんです。
だから、白い紙の下は涼しくて、黒い紙の下はあたたかいだろうと思ったのです。
あたたかければ、雪はよけいにとけるわけですからね」
「うん、おもしろいことを考えついたね。
よし、それじゃ、どちらがあたっているか、さっきの紙の下をしらべてみよう」
 高橋さんは、そこでやっと、二人に門の中へはいることをゆるしました。
見ると、白と黒の洋紙はもとの場所に行儀よくならんでいます。
ところが、その高さが少しちがっているのです。
黒い方がひくく、白い紙の方が高く、二枚の紙の間に段ができていました。
「いいかい、こちらが黒、こちらが白だよ」
 高橋さんはそう言って、二枚の紙をはがし、そのあとの雪の高さを二人に見せました。
やっぱり黒い紙の下が、ほんの少しですが、ひくくなっているのです。
「一太郎君の答があたったね。
このとおり黒い紙の下の方がよけいに雪がとけている。
同じあつさの紙でも、黒と白とでは、これだけ雪のとけ方がちがうのだよ」
 高橋さんは二人によくそれを見せておいてから、そのわけを説明して聞かせました。
「君たちは学校でプリズムを見せてもらったことがあるだろう。
ガラスの三角柱で、あれを通して太陽の光をわけてみると、赤や黄や青や紫や、いろいろな色が、虹のように縞になって見えるね。
太陽の光は白く見えているけれども、その光の中には、プリズムで見るような、さまざまの色がふくまれているのだよ。
電燈の光や蝋燭の光も、太陽とは少しちがうが、やっぱりいろいろな色をふくんでいる。
さて、そこで、ちょっとそのへんを見まわしてごらん。
我々のまわりには、実にいろいろな色のものがあるね。
木の葉は緑色だ。
むこうの西洋館は青くぬってある。

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