初級翻訳・鉄塔の怪人 第26話

江戸川 乱歩

二人の少年は、こうして、高い鉄塔の屋上に閉じ込められてしまったのです。

「小林さん、どうすればいいの? ぼく、怖いよ……」

賢二君は、今にも泣き出しそうな顔をして、小林君にしがみつきました。

「大丈夫だよ。僕たちはまだ負けたわけじゃない。きっと、二十面相をやっつけてみせるからね。しばらくの間、がまんして待つんだ」

小林君の自信に満ちた言葉を聞いて、賢二君も少しだけ元気を取り戻しました。けれど、それにしても、小林君はいったいどうやって、この大ピンチから二十面相をやっつけるつもりなのでしょうか。小林君は、例の絹ひもの縄ばしごを使って、鉄塔を降りるつもりでしょうか。
とてもそんなことはできません。
絹ひもの長さは十メートルしかないのに、鉄塔は数十メートルの高さがあるのですから。

「小林さん、ぼくたち、どうしてここでじっとしているの? ここから逃げなくていいの?」
「待つんだよ」
「えっ、待つって?」
「今夜か、遅くても明日の朝までには、おもしろいことが起こるんだ。それまでの辛抱だよ。……ごらん、空が真っ青に、よく晴れているじゃないか。歌でも歌おうよ」

小林君はのんきなことを言って、何か歌を歌い始めました。
それから日が暮れるまで、実に長い長い一日でした。歌を歌ったり、なぞなぞを出し合ったり、しまいには賢二君の勉強の復習までして気を紛らわせようとしましたが、そのうちに二人ともお腹が空いてきました。そして日が暮れる頃には、口をきく元気もなくなり、鉄の手すりにもたれかかって足を投げ出したまま、グッタリとしていました。

もう、あたりは真っ暗です。遠くのほうから、何かがきしるような音や、うなり声のようなものが聞こえてきます。山に住んでいる鳥や獣の鳴き声です。小林君は手すりにもたれながら、体をねじ曲げるようにして、真っ暗な森の中をあちらこちらと注意深く見回していました。何かを心待ちにしている様子です。

そうしてまた何時間かが過ぎ去りました。二人とも疲れているので、ときどきうとうと眠りますが、すぐにハッと目を覚まします。眠り込んでしまっては大変だと思っているからです。

もう、真夜中をとうに過ぎていました。冷たい風が吹いてきます。耳を澄ますと、真っ暗な下界からは、獣のうなり声のような音がだんだん近づいてくるように思われます。
そのとき、突然、小林少年が「あっ」と小さく叫びました。
闇の中を凝らして見ると、ずっと向こうにホタルのような小さな光が、パッパッとついたり消えたりしていたのです。

小林君は大急ぎで立ち上がると、バンドの七つ道具の中から懐中電灯を取り出しました。そしてそれを高く掲げながら、こちらもパッパッとつけたり消したりするのでした。
賢二君もこれを見てびっくりして立ち上がりました。そして小林少年のそばに寄って尋ねます。

「小林さん、どうしたの? 何をしているの?」
「電灯の光でモールス信号を送っているんだよ。ほら、よくごらん。ずっと向こうの方に、ホタルのような光が見えるだろう。あれは懐中電灯だよ。向こうでも信号を知っているんだ」
「えっ、じゃあ、あそこに人がいるんだね。いったいあれは誰なの?」
「味方だよ。待ちに待った明智先生さ」
「えっ、明智先生?」
「賢二君、ぼくはね、ここへ来るときに明智先生の事務所で飼っている伝書バトを連れてきたんだよ。そのハトの足に、この鉄の城の場所を詳しく書いた手紙をくくりつけて、ゆうべ飛ばしておいたのさ。その通信が届いて、明智先生が助けに来てくださったんだ。先生ひとりじゃない。長野県の警察から大勢の警官隊も来ているんだって。今の懐中電灯の信号でそれがわかったんだよ。もう大丈夫だ。ねえ賢二君、ぼくたちは助かったよ」
「わあ、すてき! 伝書バトを飛ばすなんて、やっぱり小林さんは偉いねえ」

賢二少年もにわかに元気になってきました。
通信が終わると、向こうのホタルのような光はパタリと消えたまま、二度と現れませんでした。闇の中を警官の一隊が、明智探偵を先頭にして鉄の城の周りへヒシヒシと攻め寄せているのでしょう。

今にもその騒ぎが起こるかと思うと、小林君は胸をドキドキさせながら耳を澄ませて様子をうかがっていましたが、いつまでたっても下の城の中の建物はシーンと静まり返っているばかりです。
これはいったいどうしたことでしょう。もう、さっきから一時間以上経ちました。東の空の方がうっすらと明るくなってきました。夜明け間近なのです。

しかし、そのとき明智探偵と警官隊とは、やはり縄ばしごを使って次々と鉄の塀を乗り越え、城の中へ忍び込んでいたのです。そして怪人団の油断を見すまして、悪人たちを一人残らず捕まえようと密かに計画を練っていたのです。

そうとは知らない塔の上の小林君は、一人でもどかしがっていましたが、するとそのとき、空の彼方から「ブーン」という不気味な音が響いてきました。

「なんだろう」」と、不思議に思ってその方角を見つめていると、うっすらと明るくなってきた空の一方に、異様な形の黒い怪物が現れました。それがだんだんと、こちらへ近づいてくるのがかすかに見えたのです。
なんだか、大きな鳥のような形をしています。
ああ、もしかしたら、これが二十面相の言っていた、あのおそろしい人食いワシではないのでしょうか。
大ワシのような怪物は、この塔の上を目がけて飛んでくるようです。
みるみるうちに、その黒い影が大きくなってきました。
ブルン、ブルンと風を切る羽の音が、ものすごい響きです。
ああ、それは果たして大ワシだったのでしょうか。
ふたりの運命は、どうなるのでしょう。

妖虫の最後

鉄の城の建物という建物は、数十人の警官隊に取り囲まれ、カブトムシ王国が始まって以来の大混乱が起きていました。
さらわれてきた少年たちの兵隊は、誰も手向かいなどしません。
みんな警官の味方になって、怪人団のおとなたちの部屋への案内役を務めました。
怪人団の悪人どもは、さすがに頑固に手向かいをしました。
深夜の大戦争でした。
城の中には秘密の地下道だとか、いろいろな仕掛けがあって、二十数人の悪人どもをすっかり捕まえるのには二時間あまりもかかったほどで、警官隊に数人のけが人も出ました。
そうして、すっかり縛り上げてしまって、少年たちに「もうほかに悪人はいないか」と尋ねますと、「肝心の鉄塔王国の首領がいない」という答えでした。
つまり、怪人二十面相だけがどこかへ姿をくらましてしまったのです。
いや、姿が見えないのは二十面相ばかりではありません。
名探偵・明智小五郎もどこかへ雲隠れしてしまって、いくら探してみても見つからないのでした。

そのとき、明智探偵は怪人二十面相と一騎打ちの勝負をしていたのです。
二十面相は隙を見て、ただひとり鉄塔の方へ逃げていきました。
明智は早くもそれを見つけて追跡したのです。
追われていると気づいた二十面相は、とある小部屋へ逃げ込んで、中からドアに鍵をかけてしまいました。
明智は体ごとそのドアにぶつかって、とうとうそれを破りましたが、たった二、三分の間にどこへ逃げたのか、部屋の中には誰もいなくなっていました。
出入り口は今破ったドアのほかにはありません。

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