初級翻訳・大金塊 第10話

大金塊

その夜は幸い、何事もなく終わりましたが、この様子では、いつどんな手口で、賊が不二夫君を――いや、不二夫君にばけた小林少年をさらわないともかぎりません。
そして、その心配は、まもなく現実に起きてしまったのです。
賊は、じつにふしぎな手口で、小林君を連れ去ってしまいました。
まるで想像もできないような、奇想天外な方法によって、その目的を果たしたのです。
ああ、いったいそれはどんな方法だったのでしょうか。
そして、賊のためにまんまとさらわれてしまった小林君は、どこへ連れていかれ、どんなひどい目にあうのでしょうか。
「魔法の長イス」

それから二日間は何も何事もなく平和にすぎましたが、さて、三日目の午後のことです。
宮瀬家の門の外に、一台のトラックがとまって、ふたりの職人のような男たちが、大きな荷物をかつぎ込んできました。
書生の喜多村が玄関へ出てみると、職人のひとりが何かメモ書きを見ながら、
「大門洋家具店の者ですが、ご注文の長イスをお届けにまいりました。」
と言いました。
書生は、そんな長イスが注文されているとはご主人から聞いていませんでしたが、「大門」という店の名前は、まえにイスや机を注文したことがあったのでよく知っていました。
「今、ご主人は留守だし、ぼくは何も聞いていないからわからないけれど、たしかにうちから注文した品物にまちがいないのですか?」
と確認すると、男はにこにこ笑って、
「まちがいありませんよ。
こちらの旦那さんがわざわざお店にいらして、オーダーメイドで作られたのですからね。
ぼっちゃんのお部屋におかれるということで、少し小さめに作ったんですよ。」」といいながら、長イスの上にかぶせてあった白い布を取りのけて見せましたが、なかなかりっぱな長イスです。
「それじゃ、ともかくおいていってください。
しかし、玄関へおきっぱなしにされてもこまるが……。」
といいますと、職人は、またなれなれしい笑顔になって、
「ぼっちゃんの部屋へはこんでおきましょうか。
ぼっちゃんにも一度見ていただくほうがいいでしょうからね。」
というのです。
書生は深い考えもなく、それもよかろうと思いましたので、さきに立って不二夫君の勉強部屋へ案内しました。
ふたりの男は、そのあとから、おもい長イスを、えっちらおっちらと、はこぶのでした。
不二夫君にばけた小林少年は、ふいに大きな長イスがはこびこまれましたので、めんくらってしまいました。
きっと、ほんものの不二夫君が、おとうさまに、こんな長イスをおねだりしたんだろうと考えましたが、かえ玉のことですから、そういう事情が少しもわかりません。
ですから、小林少年としては、不二夫君ならきっとこんな顔をするだろうというような、うれしそうな顔をしてみせるほかはないのでした。
「ぼっちゃん、お気に入りましたか。
この上でいくらあばれてもいいように、うんとじょうぶにこしらえておきましたよ。
へへへ……さて、どのへんにおきましょうかね。」
職人は顔に似あわず、なかなかおせじがうまいのです。
そこで、小林君は、書生の喜多村君と、ここがいいだろう、あすこがいいだろうと、長イスのおき場所の相談をはじめたのですが、すると、ちょうどそのとき、玄関のほうで、何かわめくような大声がしたかと思いますと、女中が顔色をかえて走ってきて、
「喜多村さん、みょうなよっぱらいがはいってきて、動かないのよ。
早く来てください。」
と知らせました。
泣きだしそうな女中の顔を見ては、ほうっておくわけにいきません。
柔道初段の喜多村君は「ようし。」と答えながら、肩をいからせて、女中といっしょに玄関へ出ていきました。
イスをはこんできた男たちは、それを見おくって、なぜか顔を見あわせて、にやりと笑いました。
そして、ひとりがすばやくドアをしめて通せんぼうをするように、そこに立ちふさがったかと思うと、もうひとりの男が、ゆだんをしている小林君のうしろからとびかかってきました。
小林君はおどろいて、声をたてようとしましたが、アッと思うまに、手ぬぐいをまるめたようなものを、口の中へおしこまれ、声をたてるどころか、息もできなくなってしまったのです。
「さあ、おれがつかまえているから、早くしばってしまえ。」
うしろから小林君をだきかかえて、ささやき声でいいますと、ドアの前に立っていた男が、ポケットから長いなわをとりだして、サッとかけより、もがきまわる小林君の手足を、たちまち、ぐるぐるまきにしばりあげてしまいました。
いうまでもなく、このふたりの男は、暗号の半分をぬすんでいったあの悪者の手下だったのです。
家具屋にばけて、まんまと不二夫君の部屋へはいったのです。
そして、まさかかえ玉とは知らないものですから、小林少年を不二夫君と思いこんで、かどわかそうとしているのです。
しかし、男たちは、小林君を、いったいどうしてこの部屋からつれだそうというのでしょう。
玄関には書生や女中がいますし、うらのほうから逃げるにしても、昼間のことですから、町にはたくさんの人が通っています。
交番にはおまわりさんも見はりをしているのです。
その中を、手足をしばった子どもをかついで通りぬけるなんて、思いもよらぬことではありませんか。
ところが、賊は、じつにおそろしい悪知恵を持っていたのです。
まるで奇術のような、ふしぎなことを考えていたのです。
ふたりの男は、小林少年にさるぐつわをはめ、ぐるぐるまきにしばってしまいますと、その部屋にはこんであった、れいの長イスに近よって、みょうなことをはじめました。
男たちは、その長イスのクッション(腰かけるところ)に両手をかけて、うんと持ちあげますと、おどろいたことには、そのクッションだけが、すっぽりとはずれて、その下に、人間ひとり横になれるほどの、すきまがこしらえてあったのです。
それが賊の手品の種だったのです。
ふたりの男は、しばりあげた小林少年を、わけもなくそのすきまの中へとじこめ、上から、またクッションをはめこみました。
すると、長イスはもとのとおりになって、その中に人間がかくされているなんて、外からは少しもわからなくなってしまったのです。
仕事をすませたふたりは、にやにやと笑いかわして、そのまま、長イスを部屋の外へはこびだし、えっちらおっちら、玄関のほうへ歩いていきました。書生の喜多村は、やっとよっぱらいの男を追いかえして、もとの不二夫君の部屋へ引っかえそうとしていたのですが、見ると、ふたりの男が、せっかく持ちこんだ長イスを、また、そとへはこびだしてくるようすなので、びっくりして声をかけました。
「おや、どうしたんです。
なぜ、それを持ちだすのです。」
すると、さきに立った男が、きまりわるそうに笑いながら、こんなことをいうのです。
「へへへ……、どうも申しわけのないことをしちまいました。
書きつけの読みちがいですよ。
念のために、今よくしらべてみましたら、書きつけには宮田と書いてあるじゃありませんか。
町も番地も同じだったので、ついまちがえたんですよ。
宮田と宮瀬のまちがいだったのですよ。
へへへ……。」
ああ、なんといううまいいいぬけでしょう。

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