初級翻訳・大金塊 第9話

大金塊

それで、ぼくのかわりにだれかと考えたのですが、けっきょく、ぼくの助手の小林に、この役をつとめさせることを思いついたのです。
小林を使うというのには、わけがあります。
じつはお宅へうかがったときから、気づいていたのですが、こちらのぼっちゃん、不二夫君といいましたね。
あのぼっちゃんがからだのかっこうから、顔のまるいところなんか、ぼくの助手の小林と、ひじょうによく似ているのです。
年は小林のほうが上でしょうが、ぼっちゃんは大がらなので、せいの高さなども同じぐらいなのです。
そこで、ぼくはへんなことを考えついたのですよ。
少しとっぴな考えですから、おおどろきになるかもしれませんが、助手の小林を不二夫君のかえ玉にして、しばらくここへ、とまらせていただくことにしたいと思うのです。」

 それを聞きますと、あんのじょう、宮瀬氏は目をまるくしました。
「へえ、うちの不二夫のかえ玉ですって? で、いったいそれは、どういうお考えなのです。」

「小林を不二夫君に変装させて、不二夫君の部屋に住まわせるのです。
夜も不二夫君のベッドに寝させるのです。
まさか、そのかえ玉を学校へ通わせることはできませんが、かぜをひいたていにして、休ませておけばいいのです。
そして、賊のやってくるのを待つのです。
小林はまだ子どもですが、探偵の仕事にかけては、じゅうぶん、ぼくのかわりがつとまるほどの腕まえを持っています。
けっしてへまをやるようなことはありません。」

「なるほど、そういうわけですか。
しかし、それじゃほんとうの不二夫のほうはどうするのです。
不二夫がふたりもいては、おかしいじゃありませんか。」

「ほんとうの不二夫君は、しばらくぼくがおあずかりしたいのです。
助手の小林に変装させて、ぼくの家にいていただくことにしたいのです。
学校のほうは、少しのあいだ休ませなければなりませんが、そのかわりに、ぼくなり、ぼくの家内なりが先生になって、みっちり勉強させますよ。
なぜ、そんな手数のかかるまねをするかといいますとね、これにはもう一つ別のわけがあるのですよ。
というのは、ぼくは不二夫君の身のうえに、何か危険なことが起こりはしないかと、心配するからです。
賊は、あなたの指輪の秘密を知りませんから、暗号そのものをぬすみだすことはできません。
何か、あなたにひどい苦しみをあたえて、あなたががまんしきれなくなるように、しむけるにちがいありません。
それには、さしあたって、不二夫君がいちばん目をつけられやすいと思うのです。
子どもをかどわかして、その身のしろとして、暗号の半分をよこせという、よくある手です。
ぼくは、賊がそれを考えているんじゃないかとおそれるのです。
さっきの電話の口ぶりが、なんだかそんなふうに感じられましたからね。」

「ふうん、なるほど、おもしろい考えですね。
そうすれば不二夫も安全だし、あなたの少年助手も、だれにもうたがわれないで、わたしの家にとまりこめるというわけですね。
なるほど、こいつは名案ですね。」

 宮瀬氏はしきりに感心するのでした。
目の中へ入れてもいたくないほどかわいがっている不二夫君を、賊にかどわかされでもしたら、それこそたいへんです。
それを、明智探偵が、あらかじめふせいでくれるというのですから、これほど安心なことはありません。
宮瀬氏は、喜んで明智の考えにしたがうことになりました。
それからまもなく、表に自動車のとまる音がして、小林少年が、手に小型のトランクをさげて、書生に案内されてはいってきました。
明智探偵は、小林君を宮瀬氏にひきあわせてから、小型トランクを受けとって、その中をちょっとしらべていましたが、何かうなずきながら、パタンとふたをしめて、
「宮瀬さん、これはぼくの変装用の化粧箱ですよ。
この中にいろいろな絵の具やはけなどがはいっているのです。」
と説明しました。
それから、明智は、別の部屋にいた不二夫君を呼んでもらい、小林少年とふたりをつれて、化粧室へはいりました。
不二夫君は、小林少年に変装するのだと聞かされて、いやがるどころか、うちょうてんになって喜んでしまいました。あの有名な少年助手に変装して、日本一の名探偵の事務所で暮らせるんだと思うと、もう、うれしくてたまらなかったのです。
それから三十分ほどたちますと、明智探偵は、変装させたふたりの少年を左右につれて、もとの応接間へもどってきました。
「ほう、これはどうだ。
おまえが不二夫かい。
すっかり立派な少年探偵になってしまったね。
それに、小林君も、こうして小学生の制服を着ると、不二夫君とそっくりですよ。
明智さん、あなたのお手並みがこれほどとは思いませんでした。
じつにおどろきましたよ。」
宮瀬氏はすっかり感心して、ふたりの少年を見くらべるのでした。
それから、いろいろな打ち合わせがすみますと、明智探偵は、不二夫君になりすました小林助手をあとにのこし、少年助手に変装した不二夫君をつれて、宮瀬邸をあとに出発しました。
しかし、探偵のそばによりそって玄関の石段をおりていく不二夫君は、中学生のように長いズボンをはき、りんごのようにつやつやした顔をさもうれしそうにほころばせていて、どこからどう見ても、名探偵の少年助手としか見えないのでした。
さて、読者のみなさん、こうして世にもふしぎな「取りかえっこ」の作戦は大成功におさめられたのですが、果たして明智探偵の予想はあたっているでしょうか。
賊はもう一度、宮瀬邸へやってくるのでしょうか。
来るとすれば、いったいどんなふうにして、何をしにやってくるのでしょう。
その夜のことです。
不二夫君にばけた小林少年は、かりのお父さまである宮瀬氏に「おやすみなさい」とあいさつをして、先にベッドに入ったのですが、見なれない部屋、見なれないベッドのせいか、なんだか目がさえてしまって、すぐに眠ることができません。
眠れないまま、じっと窓の方を眺めていると、昼間に明智先生から聞かされた、昨夜の出来事が思い出されます。
ああ、あのカーテンのすき間から、ピストルの銃口がのぞいていたんだな。
そして、この天井から、賊の脅迫状がひらひらと舞いおりてきたんだな。
そのときの不二夫君の気持ちはどんなだっただろう、などと考えていると、ますます目がさえていくばかりです。
昨夜とはちがって、そのカーテンが少しひらいているので、窓のガラス戸が見えています。
そしてその外は、墨を流したようなまっ暗やみです。
ハッと気がつくと、そのやみの中に、何か白いものが動いていました。
人の顔です。
鳥打ち帽をまぶかにかぶった、あやしげな人間の顔です。
小林君は、思わずベッドをとびおりました。
そして、窓とは反対の入り口のほうへかけより、ドアをひらくと、いきなり「喜多村さあん!」と、書生の名前を大声で呼びたてました。
そこから家中が大さわぎになり、宮瀬氏はもちろん、書生も、小林君も、手に懐中電灯を持って庭におり、あやしい人影が見えたあたりをあちこち探し回りましたが、いち早く逃げ去ったとみえて、どこにも人の気配は感じられませんでした。
やっぱり、明智探偵の心配は的中していたのです。
賊は予想どおり、不二夫少年を狙いはじめたのです。

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