「だが、きみはいったいどうしてこのうちを探しあてたんだね」
「ぼくはずっとおじさんのあとにくっついていたのです。あのランチにしのびこみ、おじさんが潜水服を着ると、ぼくもあの箱の中にあった別の潜水服を着て、海にとびこんだのです。それから……おじさんがお台場にあがって油断をし、タバコをすっているひまに、ぼくはヘリコプターを見つけ、さきまわりをしてズックをかぶり、操縦席のうしろに隠れていたんです」
それをきくと魔法博士はびっくりしてしまいました。
「うーん、さすがに小林君だね。そこまで執念深くついてくるとは知らなかった。だがね、小林君、こうしてつかまってしまってはやっぱりきみの負けだよ。しかし、きみもそれほどの苦労をしたんだから、これで勝負をきめてしまうのは気のどくだね。どうだ、もうひとつ腕だめしをやってみるか」
「腕だめしってどんなことですか?」
「いまにわかるよ。まあ、こっちへ来たまえ」
博士は小林君の手を引っぱって部屋を出ると、廊下をいくつもまがって、おくまった部屋のドアを開きました。
「ここはろうやだよ。わしのうちにはこういうろうやがちゃんとできているんだ。ここへは大人を何度も閉じこめたことがあるが、だれも抜け出すことができなかった。それほど厳重にできているんだ。きみをこのろうやへ五日間閉じこめておく。その五日のあいだに黄金のトラを盗みだすことができたらきみの勝ちだ。それができなかったらきみの負けだよ。どうだ、いくらきみでもこの難題は解けないだろう」
博士はそう言ってニヤリと笑いました。
いかにも難題です。
その部屋は壁も床もレンガでかためてありました。
天井はしっくいで塗りかためられています。
一方の壁の高いところにたった一つ小さな窓があるばかりで、その窓には頑丈な鉄格子がはめこまれています。
入口にはふつうの倍もある厚いドアがついていて、とても破ることはできません。
「どうだ、やってみるかね」
「ええ、ぼくやってみます。五日のあいだに黄金のトラを盗みだせばいいのでしょう」
「うん、そうだよ」だが、この牢屋に閉じ込められていて、あの黄金のトラが盗み出せるかね。
いくらきみが頭が良くても、こればかりは難しいだろうね。
だが、まあ、やってみるがいい。
」
博士はそのまま、外へ出ていきました。
もちろん、ドアを閉めて、カチンと鍵をかけてしまったのです。
天井の隅に小さな電灯がついているので、真っ暗ではありません。
一方の壁際に小さなベッドが置いてあります。
小林君は、博士が立ち去ると、いきなりそのベッドの上へ横になって、やがてぐっすり寝込んでしまいました。
なんという大胆な少年でしょう。
目が覚めると、もう朝でした。
小林君はベッドから降りて、たったひとつの高い窓にとびつき、鉄の格子につかまって外をながめました。
窓のすぐ外に、高いコンクリートの塀がそびえています。
これでは、外を通る人に合図をするために窓から何かを投げても、とても塀を越させることはできません。
お昼ごろになると、その塀の外から、かすかに大勢の子どもの声が聞こえてきました。
外は広っぱで、そこが子どもたちの遊び場所になっているらしいのです。
しかし、ここから声をかけたところでとても届きませんし、また、そんなことをすればたちまち博士にさとられてしまいます。
とても、牢屋を抜け出す見込みはありません。
三度の食事は、ドアの下の方についている小さな窓の戸を開いて、そこから差し入れられるようになっていました。
博士の部下が食事を運び、ついでに小林君の様子をうかがって、博士に報告するのです。
三日目の夜、その部下が博士の前にきて、こんなことを報告しました。
「あの子どもは、ネズミと遊んでいますよ。
牢屋の床のレンガに割れ目があって、そこからネズミがはいってくるのです。
あの子どもは、そのネズミにパンの食べ残しなんかをやって、手なずけたらしいですね。
ネズミのほうでもなれてしまって、あの子どもの膝まではい上がっているのですよ。
」
「ふーん、よほど退屈しているらしいな。
その様子では、牢破りなんて思いもよらないね。
」
博士は安心したように、つぶやくのでした。
一日、二日と日がたっていきましたが、牢屋の中の小林君は何もしないで、毎日ネズミと遊んでいる様子でした。
そして、とうとう五日間が過ぎさり、六日目の朝となりました。
魔法博士は朝の食事を終わると、急いで牢屋に入っていきました。
「おい、小林君、約束の五日間は過ぎたよ。
気の毒だが、きみの負けときまったね。
」
すると、ベッドに腰かけていた小林君が、顔をあげてにこにこしながら言うのです。
「え? ぼくの負けですって? とんでもない。
ぼくが勝ったのですよ。
」
知恵の勝利
「えっ、なんだって?」
「ぼくが勝ったのですよ。
黄金のトラを盗み出してしまったのですよ。
」
「おい、おい、でたらめもいい加減にしたまえ。
きみはこの牢屋から一歩も出られなかったじゃないか。
牢屋にいて、どうしてトラが盗み出せるんだ?」
「それじゃ、おじさんが隠した場所を改めてごらんなさい。
黄金のトラがあるか、ないか。
」
小林君の自信たっぷりな口ぶりに、魔法博士も心配になってきました。
そこで急いで二階の書斎へいって、百科辞典の「ト」の部を抜き出して開いてみました。
「あっ!」
ページの穴の中はからっぽでした。
博士はそのまま牢屋にかけもどって、小林君をにらみつけました。
「小林君、きみは実に不思議な子どもだ。
いったい、どうしてあれを盗み出したんだ。
」
すると小林君はすまして答えました。
「ネズミですよ。
」
「えっ? ネズミとは?」
さしもの博士もあっけにとられるばかりです。
小林君のにこにこして説明しました。
「この牢屋の床の隅にレンガの壊れたところがあって、そこからネズミがはいってくるのです。
その穴の奥へ手をいれてさぐってみますと、地面の下の方にいまは使われなくなっている下水の土管が残っていて、その割れ目からネズミが出てくることがわかりました。
ぼくは昼間、その穴へ耳をあててみました。
すると、塀の外の子どもたちの声がはっきり聞こえてくるのです。
そこで、地面の下の古い土管は塀の外の空地までつづいて、そこに口をひらいているにちがいないと、考えたのです。
それからぼくは、ひまにまかせてネズミを手なずけることをはじめました。
パンを食べ残しておいて、それをえさにして手なずけたのです。
三日目にはネズミがぼくになれて、膝にはい上がったり、手をなめたりするようになりました。なぜそんなことをしたかというと、ネズミを使って、塀の外と連絡を取るためなのです。
ぼくは自分の毛糸のシャツをほどいて長い糸を取り出し、それをネズミの足に巻きつけて、穴の中へ追いやったのです。
」
小林君は、持っていた手帳の紙に鉛筆で手紙を書き、それを折りたたんで、表に「これを拾った人は、すぐ麹町六番町十二番地の木村正雄君に届けてください。そうすれば木村君が、たくさんお礼をくれます。」と書いて、毛糸の端にくくりつけ、それをネズミの足にグルグル巻きつけて、逃がしてやったのです。
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