明智は四方の壁を叩き回って、秘密の通路でもあるのではないかと調べましたが、別に怪しいところもないのです。
そのとき、天井の方に妙な物音がしました。
「さては」と思って懐中電灯で照らしますと、天井からドシンと恐ろしい音を立てて、一匹の巨大なカブトムシが目の前に落ちてきました。
二十面相は、明智がドアを破っているわずかの隙に、その部屋に置いてあったカブトムシの殻を身につけて、得意の技で壁を這い上がって隠れていたのですが、いつまでも壁を這っていくことはできません。
やがて力が尽きて、床の上に落ちたのです。
それからまた、巨大なカブトムシと明智探偵との追いかけっこが始まりました。
カブトムシはスルリと身をかわして廊下に出ると、鉄塔の方へ恐ろしい速さで走っていくのです。
カブトムシは鉄塔の一階に駆け込むと、例の鉄のハシゴを登り始めました。
二階、三階、四階……次は屋上です。
その屋上への鉄ハシゴに取り付いたカブトムシは、明智探偵を見下ろして恐ろしい笑い声を立てました。
「ワハハハ……、明智先生、おれを追い詰めたと思って得意になっているね。だがおれの方には武器があるんだ。君をあっと言わせる武器があるんだ。おい、明智先生、この上の屋上には誰がいると思う。君の大事な弟子の小林と、それから賢二が、空中の牢屋に閉じ込めてあるんだ。ふたりの子どもが人質だ。貴様がおれを捕らえようとすれば、このふたりを塔の上から突き落としてしまう。ワハハハ……、どうだ、例によってこれがおれの奥の手だよ。さすがの明智先生も、こうなっては手出しもできまい。ワハハハ……」
言い残して、二十面相のカブトムシはそこの鉄の蓋を鍵で開き、屋上へ這い上がっていきましたが、上がったかと思うと、「あっ」と驚きの叫び声を立てました。
そのころ、夜は白々と明けて、鉄塔の屋上はもう明るくなっていました。
その一目でわかる屋上に、小林少年と賢二少年の姿がどこにも見当たらなかったのです。
二十面相のカブトムシは慌てふためいて、屋上を囲む鉄の手すりを恐ろしい速さで探し回りました。
しかし、手すりの外に身を隠している様子もありません。まったく、信じられないことが起こったのです。
屋上へ続く唯一の出入り口には、しっかりと鍵がかかっていました。
塔から飛び降りるはずもありません。そんなことをすれば命がなくなってしまいます。
では、どこへ隠れたというのでしょうか。いや、隠れる場所なんて、この屋上にはどこにもありません。
ああ、ふたりの少年は魔法を使って、煙のように姿を消し、空へ舞い上がってしまったのでしょうか。
そう考えて思わず空を見上げたとき、その空の彼方から「ブーン」という不思議な音が響いてきました。
そして、一羽の巨大な鳥のような影が、こちらへ近づいてくるのです。
いや、鳥ではありません。夜が明けて明るくなったので、その姿がはっきりと見分けられます。
それは一台のヘリコプターでした。
ヘリコプターはみるみるうちに鉄塔の真上までやってきて、透明な操縦席の中がよく見えるほどの近さまで近づいてきました。
それを見ると、二十面相のカブトムシは、ふたたび「あっ!」と叫び声を上げずにはいられませんでした。
その透明な操縦席には、操縦士のほかに、小林少年と賢二少年が乗っていて、にこにこしながら塔の上にいる怪物を下に見下ろしていたからです。
さっき、ふたりの少年を目がけて飛んできたのは大ワシではなく、このヘリコプターだったのです。
もちろん明智探偵の作戦で、塔の上にいるふたりを救い出すために、長野県警察が近くの町から電話で連絡し、松本市の新聞社から呼び寄せたものでした。
そしてヘリコプターから縄はしごを下ろして、ふたりを救い上げたのです。
そうこうしているうちに、明智探偵を探していた警官たちが鉄塔に気づいて一階に駆けつけ、鉄のハシゴを駆け上がって屋上へ押し寄せてきました。
屋上はもう警官たちでいっぱいです。
二十面相は、もうどうすることもできません。警察に捕まってしまうのは時間の問題でした。
塔の上で追い詰められた巨大な妖虫は、ジリジリとあとずさりをして、一方の端にある鉄の手すりに体を押し付けました。
次の瞬間、恐ろしいことが起こりました。
カブトムシは手すりを乗り越えたのです。
明智探偵も、大勢の警官たちも、思わず「あっ!」と声を上げました。
しかし、もう遅かったのです。
巨大なカブトムシは手すりの外側にしばらくしがみついていましたが、やがてスーッと、目もくらむような数十メートルの地上へと、矢のように落ちていきました。
そのとき、かすかに「あばよ!」という声が聞こえたような気がしました。
これが、日本中を騒がせたカブトムシ大王、怪人二十面相の、哀れな最後だったのです。
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