初級翻訳・妖怪博士 第23話

妖怪博士

」
そして、小屋のすりガラス戸を、ガラガラとひらき、うすぎたないじいさんが、ノロノロと外に出ました。
見れば、古びた洋服に、ぞうりばきで、頭には、やぶれたソフト帽をまぶかにかぶり、長いひものついた拍子木(ひょうしぎ)を、首にさげてブラブラさせています。
こんなおじいさんに、よく火の番がつとまるものだとおどろくような老人です。
刑事たちは舌打ちしながら、もう一度同じ質問をくりかえしました。
「へ、警察のだんな方ですか。
そいつはね、今しがたこの前を、おそろしい勢いで走っていきましたよ。
わたしゃ戸のすきまから、チラッと見たばかりですがね。
たしかにワイシャツ一枚のやつでがしたよ。
あっちのほうへ走っていきました。
もう二、三百メートルも向こうへ行っているころですぜ。」
刑事たちは、それを聞きますと、こんなおじいさんにたずねたことを後悔するように、お礼もいわないで、そのまま、またかけだすのでした。夜番のじいさんは、ぼんやりつっ立ったまま、三人のあとを見送っていましたが、刑事たちの姿が町かどに消えてしまうと、なぜかニヤニヤとみょうな笑いをもらしながら、いきなり首にさげていたひょうし木をにぎって、チョンチョンとたたきました。
そして、これから町を一まわりするつもりなのでしょう。
ヨチヨチと、刑事たちの走りさった反対の方角へ歩きはじめました。

悪魔の正体

やがて、刑事たちはしおしおとして、明智探偵や中村係長のいる、怪博士邸の書斎へ引きかえしてきました。
明智の力によって、せっかく逮捕した怪盗を、あっけなく取りにがしてしまったものですから、申しわけなさに、刑事たちがしおれかえっているのもむりはありません。
明智探偵は、ひじょうにざんねんそうなようすでしたが、なにぶん犯人が思いもよらぬ手段で、なわめをすりぬけたのですから、刑事たちをせめるわけにもいきません。
それよりも、あの怪博士がいったいどこへ逃げ、どこへかくれたかをつきとめるのが、さしあたっての急務です。
明智探偵はすぐさま、刑事たちにするどい質問をあびせかけました。
「逃げる犯人と、追っかけるきみたちとの間は、はじめは十五、六メートルしかへだたっていなかったというのですね。
それが、いくつめかの町かどをまがると、とつぜん消えうせたように見えなくなったというのは、おかしいじゃありませんか。
どこかの家へ逃げこんだのじゃありませんか。」
「しかし、あいつの消えうせた付近の家は、あとで一軒一軒たたきおこして庭などもしらべてみたのですが、どこにも人の逃げこんだ形跡がないのです。」刑事のひとりが、ふしぎでたまらないという顔つきで答えました。
「で、きみたちは犯人を追っかけているあいだに、通行人にはひとりも出あわなかったのですか。」
「はあ、どの町にも、まったく人通りはありませんでした。」
「思いちがいではありませんか。
ほんとうにだれにも出あわなかったのですか。」明智は、なぜかその点をくどくたずねるのです。
「ええ、ひとりも出あいません……。
しかし、ああ、そうそう、出あったといえば、ひとり出あった者がありました。
夜番のじいさんです。
われわれは、そのじいさんに犯人の逃げた方角をたずねたのですが、なんのかいもなかったのです。」
「え、夜番のじいさん? そいつは犯人の逃げた方角から歩いてきたのですか。」
「いいえ、夜番小屋の中にいたのです。
われわれが外へよびだしてたずねたのです。」
「では、きみたちは、その夜番小屋の中へは、はいらなかったのですね。」
「ええ、むろんはいりゃしません。
一秒でもおしいときですからね。」
「小屋の中をのぞいても見なかったのですか。」
「ええ、のぞきなんかしませんでした。
しかし、どうしてそんなことを、おたずねになるのですか。
犯人があの小屋の中にかくれていたとでもおっしゃるのですか。
まさか、いくらおいぼれた夜番のじいさんでも、もし、犯人が小屋に逃げこめば、それを気づかぬというはずはありませんよ。」刑事は明智のみょうな質問を、少し腹だたしく感じたようすで答えました。
「いや、ぼくの考えているのは、そのぎゃくですよ。
ぼくはそのとき、夜番のじいさんが、小屋の中のどこかにたおれていやしなかったかとうたがっているのです。」
「エッ、なんですって? じいさんはピンピンして、小屋の外へ出てきたのですよ。
たおれているなんて……?」といいかけて、刑事はハッと顔色をかえました。
名探偵のみょうな質問の意味を、このときやっと気づいたのです。
「では、あのじいさんがにせ者だったと……。」
「これは、ぼくの想像にすぎません。
しかし、あいつならば、そういうきわどい芸当もやりかねないと思うのです。
ともかく、急いでその夜番小屋へ行ってみましょう。」
そこで、明智探偵は中村係長といっしょに、四人の刑事の案内で夜番小屋にかけつけることになりました。
小屋について、声をかけてみますと、中からはなんの返事もありません。
さいぜんのじいさんは、もうそこにはいなかったのです。
明智探偵はものをもいわず、ガラス戸を引きあけて中にふみこみました。
そして、せまい小屋の中を、忙しく見まわしていましたが、土間のすみに、炭のあき俵が二つ三つ立てかけてあるのに気づきますと、いきなりそのそばに近づき、あき俵をパッとはねのけました。
すると、おお、案のじょう、そのかげにひとりのじいさんが、服をはぎとられてシャツ一枚になり、手足をしばられ、さるぐつわをはめられ、身動きもできずころがっているのが発見されたではありませんか。
名探偵の推察がみごとに的中したのです。
刑事たちの質問に答えたじいさんはにせ者で、そこにころがっていた老人こそ、ほんものの夜番だったのです。そのなわをとき、さるぐつわをはずしてやって、いたわってあげながらたずねますと、おじいさんはからだの痛みをさすりながら、とってもくやしそうに、これまでのいきさつを話してきかせました。

おじいさんがいすに座ったまま、ウトウトとうたたねをしていますと、突然ガラス戸がガラリと開いて、ワイシャツ姿の男が飛びこんできたのだそうです。
そして、問答無用でおじいさんにさるぐつわをはせ、着ていたボロい洋服を脱がせて手足をしばり、土間のすみにゴロンと横たえて、その上に空き俵をかぶせてしまったのです。

そのワイシャツの男というのが、ほかならぬ殿村に化けていた蛭田博士だったことは、言うまでもありません。
犯人はそうしてやおらおじいさんの洋服を着こみ、顔にススを塗りたくって、ソフト帽を深めにかぶり、あっという間にとっさの変装をやりとげ、まんまと刑事たちをだましとおしたというわけです。

夜のことでまわりも暗いうえ、あいては変装の天才みたいなとんでもないやつですから、刑事たちが「ただのおんぼろじいさんだ」と油断して、うっかり見すごしてしまったのも無理はありません。
犯人がもともと着ていたワイシャツやズボンは、おじいさんがころがされていたのと同じ土間のすみに、クシャクシャに丸めて投げすてられていました。

「いやあ、実にもったいないことをしました。
ぼくが刑事さんたちといしょに、あの犯人を追いかけていれば、こんなヘマはおこらなかったのに。

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