それに、この運転手は、三人が少年探偵団員であることや、BDバッジがその記章であることを、いったいどうして知っていたのでしょう。
よく考えてみれば、ふしんなことばかりです。
ああ、もしや行く手には、何かおそろしい運命が待ちうけているのではないでしょうか。
しかし、少年たちは泰二君のゆくえがつきとめられそうなようすに、ただ、気があせるばかり、そんなことをうたがってみるよゆうもないのでした。
自動車は走りだしていました。
そして、五分も走ったかと思うと、もう目的地に達したらしく、運転手は、とある町かどに車をとめて、
「ほら、あすこに赤れんがの塀が見えるだろう。
この記章は、あの家の門の前に落ちていたんだよ。
」
と、向こうに見える古めかしい洋館をさししめしました。
「じゃあ、ここでおりて、前まで行ってみよう。
」
上村君が先に立って、三人が車をおりますと、運転手も運転台をとびだして、
「ぼくもいっしょに行ってあげよう。
」と、さも親切らしく言いながら、三人の先に立って、洋館に近づいていきました。
門の前まで行ってみますと、みょうなすかしもようの鉄のドアが半分ひらいたままで、中の洋館の入り口まで見とおしになっていましたが、その入り口のドアも、あけっぱなしたまま、あき家のようにガランとしているのです。
「おじさん、ここ、なんだかあき家みたいだね。
」
「そうだね。
ほんとうにあき家かもしれない。
見たまえ表札も何も出ていないじゃないか。
ひょっとしたら相川の坊ちゃんは、このあき家の中へおしこめられたんじゃあるまいか。
」
運転手は、しさいらしく小首をかしげながら、門の中へふみこんで、しきりとそのへんを見まわしていましたが、
「きみたち、ひとつ中へはいってみようじゃないか。
やっぱりここはあき家らしいぜ、どの窓もみんなしめきったままで、人の影もさしてやしない。
ね、はいってみようよ。
」と、もう先に立って、ドンドン入り口のほうへ近づいていくのです。
三人はいわれるままに、胸をおどらせながら、そのあとにしたがいました。玄関をはいって、声をかけてみても、だれも答えるものはありません。
「いよいよあき家だ。かまわないから、中へはいってみよう。」
運転手は、まるで自分の家へでも来たように、なんのためらうようすもなく、靴ばきのまま上にあがって、うす暗い廊下を、グングン奥へはいっていきます。
少年たちは、なんだか少しきみが悪くなってきましたけれど、この中に泰二君が監禁されているかもしれないと思うと、逃げだす気にはなれません。
そのまま運転手のあとについて、奥へ奥へとたどっていきました。
「この部屋が、なんだかあやしいぜ。」
運転手は、とある小部屋のドアをひらいて、中をのぞいていましたが、そんなことをつぶやくと、少年たちを手まねきして、その中へふみこんでいきました。
三人もつづいてはいってみますと、それは四畳半ほどの、窓の一つもないうす暗い小部屋でした。
道具といっては何もなく、敷き物もない床板がまる見えになっていて、物置き部屋とでもいった感じです。
しかし、すみずみをあらためてみても、べつにあやしいところもないものですから、三人がもとの廊下へ出ようとしますと、おや、これはどうしたというのでしょう。
運転手が、入り口に立ちふさがって、通せんぼうをしながら、何か意味ありげに、ニヤニヤ笑っているではありませんか。
「おじさん、どうしたんだい、早く外へ出ようじゃないか。何をそんなところに、立ちはだかっているんだい。」
斎藤君が、なじるようにいいますと、運転手はとつぜん大口をあいて、さもおかしそうに、カラカラと笑いだしました。
「ハハハ……、おいおい、きみたちは、おれをいったいだれだと思っているんだい。おれはここの家の主人なんだぜ。ハハハ……。」
三人の少年は、そのみょうな笑い声に、思わずギョッとしましたが、むろんそんなことを本気に受けとることはできません。
「主人だって? そんなことがあるもんか。主人なら、なぜ他人の家みたいに、しのびこんだりなんかしたんだい。それに、きみは運転手じゃないか。運転手がこんなりっぱな家に住んでいるもんか。」
斎藤君が口をとがらせていいかえしました。
「ハハハ……、かわいいことをいっている。おいおい、きみたちは少年探偵じゃないか。まさか変装ということを知らないわけでもなかろう。おれはほんものの運転手じゃない。きみたちを、ここへおびきよせるために、こんな姿に化けたまでさ。」
「じゃあ、じゃあ、きみは、いったいだれなんです。」
「ここの主人さ。蛭田博士というもんだ。ほら、この顔をよく見るがいい。」
と言いながら、運転手帽をかなぐりすてて、右のてのひらで顔をツルリと一なでしたかと思うと、今までのやさしい顔は、たちまち消えうせて、見るもぶきみな相好にかわってしまいました。
モジャモジャとみだれた長い髪の毛、凶悪むざんなひたいのしわ、糸のように細められた、しかし、ものすごく光る目、キューッと三日月形にまげたまっ赤なくちびる、身の毛もよだつおそろしさです。
三人の少年は、その糸のような目でにらまれると、まるで金しばりにでもあったように、じっと立ちすくんだまま、身動きもできなくなってしまいました。
「ハハハ……、青ざめてしまったね。こわいのかい。だが、こんなことでこわがるのはまだ早いぜ。ハハハ……、まあ、そうしておとなしくしているがいい。今に、うんとおもしろいものを見せてやるからね。」
そういったかと思うと、運転手姿の蛭田博士は、パッと飛鳥のように部屋の外へとびだして、入口のドアをピッタリとしめ、外からかぎまでかけてしまいました。
と同時に、三人の少年が立ちすくんでいた足の下に、何かしら異変がおこりました。
床板が、地震のように、グラグラとゆれはじめたのです。
しばらくのあいだ、はげしくゆれていたかと思うと、アッというまに、とつぜん床板がとびらのようにまんなかから二つにわれて、ガタンと下のほうへひらいてしまい、少年たちは折りかさなって、床下の穴ぐらの中へと落ちこんでいきました。
なんというおそろしいしかけでしょう。
そこは部屋ぜんたいがおとし穴になっていたのです。
穴ぐらの底にすべり落ちた三人は、しばらくは気をうしなったようにたおれていましたが、やがて痛さをこらえて起きあがってみますと、そこは上の部屋の倍ほどもある、陰気な地下室でした。
そのコンクリートの床のまんなかに、セメントだるのような大きなたるが、たった一つおいてあるばかりで、ほかには何もありません。
たるの上には、西洋ふうの燭台がのせてあって、二本のろうそくがチロチロと、魔物の舌のようにもえています。その光で、いま落ちてきた高い天井を見上げますと、いつのまに閉まったのか、扉のように開いていた床板が、もとどおりピタリとくっついて、すきま一つなくなっていました。
はしごも何もないこの地下室で、そのうえ出口までふさがれてしまったのですから、もう逃げる方法はどこにもありません。
少年たちは、思いがけない恐ろしい運命に、まだ頭を働かせる力すら出ず、ただおびえきった目を見かわすばかりでした。
初級翻訳・妖怪博士 第10話
妖怪博士
コメント