しばらくすると、森のむこうから「ブーン」というかすかな音が聞こえてきました。
そして、そこから大きなトンボみたいなものが、空中に浮かびあがってきたのです。
それは一だいのヘリコプターでした。
すきとおった大きな丸い操縦席が、とほうもなくでっかい目玉のようにキラキラと光っています。
それを見ると、コンクリート仏の頭の上の怪老人が、また両手を上げて合図をしました。
ヘリコプターは、あおあおと晴れわたった空をだんだんこちらへ近づいてきます。
ヘリコプターの操縦席には、賊の部下が乗っているに違いありません。
怪老人が警官にとりかこまれても平気でいたのは、これがあったからです。
ヘリコプターで逃げだすという最後の切り札が、ちゃんと用意してあったからです。
しかし怪老人は、いったいどうやってこのヘリコプターに乗りこむのでしょうか。
ヘリコプターを地上へおろすことはできません。
そこには警官隊が待ちかまえているからです。
仏像の中の一階に残った三人の刑事は、賊の部下をとらえてから近くの警察署へ電話でことのしだいを知らせましたので、はやくも十数名の警官隊が仏像のまわりにかけつけていたのです。
「ワーッ!」
というときの声が、はるか下のほうからわきあがってきました。
警官隊が仏像の頭の上の怪老人にむかって、口ぐちに何か叫んでいるのです。
怪老人はそれを見おろして、白ヒゲの中のまっかな口をいっぱいにひらいてカラカラと笑いました。
そして、右の手をひらいて親指を鼻のあたまにつけ、五本の指をヒラヒラと動かして見せました。
「やーい、ざまを見ろ。ここまでのぼってこれないだろう!」
とからかっているのです。
警官隊はくやしいけれどもどうすることもできません。
消防自動車のくり出しばしごがあれば仏像の肩までとどくかもしれませんが、いまから電話をかけにいったのではとても間に合いません。
ただ下から「ワーッ、ワーッ」とさわいでいるばかりです。
そのときヘリコプターはもう仏像の頭の上に来ていました。
そしてそこの空中でとまって、みょうなことをはじめたのです。
丸いすきとおった操縦席の出入り口が開いて、そこから長い縄ばしごがサーッとおろされました。
縄ばしごは空中でブランブランとゆれています。
仏像の頭の上の怪老人はそのほうに手をのばしましたが、なかなかとどきません。
ヘリコプターは空中で少しずつあちこちと動いて、老人に縄ばしごをつかませようとします。
じつにあぶない曲芸です。
下からそれを見あげている警官たちは、おもわず手にあせをにぎりました。
あっ、あぶない! あっ、もうすこしだ! いくら悪ものでも、あんな高いところから落ちたらたいへんです。
うまく縄ばしごにつかまってくれるようにと、いのらないではいられませんでした。
あっ、うまくいったぞっ!
怪老人はとうとう縄ばしごのはじにとりつきました。
そしてそれをのぼりはじめたのです。
長い縄ばしごはブランコのようにげししくゆれています。
高い空の上でそれをのぼるのは、サーカスの空中曲芸よりもむずかしくてあぶないのです。
怪老人は若い曲芸師のようなしっかりした身のこなしで、縄ばしごを一段ずつのぼっていきます。
ブランブランゆれながらのぼっていくのです。
ああ、よかった。
とうとう操縦席にたどりつきました。
そこにいた若い操縦士が老人の手をとって中にひきあげ、そのあとで縄ばしごもひきあげてしまいました。
ヘリコプターはきゅうに動きだし、東京のほうに向かってとびさっていきます。
丸いすきとおった操縦席には、怪老人とその部下がならんでこしかけているのが見えました。
しかしその姿もヘリコプターが遠ざかるにしたがってだんだん小さくなり、見わけられなくなり、そしてしばらくするとヘリコプターそのものが眼界からきいさってしまいました。
怪人のさいご
ヘリコプターの操縦席では、怪老人と操縦士が笑いながら話しあっていました。
「ワハハ……警察のやつらのくやしがっているのが、まめつぶのように見えるぞ。ざまを見ろ。ワハハハ……。明智探偵のやつ、灰色の巨人の秘密を探りだしたのはいいが、おれをつかまえることができなかったじゃないか。さすがの名探偵さんも、ヘリコプターとは気がつかなかったらしいね」」
怪老人がそう言うと、部下の操縦士もいっしょになって笑い出しました。
「空へ逃げるのは、ボスであるあなたの得意技ですからね。
いつだったか、デパートの屋上からアドバルーンに乗って、品川の海の方へ逃げたこともありましたし、今回はヘリコプターです。
それに気づかないなんて、警察のやつらはよっぽどのまぬけ探偵ですね。
……しかしですね、ボス、あんなにたくさんの宝石をその場に残してきたのは、もったいなかったですねえ。
ボスが長い時間をかけて集めてきた宝石が、みんな警察に没収されてしまうじゃありませんか。」
操縦士は、三十五、六歳くらいのすばしっこそうな男でした。
革の飛行服を着て、飛行めがねをかけ、その下からは黒いチョビヒゲが見えています。
怪老人に一番信用されている、長野という部下でした。
「うん、それはたしかに残念だが、宝石まで持って逃げる余裕がなかったのだ。
まあいいさ、あんな程度の宝石なら、またすぐにいくらでも盗み出して見せるよ。
それよりも何よりも、あの明智をギャフンと言わせたのが最高に愉快だな。
あいつにはいつも最後の最後でやられてばかりいたからね。
ところが、今回はそうはいかなかった。
あいつも、さぞくやしがっていることだろうよ。」
「いい気味ですねえ。
ところでボス、明智はいったいどこにいたんでしょうかね?
ボスを捕まえにやってきた人間の中に、明智はいましたかね?」
「いや、いなかった。
それが、ちょっと不思議なんだよ。
やってきたのは、中村警部と五人の刑事だけだったんだ。」
「へえ、それはおかしいですねえ。
それじゃあ、あの名探偵さんは、いまごろいったいどこにいるんでしょう? なんだか気味が悪いですね。」
「うん、おれもそれが、どうも気がかりでならないんだ。」
ヘリコプターは、町や村の上を通らないように気をつけながら、山伝いに東京都の西の端っこ、奥多摩の方へむかって飛んでいきました。
すぐ目の下には、山々のこんもりとした森と、土の赤い地肌とが、まるでまだら模様のように小さく見えています。
「ボスにお尋ねしますがね。
デパートの屋上からアドバルーンで逃げたあとのボスのやり方は、やけにはなやかでしたよね。
宝石を手に入れることよりも、自分の腕前をみんなに見せびらかすのが目的に見えましたよ。
その相手というのは、ほかならぬ明智小五郎じゃありませんでしたか?
うらみつらみのたまった明智をギャフンと言わせて、どうだ、こんどはおれの勝ちだぞと、そう言いたかったんじゃないですか?」
部下にそう聞かれて、怪老人は深くうなずきました。
「もちろんそうさ。
宝石もほしかったけれど、明智をやっつけるのが一番の目的だったんだ。
あいつは、おれの人生最大のライバル、いや、かたきだからね。」
「へえ、そうですかい。
しかしねえ、ボス、明智のほうでは、自分が負けたとは思っていないかもしれませんぜ。
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