それなのに、まるでそこに手があるかのように、パジャマのそでがヒラヒラと動いています。
ベッドのそばには、白くぬった小さなまるいテーブルがありました。
首のないパジャマの男は、そのそばに近づきました。
大友君の目は男のあとを追って、テーブルのほうにうつりました。
そして、その上におかれたものをひとめ見ると、ゾーッと身ぶるいしました。テーブルの上には、西洋風の燭台(しょくだい)に立てられたロウソクが燃えていました。
水をいれたフラスコとコップがありました。
タバコ入れと灰皿がありました。
それだけなら何でもないのですが、そのほかにもう一つのへんなものがあったのです。
テーブルの上になんかあるはずのないものが、チョコンとのっかっていたのです。
それは人間の首でした。
気味の悪い人間の首だけが、テーブルの上からじっとこちらをにらんでいたのです。
大友君は思わず逃げ出しそうになりましたが、とっさに、あることに気づいて、そのままのぞき見を続けました。
テーブルにのっているのは本当の首ではなくて、ロウでできた仮面だということがわかったからです。
透明怪人はパジャマを着て、これから寝ようとしているのです。
寝るのにはロウの仮面なんか邪魔ですから、脱いでテーブルの上においたのでしょう。
パジャマ男に首がないのはそのためです。
首がないのではなくて、ただ見えないだけなのです。
そのとき、首のないパジャマ男はテーブルの上のフラスコの栓をとって、コップに水を注ぎました。
手袋をはめていないのですから、手は見えません。
パジャマの袖が動くにつれてフラスコがひとりでに持ち上がり、宙に浮いて、口がだんだん下を向き、コップに水が流れ落ちるのです。
まるで手品でも見ているようです。
次には、水の入ったコップがスーッと宙に浮き、パジャマの襟の上のあたりにとまりました。
さっきのフラスコと同じように、コップは宙に浮いたままだんだん傾いて、中の水が何もない空中に吸い取られていきます。
じつは怪人は手を手に持って水を飲んでいるのですが、顔も手もすきとおって見えないので、コップがひとりで宙で踊っているように感じられるのです。
水がコップから流れ出しても、決して下へこぼれません。
目に見えない怪人の口の中へ注ぎ込まれているからです。
大友君は透明怪人の話はたびたび聞いていましたが、見るのは今がはじめてでした。
そしてあまりの不思議さにすっかり驚いてしまいました。
夢でも見ているのではないかと疑われるほどでした。
なおものぞいていますと、怪人は今度はテーブルの上のタバコをとってロウソクの火をつけて、スパスパと吸いはじめました。
一本の白い巻きタバコがパジャマの上の空中に横になったままじっとしています。
そして一方の先がときどきポーッと赤くなり、そのたびに空中から煙がわきだします。
怪人が鼻と口から煙を吐いているのです。
大友君がこの不思議な光景を夢中でのぞいていますと、うしろの闇の中にサーッ、サーッと着物のすれあうような音がしました。
そしてだれかが自分のすぐうしろで息をしているような気がしました。
この穴の中には透明怪人がいるだけだと思っていたのに、ほかにもまだだれかが住んでいたのでしょうか。
大友君はそう考えると恐ろしさに体がすくんで、うしろを振り返ることもできません。
うしろの闇の中には何者がいるのでしょう。
人間か、それとも動物か、息づかいの音が聞こえるのですから、生きものには違いありません。
大友君はソーッとうしろに手を伸ばして探ってみました。
すると何かやわらかいものがさわるのです。
オーバーのようなものです。
「それじゃ、やっぱり、ぼくのうしろに、人間が立っているんだな」
大友君はあまりの怖さに息も止まるほどでしたが、もう絶体絶命です。
振り返るほかはありません。
振り返ってそこに立っている人間の顔を見るほかはありません。
大友君は急にクルッと後ろ向きになって、そこの闇の中に立っている大きな男を見上げました。
怪老人
暗いといっても、ドアのすきまからロウソクの光がもれているので、ものの形が見わけられないほどではありません。
目をこらすと、そこにヌーッと立っていたのはひとりの老人でした。
白いフサフサした髪の毛、胸までたれた白ヒゲ、コウモリのような袖のある妙な黒いマントを着ています。
ギロッと光っているのは、四角なガラスのふちなしメガネです。
暗くてよくはわからないけれど、そのメガネの中で細い目がニヤニヤ笑っているようでした。
この怪老人と大友少年とはしばらくにらみあっていましたが、いつの間にか老人の手が大友君の片手をグッと握っていました。
「きみとちょっと話がある。こちらへ来たまえ。何もこわいことはないよ」
老人はあんがい優しい声で言いました。
「いやです。ぼく、もう帰ります。はなしてください」」
大友君は、勇気をふりしぼって、やっとそのことばを口にしました。
そして、急に逃げ出そうとしましたが、老人に手をがっちりとつかまれているので、どうすることもできません。
ものすごく力の強い老人です。
「ハハハハハハ、決して逃がすものか。
ここの秘密を見た者は、二度と外の世界へは出られないのだ。
まあ、あきらめてこちらへ来るがいい。きみに見せたいものがある。
話したいこともあるのだ」
老人はそう言って、大友君の手を握ったまま、どんどん奥の方へ歩いていきます。
大友君がいくら踏ん張ろうとしても、老人のほうが圧倒的に力が強いので、ずるずると引きずられていくばかりです。
ギーッと音がして板のドアが開き、パッと赤い光が差し込んできました。
そこにもロウソクが立てられていたのです。
テーブルとイスが二つ、そのほかには何の飾りもない小さな部屋です。
壁はコンクリートでできていました。
「ここではない。
まだ奥に秘密の部屋があるのだよ」
老人は大友君の手を握ったまま、もう片方の手を伸ばして、壁のどこかを押しました。
すると、そこに秘密の押しボタンでもあったのか、一方のコンクリートの壁が音もなくスーッと動き出し、人間の通れるほどのすきまができました。
壁のように見えていたものは、じつは厚いコンクリートのドアだったのです。
老人に手を引かれてそのすきまに入ると、コンクリートの壁はもとのとおりにピッタリと閉まりました。
そこは真っ暗なトンネルのような場所です。
そのトンネルを十メートルほど進むと、老人はふたたび壁のボタンを押したらしく、正面のドアがスーッと開き、その向こうから明るい光が差し込んできました。
「さあ、ここがわしの研究室だ。
ここでゆっくり話をしよう」
大友君はその部屋に入るやいなや、びっくりしてキョロキョロとあたりを見まわしました。
防空壕の奥に、こんな立派な研究室ができているなんて、夢にも思っていなかったからです。
その部屋は十五畳ほどの広さで、床も天井も周囲の壁もコンクリートでガッチリと固められ、さまざまな不思議な道具が部屋いっぱいに並べられていました。
まず目に飛び込んできたのは、一方の隅にある、外科の手術台のような白く塗られた金属の台です。
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