ボスはうまく逃げ出せたと思っていても、明智はすでにボスを捕らえたと考えているかもしれませんぜ。」
部下の長野が、変なことを言い出しました。
「なんだって? おい長野、きさま、どうしたんだ?
おかしなことを言うじゃないか。
それはどういう意味だ。
もう一度言ってみろ!」
怪老人は、ぎょっとしたように長野の顔をじっと見つめました。
「何度でも言いますよ。
明智はちゃんと、ボスを捕らえているんです。」
「ワハハ……、ばかなことを言うな!
おれはこうして、明智の手の届かない、空の上のヘリコプターにいるじゃないか。
どうやったら捕まえられるっていうんだ?」
「それがですね、手が届くかもしれないんですよ。
ハハハ……おい、二十面相! それとも、四十面相って呼んだほうが気に行入るかい?
もういいかげんに、その白髪のカツラとつけヒゲを取ったらどうだい?
そうしてくれたら、ぼくも本当の顔を見せてあげるよ。」
そう言ったかと思うと、部下の長野は左手で飛行帽を脱ぎ、口ヒゲをむしり取って、自分の素顔をあらわしました。
「あっ、き、きさま……明智小五郎だなっ!」
部下だとばかり思い込んでいた男が明智探偵だったと知って、怪老人はびっくり仰天して言葉を失いました。
「きみの部下の長野くんは、観音像の裏の森の中に、手足を縛られてゴロゴロ転がっているよ。
そして、ぼくが彼と入れ替わったのさ。
ヘリコプターの操縦くらい、ぼくだってちゃんと心得ているからね。
さあ、そのカツラを取りたまえっ!」
パッと明智の左手が素早く伸び、となりに座っていた怪老人のカツラとつけヒゲが激しくむしり取られました。
その下からあらわれたのは、若々しい顔でした。
「四十の顔を持つ男」と言われているだけあって、どれが本物の顔なのかはわかりませんが、間違いなくそれは「四十面相」の顔の一つでした。
正体をすっかり暴かれてしまった四十面相は、さすがにしぶとく、急に落ち着きを取り戻すと、ふふっと笑い出しさえしました。
「ウフフフ……、こいつはおどろいた。
さすがは名探偵だねえ。
だが、どっちが本当に勝ったかというのは、まだ決まったわけじゃないぜ!」「ところで、きみはヘリコプターを操縦している。ハンドルから手をはなしたらきみもおれも、おだぶつだ。それにひきかえ、おれのほうは、両手が自由なんだからね。どうやら、こっちに、勝ちめがありそうだぜ。ほら、これだ。」
」
四十面相は笑いながら、ポケットからピストルをとりだし、明智のわきばらにさしつけました。
「ハハハ……、とうとう、とび道具のおいでなすったね。きみは人殺しは、ぜったいにしないと、いばっていたじゃないか。だから、きみはピストルはうてないのだ。うっても、たまのほうで、えんりょしてとび出さないのだ。ハハハ……、よくそのピストルをしらべてごらん。たまがはいっているかね。」
四十面相は、それをきくと、ハッとして青くなりました。そして、いそいでピストルをしらべましたが、どうしたわけか、たまは一発もはいっていないことがわかったのです。
「ハハハ……、どうだね。ぼくは、けさ早くきみのもうひとりの部下にばけて、仏像の体内へはいっていった。そして、『にじの宝冠』をにせものととりかえたんだが、そのまえに、きみと話しているあいだに、きみのポケットからそっとピストルをぬきとって、たまをすっかりとりだしてしまった。きみは、そのからっぽのピストルを、いままでだいじそうに持っていたのだよ。ハハハ……。」
それをきくと、四十面相はくやしそうに、はがみをして、ピストルを足もとへたたきつけました。
「こんどは、ぼくのばんだよ。さあ、しずかにしたまえ。」
明智がピストルをとり出して、ぎゃくに四十面相につきつけるのでした。
すると、そのとき、ふたりのうしろにおかれていた、カーキ色のきれでつつんだものが、ムクムクと動きだして、なかからかわいらしい少年の顔があらわれました。
四十面相は、なにか機械がつつんであるのだろうと、気にもとめなかったのですが、じつは、そこに小林少年がかくれていたのです。
小林少年は、かぶっていたきれをはねのけると、用意していたはりがねを大きなわにして、パッと四十面相の頭の上からかぶせ、それをぐっとひきしめて、両手を動かせないようにしてしまいました。
四十面相はすっかりゆだんしていたので、このうしろからの攻撃にはなんの手むかいもできず、まんまと両手をしばられてしまいました。
小林少年はリスのようにすばしっこく働いて、つぎつぎとはりがねをとり出し、あっというまに四十面相の両ほうの足くびをしばり、ひざをしばり、まったく身うごきができないようにしてしまったのです。
これが怪人四十面相のさいごでした。あとは、かれを警察にひきわたせばよいのです。
ヘリコプターはにわかに方向をかえて、東京のまちにむかいました。そして、四十分もたたないうちに品川駅が目の下に見えてきました。
それから、新橋駅、東京駅、日比谷公園、警視庁。ヘリコプターは警視庁の上空をグルグルとせんかいしながら、だんだん高度をひくめていきました。
警視庁の屋上や中庭に、たくさんの警官が出て、ヘリコプターを見あげています。「四十面相をたいほした。このヘリコプターは、警視庁の中庭に着陸する。明智小五郎」と書いた紙を、プラスチックの筒に入れてなげおろしたからです。
ヘリコプターはいくどもしんかいをつづけたあとで、しずかに中庭に着陸しました。
それを見ると、何十人という警官が四方からかけよって、ヘリコプターをとりかこみました。
怪人四十面相がぶじに警官の手にひきわたされたことは、いうまでもありません。
そして、あくる日の新聞に明智探偵と小林少年の写真が大きくのって、そのてがらばなしが書きたてられたことも、これまでのいろいろな事件の時と同じでした。
初級翻訳・灰色の巨人 第28話
江戸川 乱歩
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