初級翻訳・妖怪博士 第9話

妖怪博士

少年探偵団というのは、名探偵・明智小五郎の少年助手である小林芳雄君を団長にいただき、冒険が大好きな十人の少年たちで組織されている団体です。団員の顔ぶれは、中学の一年生が三人、小学校の五年生が一人、残りの六人は小学校の六年生ばかりで、通っている学校もさまざまでした。しかし、泰二君が通う小学校には、泰二君自身のほかに、いま名前をあげた三人の団員がいたのです。

その三人の少年たちは、事件の翌々日の放課後、申し合わせて相川君のお宅へお見舞いにいきました。
そして、お母さまから、あの夜の泰二君の不思議な様子や、お庭にあらわれたおそろしい人影のこと、そして警察が一生懸命捜索しているものの、まだ何の手がかりも見つかっていないことなどを聞き、いっそう胸を痛めながら相川邸の門を出たのでした。

三人は電車道の方へと肩を並べて歩きながら、この不思議な事件についてヒソヒソと話し合いました。
「いったい、どうしちゃったんだろうねえ。
相川君がそんな悪い泥棒をするわけがないんだから、きっと悪者におどかされたんだぜ。
『書類を盗み出さないと殺してしまうぞ』とか何とかってさ」
上村君が考え込むように口を開きました。
「うん、そうにちがいないよ。
だけど、その黒い影みたいなやつは、いったい何者なんだろうね。
スパイなのは間違いないけれどさ」
大野君が小首をかしげました。
「ぼくは日本人じゃないと思うよ。
あいつはきっと外国人にちがいないよ」
今度は斎藤君がそう言いました。
スパイといえば、だれしもまず外国人を思い浮かべるのが当時の人情でした。
「おい、これからみんなで明智先生の事務所へ行ってみないか?
小林さんに会って相談したら、何かうまい考えがあるかもしれないぜ」
上村君がふと思いついて、叫ぶように言いました。
「うん、そうしよう!
小林さんも、ぼくたちに会いたがっているかもしれないよ」
斎藤君が賛成すると、大野君も「それがいい、それがいい!」と大きくうなずきました。

明智探偵事務所は、同じ麻布の竜土町(りゅうどちょう)にありますから、歩いて行ってもすぐの距離でした。そこで、いよいよ少年探偵団長の小林君をたずねることにきめて、三人が足を早めたときのことでした。

うしろから、だれかが追いかけるように近づいてきて、とつぜん三人に声をかけたのです。
「ちょっと、きみたち、相川泰二君のお友達でしょう?
そして、少年探偵団の団員でしょう?」

びっくりして振り返ると、すぐうしろに、三十四、五歳くらいの自動車の運転手みたいな男が立っていました。会社の制服を着て、大きな金モールの記章がついた運転手帽をかぶり、ニコニコと笑っているのです。
「ええ、そうですけど……何かご用ですか?」
立ち止まって聞き返すと、運転手は右の手のひらに何かをのせて、三人の目の前に差し出しながら、こうたずねました。
「これ、きみたちの探偵団の記章じゃありませんか?」

よく見ると、それはまぎれもなく少年探偵団の「BDバッジ」でした。
BDバッジというのは、『少年探偵団』の小説をお読みになった方ならご存じでしょうが、小林君が考案したものです。「少年」と「探偵」にあたる英語の頭文字である「B」と「D」を組み合わせた文字がデザインされており、百円銀貨くらいの大きさの鉛のメダルをたくさん作らせて、団員が一人あたり三十枚ほど持っている、団員証のようなものでした。

記章なら、団員一人につき一つずつ持っていればよさそうなものですが、それを二十枚も三十枚も用意しているのには、ちゃとしたわけがありました。
団員のひとりが、ほかの団員にある場所を知らせたいとき、その道すじのところどころにこのバッジを落としておけば、キラキラと銀色に光るので、十分な目印になるのです。
現に、小林君が怪人二十面相のためにとらえられ、おそろしい水責めにあったときも、このバッジのおかげで居場所がわかり、無事に救い出されたという本当の出来事さえあったのです。

その大切なバッジを、見知らぬ自動車の運転手が持っているのを見て、三人は思わず顔を見合わせました。
「ええ、それ、BDバッジって言います。ぼくたちの記章です。
あなた、どうしてそれをを持っているんですか?」
上村君が疑わしそうにたずねると、そのへんな運転手はニコニコしながら答えました。
「拾ったんですよ」
「エッ、拾ったって? どこで?」
「このへんじゃありませんよ……」ずっと遠いところです。
だから、きみたちが落としたのを拾ったわけではないのですよ。
」
「遠いところって?」
「麻布ですがね、ぼくも町の名はふつう知らない。
行けばわかるんだけど。
」
「じゃ、今でも、これの落ちていたところを、ちゃんとおぼえているんですね。
」
「ええ、おぼえてますとも、みょうな赤れんがの洋館の前でしたよ。
」
それを聞くと、三人の少年たちは、また意味ありげに、目と目を見かわすのでした。

ヘビ屋敷

もしかしたら、その赤れんがの洋館の前に落ちていたBDバッジは、ゆくえ不明の相川泰二君のポケットから出たものではないかしら、そして、泰二君はその洋館の中に、とらわれの身となっているのではあるまいか、三人の少年は、ふとそこへ思いあたりました。
まちがっているかもしれません。
でも、いちおうたしかめてみるねうちはじゅうぶんにあります。
「おじさん、じゃ、今からぼくたちを、その洋館の前へ連れていってくれませんか。
」斎藤君が、一同の心持ちをくんで、運転手にたのんでみました。
「そうかい、いってみるかい。
ぼくもね、なんだかそんな気がするんだよ。
あの洋館に相川の坊ちゃんがいるんじゃないかってね。
」
「ええ、だから、ぼくたちもいってみようと思うんです。
おじさんお願いです。
早くそこへ連れていってください。
」
「ああ、いいとも。
それじゃ、ぼくの車に乗せていってあげよう。
ついその横町においてあるんだよ。
」
運転手は、こころよく三人のたのみを承知して、すぐうしろの横町を指さしました。
あたりには、もう夕暮れのうすやみがせまっていました。
それに、そのへんは大きな屋敷の塀ばかりがつづいている、ごくさびしい町で、人通りもほとんどありません。
運転手について、その横町へ行ってみますと、どこかの屋敷の高いコンクリート塀の前に、あまり新しくない一台の自動車が、ものさびしくとまっていました。
運転手が客席のドアをひらいてくれましたので、三人の少年はその中にはいり、よごれたクッションのうえに目白おしにならびました。
読者諸君、この少年たちは、少し考えがたりなかったのではないでしょうか。
バッジが落ちていた場所をたしかめてみることは、必要にはちがいありませんが、そんなに急いで、自分たちだけで行ってみるよりは、そのまえにまず、相川君のおうちなり、警察なりへ、このことを知らせ、おとなの手でしらべてもらうのが、かしこいやり方ではなかったでしょうか。
それに、運転手も運転手です。
そんなたいせつな手がかりを、ほかの人には教えないで、まだ小学生の少年たちにだけ知らせるというのは、なんとなくへんではありませんか。

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