するとそのとき、どこからともなく、どん底に響くような気味の悪い笑い声が聞こえてきました。
「フフフ……、びっくりしているね。
かわいそうに。
だが、これで終わりじゃないんだぜ。
まだ続きがあるんだ。
きみたち、そのたるの中にいったい何が入っていると思うね。
勇気があるなら、ひとつフタを開けてごらん。
フフフ……、開けられるかな?」
三人はその声にゾッとして、部屋のまんなかにある不気味なたるを見つめました。
ああ、その中にはいったい何が入っているのでしょう。
少年たちは、声を合わせることもなく、ある恐ろしい姿を心に思い浮かべずにはいられませんでした。
それは、むごたらしく切り殺された相川泰二くんの死体です。
そのたるは、十二、三歳の子どもなら十分にすっぽり入れるほどの大きさがあるのです。
じっと見つめていると、たるの板を透かして、その中で丸くなって閉じ込められている、相川くんの青ざめた姿がありありと浮かんでくるような気がしました。
三人は、お互いの心の中をさぐるように、ふたたび顔を見合わせました。
「きっと、相川くんが閉じ込められているんだ……!」
上村くんが、思いきったように言いました。
でも、「死体」という言葉は怖くて、どうしても口に出すことができませんでした。
「ぼくも、そうだと思う。
開けてみようか?」
これは斎藤くんです。
「ええい、くそっ、やってやれっ!」
大野くんがヤケクソのように叫びながら、すごい勢いで真っ先にたるのそばへ飛びだしました。
そして、ほかの二人の手も借りず、両手でたるにしがみつくと、いきなりそれを横倒しに転がしてしまったのです。
その拍子に、パッとたるのフタが外れ、床に落ちた燭台(しょくだい)のろうそくがメラメラと妖しく輝いたかと思うと、その赤茶けた光にてらされて、たるの中から無数の青黒いヒモのようなものが、もつれ合いながら床へとこぼれ落ちていくのが見えました。
相川くんだとばかり思いこんでいた三人は、意外なたるの中身に、しばらくポカンと口を開けたまま、目をパチパチさせるばかりでしたが、やがて、その青黒いヒモのようなものの正体がわかると、こんどは別の驚きと恐怖に真っ青になり、震えあがらずにはいられませんでした。
それは、お互いにもつれあった、何百匹ともしれないヘビだったのです。
大小無数のヘビは、たるからこぼれ落ちると、ろうそくの光にうろこをギラギラと光らせ、飢えた目を気味悪くかがやかせ、赤黒い炎のような舌をチロチロと出しながら、獲物をさがすように床の上を這いまわりはじめました。
それが、次から次へとたるの中からあふれ出てくるものだから、みるみるうちに地下室いっぱいに広がり、コンクリートの床も見えないほど、ヌメヌメとうねるヘビの波でおおわれてしまいました。
三人の少年は、ヘビを1、2匹見ても怖がるような弱虫ではありませんが、これほどのおびただしい数のヘビを見ては、恐ろしさに震えあがらずにはいられませんでした。
ヘビの来ないほうへ、来ないほうへと、三人でひとかたまりになって身をよけ、ついに地下室の片隅へと追い詰められてしまいましたが、ヘビどもは少年たちをエサとでも思っているのか、逃げるあとを追うように、恐ろしいカマ首をそろえ、赤黒い舌を出しながら、まるで軍隊のように襲いかかってくるのです。
三人の少年は、そのすさまじい勢いに、もう逃げる場所もない地下室の隅で、お互いに抱き合うようにして、とうとう悲鳴をあげてしまいました。
ああ、蛭田博士とは、なんと残酷な悪人なのでしょう。
相川泰二くんにあんなひどい目にあわせただけでは満足せず、またしても三人の少年まで、ヘビ屋敷に閉じ込めてしまったのです。
相川くんのときは、その目的がはっきりとわかっていましたが、この三人の少年に、博士はいったい何の恨みがあるというのでしょう。
そして、こんなひどい目にあわせたうえで、こんどはどんな悪事をたくらんでいるのでしょうか。
蛭田博士のやり方は、全く不可解としか言いようがありません。
しかし、読者諸君、その不可解な行動の裏にこそ、この犯罪の深い深い秘密が隠されているのかもしれません。
ああ、蛭田博士とは、いったい何者なのでしょうか——。ふたり探偵
相川泰二(あいかわたいじ)少年がさらわれてしまい、泰二くんのお父さまの大切な秘密書類がぬすみ出されたうえに、こんどは泰二くんの学校の友だちである、大野(おおの)、斎藤(さいとう)、上村(うえむら)の三人の少年までが行方不明になってしまったのですから、お父さまとお母さま方の心配は言うまでもなく、学校でも大さわぎになり、警察は犯人を見つけるために大いそがしで動きはじめました。
新聞はそのニュースを、四人の少年の写真入りで、大きく大きく書き立てました。
世間は今、この大事件のうわさで持ちきりです。
そのなかでも、いちばん心をいためていらっしゃるのは、相川泰二くんのお父さまでした。
お父さまは東洋製作会社(とうようせいさくがいしゃ)の技師長(ぎしちょう)なのですが、その会社でつくっている機械のひみつの書類が、泰二くんといっしょになくなってしまったのですから、会社に対しても申しわけないうえに、泰二くんのことも、じっとしていられないほど心配なのです。
もちろん、警察は全力をあげて犯人を捜してくれていましたが、東洋製作会社としては、警察にまかせっきりででのんきに待っているわけにはいきません。
なにしろ、国のひみつに関わる大事な書類をなくしてしまったのですから、その責任のうえからも、できる限りの手を尽くさなければならないのです。
そこで、会社は話し合いの結果、相川技師長が思いついたアイデアで、民間の有名な名探偵・明智小五郎(あけちこごろう)さんにこの事件をお願いし、警察と協力して犯人を捜してもらうことに決めました。技師長は自分で探偵事務所をたずねて、このことを頼みこんだのです。
明智探偵は、こころよく会社の依頼をひきうけてくれましたが、何しろ、手がかりというものがまったく見つからない難しい事件です。いくら名探偵でも、そう急に犯人を見つけることはできません。
心配しながら、二日、三日とむなしく日がすぎていくばかりで、警視庁からも、明智探偵事務所からも、なんのいい知らせもありません。相川技師長をはじめ、会社の人たちは、ただイライラとやきもきするばかりでした。
さて、ひみつの書類がぬすまれてから五日目の午後のことです。
ひとりの変わった人物が、東洋製作会社の玄関にあらわれて、相川技師長に会いたいと言ってきました。
こんどのぬすまれ事件について、話したいことがあるというのです。
ボーイがもってきた名刺を見ますと、「私立探偵 殿村弘三(とのむらこうぞう)」と印刷してあります。
聞いたこともない私立探偵ですが、相川技師長は、ともかく会ってみることにして、その人を会社の応接室へ案内するように命じました。
技師長は先に応接室へ行って客が来るのを待っていましたが、やがて、ボーイの案内ではいってきた人物を見て、そのあまりの変わった見た目に、ハッとおどろいてしまいました。
殿村という私立探偵は、見たところ五十歳ぐらいの、おそろしい「せむし男」でした。
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