初級翻訳・怪人と少年探偵 第1話

怪人と少年探偵

【作者のことば】

 怪人二十面相は、まるで魔法使いのような不思議な泥棒です。二十もの違った顔を持つといわれる、変装の名人なのです。
 名探偵・明智小五郎の助手である小林少年と、少年探偵団の団員たちは、この怪人を相手に回して、知恵比べの戦いを挑むことになります。
(「こども家の光」昭和三十五年八月号より)

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【どろぼう人形】

 ここは東京の真ん中にある、大きなデパートの紳士服売り場です。
 時は真夜中。真夜中のデパートは、昼間の混雑とは打って変わって、恐ろしいほど静まり返っています。陳列台にはみな白い布がかけられているので、まるで白いお墓が並んでいるような雰囲気です。
 守衛たちが二人一組になり、大きな懐中電灯を照らしながら、絶えずデパートの中を見回っています。
 いま、ちょうど二人の守衛が、洋服売り場へやってきました。売り場には洋服の生地などがたくさん掛けてあり、その前には洋服を着た男の人形がいくつも立っています。
 懐中電灯の丸い光が、その人形の一つの顔を照らしました。派手な縞模様の背広を着た人形です。その顔は色のついたビニールで作られていて、目や眉毛は黒い絵の具で描かれています。懐中電灯の光は、その顔をスッと通り過ぎて、遠くへ消えていきました。
 二人の守衛の姿が階段のほうへ消えていったかと思うと、変なことが起こりました。いまの人形が、かすかに身動きをしたのです。遠くに小さな電灯がついているだけであたりは薄暗いのですが、確かに人形は動いたようです。
 それから、もっと妙なことが始まりました。人形の手がそっと上へ上がり、目のあたりをなでたのです。すると、人形の目がパッチリと開いたではありませんか。目の部分だけが、ふたのように開く仕掛けになっているようです。
 その開いた二つの穴から覗いているのは、生きた人間の目でした。パチパチと瞬きをして、目の玉がキョロキョロと動きます。人形の体がフラフラと揺れたかと思うと、足を高く上げて、その陳列台の低い囲いをまたぎ越し、そのまま通路を歩いていくではありませんか。
 人形が歩くのです。やがて、人形は階段を上り始めました。薄暗い階段を、まるで夢遊病者のように登っていきます。二階に上がると、そこは時計や宝石の売り場でした。
 人形は、宝石の陳列棚にかぶせてある白い布をめくると、ポケットから合鍵を取り出し、厚いガラスの戸を開けました。そして棚の中に手を入れて、ダイヤの指輪や真珠の首飾りなどを手当たり次第につかみ取ると、それをみんな、自分のワイシャツの中の腹巻きにしまい込んでしまいました。
 この人形は、宝石泥棒だったのです。泥棒が人形に化けて洋服売り場に立ち、夜が更けるのを待って犯行に及んだのでした。
 たくさんの宝石を盗み終えると、人形は階段を降りて洋服売り場へ帰り、何食わぬ顔で元の場所に立ちました。もう目のふたを閉じたとみえて、絵の具で描かれた人形の目に戻っています。顔も手も体も、どこから見ても人形そのものです。まるで案山子(かかし)のようにシャンと立って、身動き一つしません。

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【不思議な変装】

 明くる日の朝になりました。デパートの店員たちが売り場へやってきて、陳列台の白い布を取り除いたり、掃除をしたりしました。あの泥棒人形は、元の場所に何食わぬ顔で立っています。誰もそれが人間だとは気がつきません。
 やがて開店の時間がきて、ぼつぼつとお客さんが入ってきました。しかし、誰も泥棒人形には気づきません。そのころ、宝石売り場のほうは大騒ぎになっていました。デパート専属の探偵たちが集まり、警察へ電話をかけるやら、支配人を呼んでくるやらで、ごった返していたのです。
 開店してから一時間ほど経ったころです。洋服売り場を、子どもを連れた女のお客さんが通りかかりました。子どもは六つくらいのいたずらそうな男の子でしたが、お母さんの手を離れて、泥棒人形の立っている低い囲いの中へ入っていってしまいました。
 そして、泥棒人形の足に触れたのです。触れたかと思うと、子どもは変な顔をしました。不思議そうに人形の膝から腿(もも)のほうへ手で触れていきましたが、びっくりしたように囲いの外へ飛び出してきました。
「ママ、あの人形の足、あったかいよ!」「グニャグニャしてるよ」
 お母さんのそばに寄って、ささやくように言いました。
「ほんと?」お母さんは、疑わしそうに聞き返します。
「ほんとだよ。ママも触ってみて」
 お母さんは思わず手を伸ばして、人形の足に触れてみました。そして、ハッとしたように手を引っ込めました。それは、生きた人間の足に違いなかったからです。
 急いで向こうにいる店員のところへ行って、そのことを知らせました。
「えっ、なんですって?」店員はびっくりして、人形のほうを振り返りました。そして、もう一人の店員と一緒に、人形を調べるためにこちらへやってくるのです。
 それがわかったので、泥棒人形はパッと囲いから飛び出して逃げ出しました。大勢のお客さんの間をくぐり抜けて、人形が走っていくのです。みんな驚いて立ち止まったまま、あっけにとられていました。
 泥棒人形は陳列場をグルグル走り抜けて、店員だけが使うドアの中へ消えてしまいました。その中には支配人室や応接間、物置部屋などがあります。
 泥棒人形はその物置部屋に飛び込んで、大きな箱が積んである隅っこに隠れると、妙なことを始めました。いきなり顔の皮をめくり取ったのです。それは薄いビニールでできたお面でした。耳の後ろまで続いたお面です。それを剥ぎ取ると、中から三十五、六歳くらいの男の顔が現れました。
 次は、両手にはめていた手袋のようなものを抜き取りました。ビニールの手袋で、人形の手に似せてあったのです。
 それから手早く上着とズボンを脱ぎ、両方とも裏返しにして、元の通りに身につけました。洋服の表は派手な縞模様ですが、裏は地味な無地の茶色です。裏返してもちゃんとした背広になる、変装のために作られた、表も裏も使える洋服なのです。
 洋服の変装が済むと、今度は顔の変装です。ポケットから出した小さな鏡を見ながら、鼻の下に付け髭をし、洒落た眼鏡をかけました。そして、小さな箱に入っている絵の具と筆で、顔の変装を仕上げました。大急ぎでやったので、全体で二分ほどしかかかりませんでした。
 パッと物置部屋を飛び出すと、向こうの支配人室のドアをそっと開けて中を覗きました。支配人はどこへ行ったのか、部屋の中は空っぽです。泥棒人形は部屋に入ってドアを閉めると、支配人の大きな机の向こうにどっかと腰を下ろし、机の上にあったペンを取って、紙になにか書き始めました。
 しばらくすると、コツコツとドアにノックの音がして、三人の店員の顔が覗きました。さっき追いかけてきた店員たちが、方々探したあとでここへやってきたのです。
 泥棒人形は下を向いて、字を書き続けています。
「いま、だれか来ませんでしたか」
 店員の一人が尋ねました。
「いや、誰も来ないよ。どうしたんだ、大勢で」
 人形はやっぱり下を向いたまま、支配人の声を真似て、叱りつけるように言いました。
「人形に化けていたやつが逃げたんです。

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