明智君のおかげで、二十面相はまた、大っぴらに仕事ができるというもんだよ。
こうなれば、けっしてえんりょはしないぜ。
これからは大手をふって、二十面相の活動をはじめるんだ。
明智君によろしくいってくれたまえ。
このつぎには、おれが、どんなすばらしい活動をはじめるか、よく見ていてくれってね。
じゃあ、諸君、あばよ。
二十面相は、まえもってこうなることを見こしてこの手紙を書き、人形にもたせておいたのです。
手紙を読みおわると、警官は、あまりのことに、あいた口がふさがりませんでした。
ああ、なんという大胆不敵、傍若無人の怪物でしょう。
こんどこそは、さすがの名探偵明智小五郎も、賊の先まわりをする力がなかったのです。
黒い風船の手品に、まんまと、ひっかかってしまったのです。
では、あのとき、洋館の屋根の上から、賊はどこへ逃げたのかといいますと、あとになってしらべた結果、こういうことがわかりました。
あの洋館の屋根の上には、十枚ほどのかわらが、箱のふたのようにひらくしかけになっていて、その下に屋根裏の秘密室がこしらえてあったのです。
賊は中村係長にとらえられそうになったとき、まず人形をのせた風船の綱を切っておいて、すばやくこの屋根裏部屋へ姿をかくしたのですが、なにしろ、あんなやみ夜のことですから、ものなれた中村係長にも、そこまで見やぶることはできなかったのです。
人々は、ただもう、黒い風船に気をとられてしまいました。
空中へ逃げだすなんて、いかにも二十面相らしい、はなやかな思いつきですから、まさか、それがうそだろうとは、考えもおよばなかったのです。
屋根裏の秘密室だけでしたら、すぐに発見されていたにちがいありません。
屋根の上で人間が消えうせたとしたら、だれでもまず、かわらにしかけがあるのではないかとうたがうでしょうからね。
ところが、このなんでもないかくれ場所が、いっぽうの黒い軽気球というずばぬけた思いつきによって、まったく人の注意をひかなくなってしまったのです。
しかも、風船のかごの中には、二十面相やその部下とそっくりの人形が乗っていたのですからね。
さて、軽気球がとびさりますと、洋館をとりかこんでいた警官隊は、ひとり残らず引きあげてしまいました。
明智探偵も、ついゆだんをして、そこを立ちさったのです。
そのあとで、二十面相とその部下とは、屋根裏部屋で姿をかえたうえ、例の麻なわを伝わって地上におり、大手をふって門を出ていったというわけです。
なんとまあ、あざやかな手品使いではありませんか。
読者諸君、怪盗二十面相は、こうしてふたたび、わたしたちの前にあらわれました。
そして、名探偵明智小五郎に、にくにくしい挑戦状をつきつけたのです。
むろん、指をくわえてひっこむようないくじのない明智探偵ではありません。
今や探偵と怪人とは、まったく新たな敵意をもって相対することになったのです。
こんどこそ、死のものぐるいの知恵くらべです。
一騎うちです。
黄金の塔
二十面相は、いよいよ正体をあらわしました。
そして、これからは大っぴらに、怪盗二十面相として、例の宝石や美術品ばかりをねらう、ふしぎな魔術の泥棒をはじめようというわけです。
新聞によって、これを知った東京都民は、黒い魔物のうわさを聞いたときにもまして、ふるえあがってしまいました。
ことに美術品をたくさんたくわえている富豪などは、心配のために、夜もおちおちねむられないというありさまです。
なにしろ、政府の博物館までおそって、美術品をすっかりぬすもうとしたほどの、おそろしい大盗賊ですからね。
さて、軽気球さわぎがあってから、十日ほどのちのことです。東京のある夕刊新聞が、とつぜん、都民をアッといわせるような、じつにおそろしい記事を掲載しました。
その記事というのは、
わが社編集局は、今暁、怪盗二十面相から一通の書状を受けとった。
怪盗は所定の広告料金を封入して、その書状の全文を広告面に掲載してくれと申しこんできたが、本紙に盗賊の広告をのせることはできない。
むろんわが社はこの奇怪な申しこみを謝絶した。
右書状には、二十面相は、本月二十五日深夜、大鳥時計店所蔵の有名な「黄金の塔」をぬすみだす決意をした。
従来の実例によってもあきらかなとおり、二十面相は、けっして約束をたがえない。
明智小五郎君をはじめ、その筋では、じゅうぶん警戒されるがよろしかろう、という大胆不敵の予告が記されていた。
これは何者かのいたずらかもしれない。
しかし、従来の二十面相のやり口を考えると、かならずしもいたずらとはいえないふしがあるので、わが社は、この書状をただちに警視庁当局に提出し、いっぽう大鳥時計店にも、このおもむきを報告した。
と記し、つづいて「黄金の塔」の由来や、二十面相の従来の手口、明智名探偵の訪問記事などを、ながながと掲載しました。
社会面六段ぬきの大見出しで、明智探偵の大きな写真までのせているのです。
新聞記事には、有名な「黄金の塔」とあります。
いったい、どんなふうに有名なのでしょうか。
それについて、少し説明しておかなければなりません。
大鳥時計店というのは、中央区の一角に高い時計塔をもつ、東京でも一、二をあらそう老舗です。
そこの主人、大鳥清蔵老人は、ひじょうにはでずきなかわり者で、大の浅草観音の信者なのですが、あるとき、浅草観音の五重の塔の模型を商売ものの純金でつくらせ、家宝にすることを思いたちました。
そして、できあがったのは、屋根の広さ約十二センチ平方、高さ七5センチという、りっぱな黄金塔で、こまかいところまで、浅草の塔にそっくりの、精巧な細工でした。
しかも、塔の中はからっぽではなく、すっかり純金でうずまっているのですから、ぜんたいの目方は八十キロをこえ、材料の金だけでも時価五百万円ほどの高価なものでした。
ちょうどこの黄金塔ができあがったころ、同業者の銀座の某時計店に、ショーウィンドーやぶりの賊があって、そこに陳列してあった二百万円の金塊がぬすまれたというさわぎがおこったものですから、大鳥氏は、せっかく苦心してつくらせた黄金塔が、同じようにぬすまれてはたいへんだと、今まで店の間にかざっておいたのを、にわかに奥まった部屋にうつし、いろいろな防備をほどこし、盗難にそなえました。
その奥座敷は十畳の日本間なのですが、まず、まわりのふすまや障子をぜんぶ、がんじょうな板戸にかえ、それに、いちいち錠前をつけ、かぎは主人と支配人の門野老人のふたりだけが、はだ身はなさず持っていることにしました。
これが第一の関所です。
もし賊が、この板戸をどうかしてひらくことができたとしても、その中には、さらに第二の関所があります。
それは部屋のまわりの畳の下に電気じかけがあって、賊がどこからはいったとしても、その部屋の畳をふみさえすれば、たちまち家中のベルが、けたたましく鳴りひびくという装置なのです。
しかし、関所はこの二つだけではありません。
第三のいちばんおそろしい関所が、最後にひかえています。
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