しかし、このことが電話によって東京に伝えられますと、新聞社は、待ってましたとばかりに、それぞれ所属のヘリコプターに出動を命じました。
賊をとらえる望みはなくても、せめて怪軽気球を追跡して、その写真を撮影したり、記事をつくったりして、事件の経過を報道するためです。
つごう四台のヘリコプターが、相前後して東京の空を出発しました。
そして、おそろしいスピードをだして、ちょうど熊谷市と高崎市のなかほどの空で、賊の軽気球に追いついてしまったのです。
それから、群馬県南部の大空に、ときならぬ空中ページェントがはじまりました。
四台のヘリコプターは、四ほうから賊の軽気球をつつむようにして、とんでいます。
しかし、プロペラのない軽気球には、このかこみをやぶってのがれる力がありません。
風のまにまに吹きながされているばかりです。
二十面相は、今や自由をうばわれたも同然です。
とはいえ、ヘリコプターのほうでこれをきゅうにとらえる方法もありません。
ただ、風船と同じ速度で飛行しながら、こんきよく追跡をつづけるほかはないのです。
このふしぎな空中ページェントの通過する町や村の人たちは、仕事も何もうちすてて、先をあらそって家の外にとびだし、空を見あげて口々に何かさけぶのでした。畑の農民もすきやクワを投げだして空を見まもっています。
小学校のガラス窓からは、男の子や女の子の顔が、鈴なりになっています。
ちょうどその下を通りすぎる汽車の窓にも、空を見あげる人の顔ばかりです。
四台のヘリコプターは、ひし形の位置をとって、綱をはったように、黒い軽気球をまんなかにはさみながら、どこまでもどこまでもとんでいきます。
ときには一台のヘリコプターが、賊をおどかすように、スーッと軽気球の前をかすめたりします。
二十面相は、どんな気持でいるのでしょう。
この空の重囲におちいっても、まだ逃げおおせるつもりなのでしょうか。
やがて、高崎市の近くにさしかかったとき、とうとう二十面相の運のつきがきました。
黒い軽気球はとつぜん浮力をうしなったように、みるみる下降をはじめたのです。
気球のどこかがやぶれて、ガスがもれているようすです。
おお、ごらんなさい。
今まではりきっていた黒い気球に、少しずつしわがふえていくではありませんか。
おそろしい光景でした。
一分、二分、三分、しわは刻一刻とふえていき、気球はゴムまりをおしつぶしたような形にかわってしまいました。
風が強いものですから、下降しながらも、高崎市の方角へ吹きつけられていきます。
四台のヘリコプターは、それにつれて、かじを下に向けながら、ひし形の陣形をみだしませんでした。
高崎市の丘の上には、コンクリート造りの巨大な観音像が、雲をつくばかりにそびえています。
その前の広場にも、奇怪な空のページェントを見物するために、多くの人がむらがっていたのですが、その人々は、どんな冒険映画にも例のないような、胸のドキドキする光景を見ることができました。
晴れわたった青空を、急降下してくる四台のヘリコプター、その先頭には、しわくちゃになったまっ黒な怪物が、もうまったく浮力をうしなって、ひじょうな速力で地上へとついらくしてくるのです。
傷ついた軽気球は、大観音像の頭の上にせまりました。
サーッと吹きすぎる風に、しわくちゃの気球が、いまにも観音さまのお顔に巻きつきそうに見えました。
「ワーッ、ワーッ。」
というさけび声が、地上の群衆の中からわきおこります。
気球は観音さまのお顔をなで、胸をこすって、黒い怪鳥のように、地面へと舞いくだってきました。
そして、また、「ワーッ。」とさけびながらあとじさりする群衆の前に、横なぐりに吹きつけられて、とうとう黒いむくろをさらしたのでした。
軽気球のかごは、横だおしになって地面に落ち、風に吹かれるやぶれ気球のために、ズルズルと五十メートルほども引きずられて、やっと止まりました。
中のふたりはかごといっしょにたおれたまま、気をうしなったのか、いつまでたっても起きあがるようすさえ見えません。
新聞社の四台のヘリコプターは、賊の最期を見とどけると、この付近に着陸場もないものですから、そのまま、また四羽のトビのように、青空高く舞いあがって、東京の方角へと、とびさりました。
時をうつさず、群衆をかきわけて、数名の警官が、黒い気球の前にあらわれました。
高崎の警察署では、二十面相逃亡のことは、ゆうべのうちに通知を受けていましたので、遠くの空に怪軽気球があらわれると、すぐそれと察して、気球が下降をはじめたころには、警官隊の自動車が、観音像の地点へと走っていたのでした。
警官たちは横だおしになった軽気球のかごにかけよって、かごから半身を乗りだして気をうしなっている二十面相と、白い上着のコックとを、いきなりだきおこそうとしました。
ところが、そのつぎの瞬間には、なんだかみょうなことがおこったのです。
ふたりの賊を、なかばだきおこした警官たちが、何を思ったのか、とつぜん手をはなしてしまいました。
すると、ふたりの賊はコツンと音をたてて、地面へ投げだされたのです。
「こりゃなんだ。人形じゃないか。」
「人形が風船に乗ってとんでいたのか。」
警官たちは、口々にそんなことをつぶやきながら、あっけにとられて顔を見あわせました。
ああ、なんということでしょう。
せっかくとらえた賊は、血のかよった人間ではなくて、ろう細工の人形だったのです。
よく洋服屋のショーウィンドーに立っているようなマネキン人形に、それぞれ黒い背広と白い上着とが着せてあったのです。
二十面相の悪知恵には奥底がありませんでした。
警察はもとより、新聞社も、東京都民も、熊谷市から高崎市にかけての町々村々の人々も、二十面相のために、まんまと、いっぱい食わされたわけです。
ことに四つの新聞社のヘリコプターは、まったく、むだぼねを折らされてしまったのです。
いや、そればかりではありません。
二十面相は、そのうえに、もっとあくどいいたずらさえ用意しておいたのです。
「おや、なんだか手紙のようなものがあるぜ。ひとりの警官が、ふとそれに気づいて、二十面相の身がわりになった人形の上にかがみこみ、その胸のポケットから一通の封書をぬきとりました。
封筒の表には「警察官殿」と記し、裏には「二十面相」と署名してあるのです。
封をひらいて読みくだしてみますと、そこにはつぎのような、にくにくしい文章が書きつづってありました。
ハハハ……、ゆかいゆかい、諸君は、まんまといっぱい食ったね。
二十面相の知恵の深さがわかったかね。
諸君が黒い風船を、やっきとなって追っかけまわすありさまが、目に見えるようだ。
そして、やっととらえたと思ったら、人形だったなんて、じつにゆかいじゃないか。
それを思うと、おれは吹きだしそうになるよ。
ところで、明智君には少しお気のどくみたいだったねえ。
さすが名探偵といわれるほどあって、おれの正体を見やぶったのは感心だけれド、そいつが、とんだやぶへびになってしまった。
明智君が、おせっかいさえしなけりゃ、おれのほうでも、こんなさわぎはおこさなかっただろうからね。
しかし、もう今となっては、とりかえしがつかない。
初級翻訳・少年探偵団 第20話
少年探偵団
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