初級翻訳・少年探偵団 第19話

少年探偵団

しかし、懐中電灯を持っていた人たちは、賊にとびかかるときに屋根の上に放り出してしまっていたため、この真っ暗闇の中で急に探し出すわけにもいきません。
ただただ、どうしていいかとうろたえるばかりでした。
すると、まさにそのときでした。
屋根の上が、とつぜんパッと明るくなったのです。
まるで真昼のようにまばゆい光線でした。
警官たちは、その強烈な光に目がくらみそうになりました。
「おお、探照灯だ!」
 誰かが、とてもうれしそうにさけびました。
その言葉どおり、それは強力なサーチライトの光だったのです。
よく見ると、洋館の門の中に一台のトラックがとまっていて、その荷台の上に小型の探照灯が据え付けられ、作業着を着た二人の技術者が、その強い光を屋根の斜面に向けて当てていたのでした。
これは、警視庁がそなえている移動式の探照灯だったのです。
中村係長は、賊が真っ暗な屋根の上へと逃げ上がったと知ったとき、すぐに消防署へ使いを走らせましたが、そのとき同時に、もう一人の警官には電話で警視庁へ探照灯を持ってくるようにお願いさせていたのです。
それが今まさに、手際よく近くの電線に接続され、屋根の上を照らし始めたというわけです。
警官たちは、その真昼のような明るさの中で、キョロキョロとあたりを見回して賊の姿を必死に探しました。
そして、人々の視線が、屋根の上からだんだんと夜空のほうへと移っていったときのことでした。
「あっ、あれだ! あれだ!」
 一人の警官がひときわ高い声をあげて、真ッ暗な大空を指さしました。
それを聞いた屋根の上の警官たちはもちろん、地上の数十人の警官たちも、あまりの思いがけなさに、「あっ!」と驚きの声をあげました。
ああ、どうかご覧なさい。
二十面相は、なんと空へと昇っていたのです。
悪魔は本当に天へと昇っていったのでした。
闇夜の空をぐんぐんと上へ上へと昇っていく、大きくて黒いゴムボールのようなものが見えました。
それは軽気球でした。
全体が真っ黒に塗られた軽気球だったのです。
宣伝用の気球の二倍もあるような、まっ黒な巨大な怪物でした。
その軽気球の下にぶら下がったかごの中に、小さくふたりの人間の姿が見えます。
黒い背広を着た二十面相と、白い上着を着たコックです。
彼らは警官たちをあざ笑うかのように、じっと下界を見下ろしていました。
人々はそれを見て、ようやく二十面相の仕掛けた謎を解くことができたのです。
この怪盗が用意していた最後の切り札は、ほかならぬこの軽気球だったのです。
ああ、なんと大胆不敵で、とっぴな思いつきでしょう。
ふつうのコソ泥などには到底考えもつかない、ずば抜けた大技ではありませんか。
二十面相は、万が一のときの備えとして、この黒い軽気球をあらかじめ用意していたのです。
そして今夜、明智探偵と顔を合わせる少し前に、その気球にガスをいっぱいに満たし、屋根の頂上にしっかりと結びつけておいたのでした。
全体がまっ黒に塗られていたものですから、こんな真ッ暗な夜には、通りがかりの人に発見される心配もまったくなかったというわけです。
いや、通りがかりの人どころではありません。
屋根の上にいた大勢の警官たちでさえ、この気球の存在には少しも気づきませんでした。
それというのも、さすがの警官たちも、まさか頭の上に軽気球があるなどとは夢にも思っていなかったため、目の前にある屋根ばかりに気をとられ、そのはるか上空の空など、見上げようともしなかったからです。
それに、たとえ見上げたところで、真っ暗な闇夜の中にある黒い気球をはっきりと見分けることなどできるとは、誰も考えもしなかったのです。ふたりの賊は警官たちに追いつめられたとき、とっさに軽気球のかごにとびのり、つなぎとめてあった綱を切断したのでしょう。
それが暗やみの中の早わざだったものですから、とつぜんふたりの姿が消えうせたように感じられたのにちがいありません。
中村係長は、足ずりをしてくやしがりましたが、賊が昇天してしまっては、もう、どうすることもできないのです。
五十余名の警官隊は、空をあおいで、口々に何かわけのわからぬさけび声をたてるばかりでした。
二十面相の黒軽気球は、下界のおどろきをあとにして、ゆうゆうと大空にのぼっていきます。
地上の探照燈は、軽気球とともに高度を高めながら、暗やみの空に、大きな白いしまをえがいています。
その白いしまの中を、賊の軽気球は、刻一刻、その形を小さくしながら、高く高く、無限の空へと遠ざかっていきました。
かごの中のふたりの姿は、とっくに見えなくなっていました。
やがて、かごそのものさえも、あるかなきかに小さくなり、しまいには、軽気球が、テニスのボールほどの黒い玉になって、探照燈の光の中をゆらめいていましたが、それさえも、いつしか、やみの大空にとけこむように、見えなくなってしまいました。
怪軽気球の最後

「二十面相、空中にのがる」との報が伝わると、警視庁や各警察署はいうまでもなく、各新聞社の報道陣は、たちまち色めきだちました。
時をうつさず、警視庁首脳部の緊急会議がひらかれ、その結果、探照燈によって賊のゆくえをつきとめることになりました。
まもなく東京付近の空には、十数条の探照燈の光線が入りみだれました。
戦争のようなさわぎです。
都内の高層建築物の屋上からも、いくつかの探照燈が照らしだされ、警視庁や新聞社のヘリコプターは、夜が明けるのを待ってとびだすために、エンジンをあたためて待機の姿勢をとりました。
しかし、これほどの大さわぎをしても、黒い軽気球は、どうしても見つけることができませんでした。
その夜は、空いちめんに雲が低くたれていましたので、軽気球は雲の中へはいってしまったのかもしれません。
けっきょく、せっかくの空中捜索も夜の明けるまでは、なんの効果もなく終わりました。
ところが、その翌朝のことです。
埼玉県熊谷市付近の人々は、夜のうちに晴れわたった青空に、何かまっ黒なゴム風船のようなものがとんでいるのを発見して、たちまち大さわぎをはじめました。
その朝の新聞が、ゆうべの東京でのできごとを大きく書きたてていたものですから、人々はすぐ黒い風船の正体をさとることができたのです。
賊の軽気球は、夜中から吹きはじめた東南の風に送られて、夜のうちにここまでただよってきたものにちがいありません。
「二十面相だ。二十面相が空をとんでいるのだ。」
熊谷市内はもちろん、付近の町や村へも、そういうぶきみな声がひろがっていき、人々は家をからにして、街路へ走りいで、あるいは屋根の上にのぼって、青空にうかぶ黒い風船をながめました。
空には、かなり強い風が吹いているらしく、軽気球は、ひじょうな速度で、北西の方向にとんでいます。
みるみるうちに村を越え、森を越え、熊谷市の上空を通過して、群馬県のほうへととびさっていくのです。
熊谷市の警察署員は、とびさる風船をながめて、地だんだをふんでくやしがりましたが、いくらくやしがっても、高射砲で射おとすこともできませんし、ヘリコプターをとばして機関銃で射撃するなどということは思いもよりません。
ただ手をつかねて空を見まもるほかはないのでした。

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