相手のところへ行って『うらめしや〜』ってやるのに、おかめやひょっとこみたいな面白い顔じゃ、相手は怖がるどころか吹き出しちゃうわ」
なるほど、実に細かいところまで気が利いています。
また、募集した時に困ったのは、あの有名な『四谷怪談』のお岩さんとか、『船弁慶』でおなじみの平知盛(たいらのとももり)さん、それに由比正雪(ゆいしょうせつ)さんや『皿屋敷』のお菊さんといった「超有名幽霊」たちがやってきて、「ぜひ雇ってくれ」としつこく頼み込んできたことだそうです。
「へえーっ、そんな有名人たちが、まだ成仏できずにさまよっているのかい」
「お岩さんなんて、ものすごく執念深いのよ。そのうちここへ押し掛けてくるかもしれないわ」
「じ、じ、冗談じゃない! とんでもないよ。お岩さんなんかに来られたらたまらない。その人だけは絶対に断ってくれ。名前を聞いただけで心臓が縮み上がるよ」
弥六がガタガタ震え上がるのを見て、お染は笑っていましたが、ふっと思い出したような目つきになって言いました。
「念を押しておくけれど、新しく雇った娘の若いほうね。あの娘には、あなた、気をつけてちょうだいよ」
「あの娘に、何かわけでもあるのかい?」
「あるのよ。あの娘は、生きていた時にたいへんな浮気者だったの。顔はそれほどでもないけれど、体つきや性格が、生まれつきそういうタイプなのね。あの若さで三十人以上の男の人をだまして、その恨みで男の人に殺されたのよ。幽霊になった今だって、男の幽霊を見ればすぐに口説(くど)き始めるんだから。それがまた、とっても色っぽくて上手なんだから……いい? 気をつけて、ひっかからないようにしなさいよ。もしあたしにヤキモチを焼かせたりしたら……どうなるか、わかってるわね?」
「なんだ、そんなことか。それなら心配いらないよ。おまえ一人でも持て余しているくらいなんだから、浮気なんてとんでもない!」
弥六はそう言って、わざと眉をひそめて見せました。
ここで六人の幽霊たちを詳しく紹介したいところですが、お話の先を急ぐので、すぐに商売を始めることをお許しください。
……こうして、「ゆうれい貸屋」は、しめっぽく、怪しげに開業されました。
おじいさんとおばあさんを除いた四人の幽霊が、あちこちに出かけていって、まずはお客さんを探します。
つまり、死ぬほど人を恨んでいる人間、「ちくしょう、化けて出てとり殺してやりたい!」なんて呪っている人を見つけ出し、見つけたらその耳元で「炭屋河岸(すみやがし)へおいで……」とささやくのです。
「やんぱち長屋の弥六の家へおいでなさい。とってもお安く、あなたの恨みを晴らしてあげますよ……」
これを、心に直接語りかけるように何度も繰り返すと、相手は恨みのせいでパニックになり、冷静な判断ができなくなっているので、ついフラフラと誘いに乗ってしまうようです。開業して五日目には、早くも最初のお客さんがやってきました。
……この時のやり取りも面白いのですが、話を急ぐために省略して、依頼の内容は「恋の恨み」で、ターゲットは「他人の奥さん」だったことだけ記しておきます。
六日目、七日目と、お客さんはだんだん増えていきました。
十日目には一日に七人もやってきましたし、さらに増えそうな勢いです。
「当たったなあ、お染! 見ろよ、もう三両(今のお金で数十万円)近くも儲かったぞ」
「そんなの、ほんの少しじゃない。今に千両箱を積み上げてみせるわよ」
「この調子なら、本当にそうなるかもしれないな。……だけど、つくづく思うんだが、世の中にはずいぶん人を恨んでいる者がいるもんだなあ」
弥六は感心した様子で続けました。
「話を聞いてみれば『それは恨んで当然だ』という理由もあるけれど、中にはまるっきり『逆恨み』みたいなのもずいぶんある。自分が悪いクセに人を恨んだり呪ったり……。赤の他人の俺が腹立たしくなるような、勝手なやつだっているぜ。誰がどこで何を考えているか、皮を一枚めくってみなきゃ人の心なんて分からないものだな。人間がこんなにズル賢くて、執念深いもんだったとは知らなかったよ」
「悟(さと)りを開いたようなことを言わないでちょうだい。だからこそ、あたしたちが儲かるんじゃないの。大きく稼ぐには、人間の弱みを握るのが一番よ。さあ、商売商売!」
七 貧乏人はどこへ行っても苦労する
ですが、何もかもが順調というわけにはいきませんでした。
ある夜、中年男の幽霊の一人が、貸し出された先で思わぬ災難(さいなん)に遭い、おでこに大きなタンコブを作って、ものすごく怒りながら帰ってきました。
事情を聞いてみると、こういうことでした。その時の依頼は、男女のトラブルに関わるものでした。奥さんが浮気相手を家に連れ込んで、旦那さんを追い出してしまったのです。追い出された旦那さんは、気の弱そうな人で、「奥さんに恨みを思い知らせてやりたい」と頼んできたのでした。
「あっしは、その家へ行ってきやした」
担当した幽霊は、そう報告を始めました。
行ってみると、その奥さんは例の男と寝室で、お互いにくすぐり合ったり、つねり合ったりして、キャッキャと遊んでいました。
夜中の二時、いわゆる「丑三つ時(うしみつどき)」になって、ようやく男の方は疲れ果てて静かになりました。
でも、奥さんはまだ遊び足りないみたいで、「えー、つまんない」とか、「ねえ、起きてよ」とか、「あんた、だらしなくなっちゃったのね」とか、「起きないとくすぐっちゃうわよ」なんて言って、しつこく絡みついています。
このままではキリがないと思った幽霊は、しびれを切らして、マニュアル通りに行灯(あんどん)の火をパッパッと暗くしたうえで、決まったポーズで奥さんの前に現れました。
するとその奥さんは、意地悪なことに、いきなり「あんた、誰だい!」と、ものすごい勢いで怒鳴りつけてきたそうです。
「あっしは、ムッとしやした」
担当の幽霊は、話を続けました。
「幽霊に向かって『あんた誰だ』なんて、そんな、いきなり失礼なことを言わなくたっていいじゃないですか。あっしはムカつきました。でも、これは商売ですからね、グッと我慢して『おまえの旦那の幽霊だぞー』って言ったんです。すると奥さんは、いやらしくジロジロ見てきて、『あたしの旦那なら、お尻にあざがあるはずだよ。お尻をまくって、あざがあるかないか見せな!』って言うんでやす」
「とんでもない女だな。それで、どうしたんだ?」
「どうしたって、あなた、こっちは幽霊ですからね。生きていた時に、よっぽど変な商売でもしていたなら別ですよ。それならお尻くらい見られても自業自得かもしれません。でも、あっしは正直に言いますけど、生前は紙くず拾いをしていたんです。真面目な紙くず拾いですよ。そんなあっしが今は幽霊として働いているのに、いくら商売だからって、お尻をまくってあざを見せるなんて……グスッ、ううう……」
「そんなところで泣くなよ。そんなひどい女なら、一発ひっぱたいてやればよかったじゃないか」
「そうしようと思ったんでやす。でも、ダメでした。その奥さんはものすごく気が荒くて、ポンポンポンポンと早口で怒鳴りまくるんです。
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