初級翻訳・ゆめの話 第2話

ゆめの話

「どうしたのだ、気をしっかり持つんだ」
多門はそう言ってはお萩に水を飲ませ、体を起こしてやりましたが、しばらくしてやっと息を吹き返し、多門の顔をじっと見つめました。
多門はふと、その顔がさきほどの女の顔によく似ていると思いました。
「気分はよくなったか?」
多門がそう言ったとき、女は突然びくっと驚いたような叫び声をあげて、すぐ逃げ出そうとするのでした。
多門は、長年雇っている下女がなぜ自分の顔をそんなにおびえた様子で見つめているのかと思って、
「なぜお前は私の顔を見て逃げようとするのだ。お前は長い間わたしの家にいる者ではないか」
そう言うと、女はなおもじっと多門の顔を見つめ、やっと夢から覚たような目で、今度は安心したような顔をして言いました。
「実はさきほど私が使いから帰ると、途中で一人の武士に出会いました。そしてお門から入って縁側へ抜けようとしたところを、いきなり抜打ちに斬られたのでございます。ご覧くださいまし、このあたりに血がにじんでいるのです」
お萩は苦しそうに肩先の傷を見せ、つらそうに息をしました。
多門はなんとなく冷や汗が出るような思いがしました。
「それじゃあ、お前だったのか。それにしてもなぜそんなに遅くまで出歩いていたのだ。私は怪しいやつだと思ったのだ」
しかし、お萩はけろりとした顔つきで、今度はこんなことを言いました。
「それは私が今まで見ていた夢でございます。私は日が暮れてからまだ一度も外へは出ておりません。門番にお尋ね下さっても分かることでございます。それなのにどうしてこんなに肩先に血が出ているのか、旦那さまが途中で私を見つけたりなさったのかが、どうしても不思議でならないのでございます」
多門には確かにさっきの下女に違いなかったのに、お萩は夢を見ていたと言っている。
門番もお萩は外出していないと言っている。
おかしなこともあるものだと、多門には何が何やらさっぱり分かりませんでした。
下女が何かにとりつかれているのではないかとも思いましたが、すぐにその証拠を見つけることもできませんでした。
多門はその後、下女のお萩に気をつけて目を光らせていましたが、お萩はその晩のことについて一度も口にすることはありませんでした。
夢を見ながら歩くことはあるものだと考えてみても、多門にはどうしてもお萩の正体が分かりませんでした。
その後、お萩は暇をもらって屋敷を出て行きました。
この不思議な話は今まで語り継がれていますが、私にもよく分かりません。夢の中で歩くということも、いまでも夢遊病と名づけられますが、どこまでが本当に夢遊病なのかもこの「お話」では分かりません。
分からない話は分からないままにしておくのが本当だろうと思いますので、そのままにしておこうと思います。

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