初級翻訳・よく利く薬とえらい薬 第1話

よく利く薬とえらい薬

清夫は今日も、森の中のひらけた場所へばらの実をとりにいきました。
ひんやりと冷たい森の中へ足を踏み入れると、さっそくつぐみが飛んできて言いました。
「清夫さん。
今日も薬をとりにきたのですか。
お母さんはどうですか。
ばらの実はまだありますか。」

清夫は笑って、
「いや、つぐみ、おはよう。」
と言いながら、その前を通りすぎました。
その声を聞いて、ふくろふが木の洞(うろ)の中から太い声で言いました。
「清夫どの、今日も薬を集めるのか。
お母さんは少しはいいのか。
ばらの実はまだなくならないか。
ゴギノゴギオホン、

今日も薬を集めるのか。
お母さんは少しはいいのか。
ばらの実はまだなくならないか。」

清夫は笑って、
「いや、ふくろふ、おはよう。」
と言いながら通りすぎました。
森の中の小さな水たまりの葦(あし)のなかで、さっきから一生けん命歌っていたよしきりが、あわてて早口に言いました。
「清夫さん清夫さん、
お薬、お薬、お薬とりですかい?
清夫さん清夫さん、
お母さん、お母さん、お母さんはどうですかい?
清夫さん清夫さん、
ばらの実、ばらの実、ばらの実はまだありますかい?」

清夫は笑って、
「いや、よしきり、おはよう。」
と言いながら通りすぎました。
そして、ついに森の中の明るい場所へやって来ました。
そこは小さな丸い緑の草原で、まっ黒なかやの木や唐檜(とうひ)に囲まれ、その木の足もとには野ばらがびっしりと茂って、まるで草原のふちどりのようになっていました。
清夫はお日さまで紫色にこんがり焼けたばらの実を、ポツン、ポツンと摘みはじめました。
空では雲が旗のように光って流れたり、白い孔雀(くじゃく)の尾のような模様を作ってかがやいたりしていました。
清夫はお母さんのことばかり考えながら、汗をポタポタと落とし、一生けん命実を集めましたが、どういうわけかその日はいつまで経っても籠(かご)の底が隠れませんでした。
そうこうしているうちに、お日さまは空の真ん中までやってきて、林はツーンツーンと鳴り出しました。
(木が水を吸いあげる音だ)と、清夫は思いました。
それでもまだ籠の底は隠れません。
かけすが、
「清夫さん、もうお昼ですよ。
お弁当を食べなさい。
落としますよ。
ほら。」
と言いながら、青いどんぐりを一粒ポタッと落としていきました。
けれども清夫にはそんなことをしている暇(ひま)はありません。
早くいつもの量を集めて、おうちへ帰らなければならないのです。
もうお昼をすぎて、旗のような雲はみんな切れ切れになって東へ飛んでいきました。
それでもまだ籠の底は隠れません。
よしきりが林の向こうの沼に行こうとして清夫の頭の上を飛びながら、
「清夫さん清夫さん。
まだですか。
まだですか。
まだまだまだまだ、まぁだ。」
と言って通りすぎました。
清夫は汗をポタポタこぼしながら、一生けん命実を摘みました。
いつまでたっても籠の底は隠れません。
とうとうすっかり疲れてしまって、ぼんやりと立ち尽くしながら、一粒のばらの実を自分のくちびるにあてました。
するとどうでしょう。
くちびるがピリッとして、体中がブルブルッとふるえ、何かきれいな清流が頭から手、足へとすっかり洗い流してくれたかのように、何とも言えずすがすがしい気分になりました。
空まではっきり青く見え、草の下の小さな苔(こけ)の一本一本までハッキリ見えるように思われました。
それに、これまで聞こえなかったかすかな音もすべてはっきり分かり、さまざまな木のさまざまな匂いに至るまで、本当に一つひとつ手にとるようによく感じられます。
おどろいて手にとったその一粒のばらの実を見てみると、それは雨のしずくのようにきれいに光り輝き、透き通っているのでした。
清夫は飛びあがってよろこび、さっそくそれを手にして風のように家へ帰りました。
そしてお母さんに差し出しました。
お母さんがおそるおそるそれを水に入れて飲むと、これまでの病気はどこへやら、急に体がピンと元気になって、よろこびながらむくりと起きあがりました。
それからというもの、すっかりもとの健康な体になってしまったのです。

※

ところが、その話はだんだん人づてにひろまっていきました。
あっちでもこっちでも、その不思議なばらの実についてうわさをしていました。
大かたそれは、神様が清夫にお与えになったものだろうということでした。
そんな中、近くの町に大三(だいぞう)という男が住んでいました。
この男は体がまるで象のように太っていて、おまけに偽札(にせさね)をつくる人間だったため、偽札と引きかえた本物のお金もたくさん持っていました。
そして、誰も自分が偽札作りだとは知らなかったので、自分ひとりの力で、まあこれが人間の幸せというものだ、おれという人間もなかなかにすごいものだと思って暮らしていたのです。
ところが、たった一つだけ、どうも最近頭がぼんやりして調子が悪く、息がハァハァと切れて困るということでした。お医者たちは「これは少し食べすぎですよ、もう少しごちそうを少なくさえなされば、頭のぼんやりしたのも、からだのだるいのもみんな治りますよ」と言うのですが、大三はいつでも、「いや、これは何かからだに足りないものがあるためなんだ。それだから、見ろ、むかしは脚気(かっけ)などでも、米の中に毒があるためだから米さえ食べなけりゃ治るって言ったもんだが、今はどうだ、それはビタミンというものが食べものの中に足りないためだとか言うんだろう。お前たちは医者ならそんなことくらい知っていそうものだ」というような具合に、かえってお医者さんをいじめるのでした。

そしてしきりに、頭の具合がよくなって、息のはあはあや、からだのだるいのが治って、そしてもっと物をたくさんおいしく食べるような薬を探していましたが、なかなか容易に見つかりませんでした。

そこへちょうど、この清夫の透き通るばらの実の話を聞いたもんですから、たまりません。
さっそく人を百人ほど頼んで、林へ探しにやって参りました。
それも、せっかく探したやつを、すぐその人に呑まれてしまっては困るというので、暑いのを馬車に乗って、自分で林にやって参りました。
それから林の入口で馬車を降りて、一歩つめたい森の中へ入りますと、つぐみがすぐ飛んできて、少し呆れたように言いました。
「おや、おや、これはいったい人間だろうか象だろうか、とにかくひどく肥えたもんだ。一体何しに来たのだろう。」

大三は怒って、
「何だと、今に薬さえ探したらこの林くらい焼きっぷくってしまふぞ。」と言いました。
その声を聞いてふくろふが木の洞の中で太い声で言いました。
「おや、おや、つひぞ聞いたこともない声だ。ふいごだろうか。人間だろうか。もしもふいごとすれば、ゴギノゴギオホン、銀をふくふいごだぞ。すてきに壁の厚いやつらしいぜ。」

さあ大三は自分の職業のことまで言われたものですから、まっ赤になって頬をふくらせて怒鳴りました。
「何だと。人をふいごだとは。今に薬さえ探し終わったらこの林くらい焼きっぷくってしまふぞ。」と言いました。

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