初級翻訳・ジェンナー伝 第4話

ジェンナー伝

それにもかかわらず、あえてわが子を使って実験しようとしたのは、ジェンナーの「絶対に正しいんだ」という信念が、まるでびくともしない岩のようにものすごく固かったからこそでした。
「一刻も早く、あの恐ろしい病気から人類を救いたい!」という熱い願いが、ついに自分の子どもを使った実験という行動になってあらわれたのです。
小さなエドワードの腕にぶたの疱瘡のうみを植えてから8日目、その腕にポツリと小さなおできができてきました――。そこで彼は人間の天然痘のうみを植えましたが、エドワードは天然痘にかかりませんでした。
その二年の後、ジェンナーはエドワードに再び人間の疱瘡のうみを植えました。
すると十日ほどで水ぶくれが大きくふくれあがってきたので、ジェンナーは大いにおどろきましたが、幸いにも病気が全身に拡がらずにすみました。
そしてその翌年、もう一度人間の疱瘡のうみを植えてみました。
しかし、ほんの少し水ぶくれのようなものができただけで、エドワードはやっぱり天然痘にはかかりませんでした。
これによって、ジェンナーはともかく自分の信念が正しいことをたしかめましたが、もちろんこれだけではまだ十分とはいえません。
実際に牛痘にかかった人のうみを他の人間にうつして実験しなければ、自分の考えをしっかりと証拠立てたとはいえないため、なんとかしてその実験をする機会はないものかと、辛抱に辛抱を重ねて待ち続けました。
そのあいだにも、まわりの医師たちの反対意見などが発表され、ジェンナーは少なからずハラハラして気を揉みましたが、彼の信念はますます固くなっていくばかりでした。
そして、ついにその時がやってきました。
彼が四十七歳、西暦一七九六年のことです。数えてみれば研究にとりかかってから二十年近くの歳月が経っていましたが、その年の春ごろから天然痘が大流行したため、いよいよ最後の実験にとりかかろうと決心し、最初にだれにうえるべきか、ぴったりの子どもを探しはじめました。
わが子のエドワードはすでに一度実験をしていますからもう役にはたちません。そのため、近くの少年たちの中から探し出そうとしたところ、幸いにもジェームス・フィップスという八歳の少年が見つかりました。
ちょうどそのとき、サラ・ネルムスという名前の乳しぼりの女性が牛痘にかかっていたので、その女性のうみをジェームス少年に植えることにしたのです。
五月十四日! この日は、人類にとって永遠に記念すべき、とても尊い日となりました。
この日にジェンナーは、いよいよその歴史的な実験を試みることにしたのです。
その日の朝、ジェンナーは朝早くに目を覚ますと、神様に心から祈りを捧げました。
牧師の家に生まれたため、小さい頃からお祈りには慣れていましたが、その朝ほど自分の心の奥底から真剣に祈ったことは、今までに一度もありませんでした。
最初にこのアイデアをひらめいてから約三十年、途中では自分のいちばん大切なわが子を使って実験し、ようやく確信を得ることができたとはいえ、もしここで失敗してしまえば、他人さまの大事な子どもを犠牲にしてしまうことになります。だからこそ、そのときのジェンナーの祈りは、この上なくピュアで切実なものにちがいありませんでした。
どんどん高鳴る心臓の鼓動をどうにかおさえつけながら、ジェンナーはついに、乳しぼりの女性から取ってきたうみを、ジェームス少年に植えたのです。
少年は次の日からかゆみを感じはじめ、二、三日後にはその場所が化膿しました。
そして、日数が経つにつれてそのおできはだんだんと乾いていきました。
もちろんこれはジェンナーが予想していたとおりの経過でしたが、さて、ここからが本当の大問題です。
つまり、この少年に今度は天然痘患者のうみを植えてみても、もう二度と天然痘には絶対にかからないということを、自分の目でしっかり確かめなければならないのです。
そうこうしているうちに、少年の腕にあったできものはすっかり乾きましたが、ジェンナーは、すぐにはおいそれと第二の実験にとりかかることができませんでした。
それでも、あまりぐずぐずしていてはいけないので、ついに七月一日に天然痘患者のうみを取って、少年に植えたのでした。
そのときのジェンナーの心配や不安は、みなさんにもきっと想像できることでしょう。
「今にもジェームスが恐ろしい高熱をだしはしないか……」と、気が気でありませんでした。しかし、二日過ぎても、三日過ぎても、一週間が経っても何ともなく、ついにジェームスは天然痘にかからなかったのであります。
読者のみなさん! こうして、ジェンナーの素晴らしい考えは完全に証明されたのです。
そのときのジェンナーの喜びは、いったいどれほど大きかったことでしょう。
ここに、人類が恐ろしい病気から永遠に救われるための、最もたいせつな基礎がしっかりと築かれたのです。
彼の故郷では、今でも毎年五月十四日になると「種痘祭(しゅとうさい)」が盛大に行われているんですよ。
五

この実験で大きな自信と力を得たジェンナーは、その後二年のあいだに二十三回も同じような実験をくりかえしました。そして、いらかじめ牛痘を植えておけば、絶対に天然痘にかかることはないということがハッキリとわかったので、これらの結果を本に書いて学界に正式に報告したのであります。
その中には、次男のロバートに対して行った実験のこともしっかりと書かれていました。
ところが、この大発見の報告を読んだ世間の人たちは、感心するどころか、なんとそれをあざ笑ったのです。
「牛痘を植えるなんて、人間を牛あつかりにするようなもので、とんでもなくけしからん!」
「牛痘を植えた子は、そのうち顔が牛そっくりになって、モーモーと鳴くようになるんだ!」
なんていう、デタラメなうわさを面白おかしく言いふらす人まで現れました。
さらには、わざわざ手紙まで送ってきて、ジェンナーにつっかかってくる者さえいました。
けれどもジェンナーは、そんな心なき批判にもじっと耐えて辛抱し、さらに実験をかさねていけば、いつかきっと世間のみんなも本当のことに気づいて認めてくれるはずだと、固く信じ続けたのです。
ただ彼にとってとても悲しかったことは、自分をずっと力強く励まし続けてくれた恩師のハンター先生が、その五年前でに亡くなっていたということでした。
「もし恩師が生きていてくださったら、誰よりもまっさきにこの発見に賛成してくださっただろうに……」と、ジェンナーはたまらなくさびしい思いをしたのでした。
けれども、正しいものは、最後には必ず勝つのです。かれの種痘法は、ヨーロッパの国々やアメリカでも次々と取り入れられ、そのやり方が正しいことがハッキリと確かめられました。
さあ、そうなると、ジェンナーの生まれ故郷であるイギリスの本国でも、じっとしてはいられません。
国の議会は、一八〇二年と一八〇七年の二回にわたって、なんと当時の大きなお金で約二十万円もの大金を出し合い、ジェンナーのこれからの研究や実験の費用としてプレゼントすることにしたのです。

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