初級翻訳・ビジテリアン大祭 第6話

ビジテリアン大祭

心が澄んで良い状態にある人は良いものを感じ取り、心が濁って悪い状態にある人は、せっ良いものでさえも悪いものとして感じてしまうのです。
たとえ同じ水を飲むにしても、徳の高い人とそうでない人とでは、その感じ方がまったく違ってきます。
ほんの少しのパンと塩と水だけで質素に暮らしている修道院の聖者たちにとっては、パンの中に含まれているデンプンやタンパク質、酵素や糖分、脂肪のすべてが、まるでこの世のものとは思えないほど繊細で素晴らしい味覚として感じられるのです。
もしそのパンがライ麦パンであったなら、彼らはライ麦そのものの良さを全身で感じ取って心から喜びます。
なぜなら、彼らの感覚が静寂に包まれているからです。
ただの水を飲むときでさえも、カルシウムが多い水、炭酸が入っている水、冷たい水、あるいは川の柔らかな水――そのすべてを、彼らは心穏やかに味わい楽しむことができるのです。
なぜなら、彼らの感覚がどこまでも澄み切って静まり返っているからです。
ところが、人間の感覚がすさんで荒れてくると、どこまでも、どこまでも際限なく粗く、悪いものになっていくのです」たいていの人は、パン本来の本当の味なんて分からなくなってしまい、ものすごくたくさんの調味料を使って味をごまかしてしまいます。
つまり、本当の楽しみや喜びは、決して肉食だけにしか存在しないわけではありません。
むしろ、清らかで透明感にあふれ、果てしないほど大きな愉快さと心安らぐ平和が、この菜食の中にあるのだということを、私は申し上げたいのであります。」
老人は深々と一礼をして壇から降りました。すると、割れんばかりの拍手が起こり、会場の大きなテントがまるではためくかのように揺れました。
祭司次長は再び立ち上がり、「異教徒席」の方を見渡しました。
すると、異教徒席の中から、ほっそりとして顔色の悪い、ドイツ風の短い髪型をした男が立ち上がりました。
祭司次長が軽く会釈をすると、
その男も礼を返しながら壇上に上がっていきました。
その男は、とても意地悪そうな、皮肉たっぷりの目つきで式場全体をじろじろと見下ろしてから、話し始めました。

「今朝、私どもがみなさんに配っておいた5、6枚のパンフレットは、大抵の方はお読み下さったことと思います。
私は噂どおり、シカゴ畜産組合の理事であり、同時に屠畜(とちく)会社の技術者でもあります。
ですが、正直なところ、シカゴ畜産組合がこの『ビジテリアン大祭』の開催を、痛いともかゆいとも、決して迷惑に思ったりなどしていません。
なぜなら、たった今さっき前の発言者がおっしゃっていたような『トラピスト修道会のような聖職者のような人間』なんてものは、今の全人類の中の一万分の一だっているもんじゃないからです。
結局のところ、普通の人間にとって肉類は、栄養もたっぷりあって、なおかつ美味しい最高の食べ物です。
ビジテリアンのみなさんがどれだけ一生懸命に菜食を実践し、それを宣伝しているのを見かけても、人々は『感心だなあ』とは思うものの、決して簡単に真似しようとはしません。
つまり、世の中でお肉が求められる量が減るわけでもなければ、私どもの組合が潰れたり、会社が破産したりするようなことも絶対にないのです。
だから、わざわざ反対の宣伝をする必要すらないですし、私がこの軽業(かるわざ)用のテントにわざわざ入ってきて、『異教徒席』というこの光栄な場所に何時間も窮屈そうに座っている必要すらいちばんないのです。
とはいえ、実は私は6月からこちらへ避暑にやって来ておりまして、
ちょうどこの大祭に出くわしましたから、職業柄、こちらとしてはほんのちょっとした余興のつもりで、『ひとつ邪魔でも入れてやろうか』と本社に連絡してみたのです。
すると、社長をはじめみんながそれは大笑いして大賛成し、運動のための資金まで送ってくれて、さらに慰労の意味も込めて技師を5人も寄越してくれたのです。
そこで私たちは大急ぎで、それぞれ一人ひとりが自分のパンフレットを作り、自動車まで雇ってそれをあちこちにばらまいたりしたわけですが、実際のところ――なあに、あなた方が野菜や何かばかりをもりもりお食べになったところで、私たちには痛くもかゆみもないのです。
とはいえ、せっかくやり始めたことですから、これからももう一度、あのパンフレットをそれぞれ一人ずつにご説明して、何かご返答に困るような面白い質問をさせていただこうかと思っております。
実は、私の方でもあらかじめ速記者をちゃんと雇ってありますので、みなさんのご答弁はすべて私どもの機関雑誌である『畜産之友』に掲載させていただきます。そのつもりでいてくださいね。
そこで、私がみなさんにお尋ねしたいのは、パンフレットにも書いておいた通り、『動物がかわいそうだから食べない』とあなた方はおっしゃいますが、動物というものは所詮『一種の機械』にすぎないということです。
食べ物を消化し、栄養を吸収し、老廃物を排泄し、血液を循環させ、子どもを増やす(生殖する)――そういう決まった働きをするだけの機械なんです。
『死ぬのが怖いな』とか、『明日病気になったらどうしよう』とか、『あいつとはもう絶交しよう』なんていう、人間のような面倒くさい悩みや心配事は一切考えていません。
動物の神経なんてものは、ただ本能と反射的な衝動のためにあるだけです。
動物の神経の働きなんて、ほんのわずかなものしかありません。
その動かぬ証拠には、ご覧なさい。鶏(にわとり)の飼育では『強制肥育』というやり方をやります。鶏ののどにゴムの管を突っ込んで、エサをぐんぐん無理やり押し込んでいくのです。
普段の5倍も10倍ものエサを無理やり詰め込む。それでも鶏はちゃんと太っていくんです。もう面白いように、どんどん太るんです。
それから、犬の胃液が出たりする仕組みを調べるためにはどうするか。犬の胸を切って、胃の後ろの方を外に露出させて、幽門(ゆうもん)のあたりを腸から切り離してゴム管に結びつける。そしてそこに食べ物を食べさせてみる。さあ、どうです? 犬はこのエサを『美味しいと思って食べる』と思いますか? それとも『食べない』と思いますか?
おや、どうかしましたか?」

――実は、本当になにか大変なことが起こっていたのです。
男の話があまりにも残酷でひどかったものですから、女性客の中から4、5人が気を失って倒れてしまい、他の女性たちもほとんどの人が歯を食いしばって泣き出したり、自分の耳を両手でふさいで縮こまったりしていたのです。
会場は一気に大騒ぎになり、シカゴの畜産技師も祭壇の上でどうしていいか分からず困ったように突っ立っていました。
意識を失ってしまった人たちは、周囲の人たちの手によって私たちのすぐそばを通って外へと担ぎ出され、たまたま会場にいたお医者さんたちも12、3人が次々と立ち上がって介抱に向かいました。
しばらく時間が経つと、式場の中はしーんと静まり返りました。
女性たちはみんなものすごく怒って興奮していましたが、相手が自分たちとは違う異教の論客である手前、「卑怯な奴だ」と思われないようにするために、誰一人として直接声を大にして異議を唱える者はいませんでした。

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