初級翻訳・一休さん 第11話

一休さん

が、ふしぎなことにじっと一休さんをにらんで、木刀をふりあげている先生の手が、ぶるぶるとふるえだし、ひたいから、じわじわあぶらあせがながれだしてきました。
「なぜうたぬ。」
 一休さんははらの底から言いました。
すると、さすがはうでのある武芸者です。
じぶんのわるいことをさとったか、がらりと木刀をすてて、
「うたれるのはわたしでございます。」と云うと、ぴたりと一休さんの前に両てをつきました。
「ぼうさま、あなたはかねがね蓮如上人からたまわっております一休さまではござりませぬか?」
「ほう、そなたは蓮如の信じゃか?」
「はい、このあたりのものは、みな蓮如上人のしんじゃにござります。」
蓮如上人はそのころ名のきこえたえらい坊さんでした。この竹生(たけう)の町から十里ほど離れた、柴田湖(しばたこ)のほとりの吉崎(よしざき)という町に大きなお寺を建て、このあたりの人たちから、生仏(いきぼとけ)といわれていました。
蓮如(れんにょ)は一休さんより二十二歳も若いのですが、一休さんとはなかよしでした。
「そうか、蓮如の信者なのに、きさまが嫌(いや)なもの扱いされる鼻つまみ者とは、わけがわからぬ。」
「申し訳ありません。」
「腕をみがくだけではだめじゃ。心をみがけ。」
「はい、目がさめました。」
 有田隼人(ありたはやと)は門人たちに言いつけて一休さんにたくさんごちそうを出し、
「一休さま、お願いがござります。」
「なんじゃな。」
「この道場のどの木刀でもよろしゅうございますから、一休さまの木刀ととりかえていただきとうございます。」
「こんなものをなんにする。」
「仏前にかざって、毎日おがみ、心をみがきます。」
「そうか。それはよい心がけじゃ。」
 一休さんは、ごちそうをたべ、木刀を有田隼人にあたえると、またどこともなくでていきました。

傘(かさ)問答

 一休さんが関東のほうへむかってたびをつづけているときのことでした。
「下(した)にい――下(した)にい。」
 というやかましいかけごえがきこえて、うしろから大名行列がやってきました。
「ああ、うるさいものがやってきたな。」
 一休さんは、松並木のそばの石のうえにこしかけて、ひとやすみしました。
すると、一休さんのまえをとおすぎようとした殿さまが、かごのなかから、一休さんのようすをみて家来のものにいいました。
「これこれ、あの和尚さんは、この暑いのに傘も持たずに気の毒なようす、だれか傘を一つ和尚さんにあたえよ。」
「はっ。」
 かしこまった家来の一人が、さっそく傘をもって一休さんのところにとんできました。
「和尚さん、殿さまのおおせで、傘をもってまいりました。この暑いのに、傘なしではさだめしお暑いことでございましょう。どうぞこの傘をかぶってください。」
 すると、一休さんはさだめしよろこぶだろうとおもいのほか、
「それはまことにありがたいが、わしは生まれおちるときから、青空をかさにかぶっているから、せっかくのおことばだがお返しいたします。殿さまによろしくもうしてくだされ。」
 と、手をふって、遠慮もなくことわってしまいました。
家来のものはあきれかえってしばらくぼんやりと一休さんの顔をみつめていましたが、いらないというのですから、むりにともいえないので、
「なんと、がんこな坊主だろう。」と、おもいながら、殿さまのところにかえって、そのことをはなしました。
殿さまはしぶいかおをして家来のいうことをきいていましたが、やがてにこりとして、
「青空が傘か。なるほどおもしろいことをいう坊さんだな。そんなことをずけずけいう坊さんなら、きっとただの坊さんではあるまい。そそうのないようにいたせ。」
 と、家来をいましめて、そのままいきすぎてしまいました。
夕方になって、殿さまが宿屋にとまると、一休さんはいつ行列をぬいたものか、もうちゃんとその宿屋にとまっていました。
「おやおや、青空をかさにかぶってあるく、といったあの坊さん、いつわしのかごを通りぬけたものか、もうちゃんととまっているぞ。」
 殿さまもびっくりしましたが、どうもあの坊さんおもしろそうだ、一つよんでみようと、家来にいいつけて、
「これこれ、あの坊さんをおまねきしてこい。」
 と、いいつけました。
「はい、これはありがたい。」
 一休さんはすぐしょうちしてのこのこ殿さまの部屋にはいろうとしました。
すると、とつぜん部屋のなかから殿さまが、
「お坊さん、しばらくお待ちをねがいたい。」
 と、声をかけました。
「なんじゃ。」
「お坊さん、たとえお坊さんとはいえ、ひとのざしきにはいるのに、傘をかぶったままとは、ちとしつれいでござろう。傘をとっておはいりください。」
 もちろん一休さんは傘などかぶっていません。しかし、さっき道端で、青空を笠にかぶっている、と言ったのですから、まだ笠をかぶっていることになります。
それを殿さまは問答にして言ったのでした。
が、一休さんはそんなことではへこたれません。
「いや、言われるまでもなく笠をとって入りたいのはやまやまだが、なにぶんにもわしの笠は、あまり大きすぎるので脱いでも置くところがない。
失礼とは思うがこのままにする。」
なるほど、青空ではとっても置くところがないだろう。
殿さまはこれをきくと、
「お坊さんは一休さんでござろう。」
と、言いました。
「ははあ、化けの皮がはげたか。」
一休さんはおもしろそうに笑っています。
殿さまは、一休さんにたくさんのごちそうを出して、いろいろ話をききましたが、そのなかにこんな話がありました。
「一休さん、世の中には幽霊というものがいるでしょうか。
私は話には聞いていますが、まだみたことがありません。
幽霊はほんとにいるのでしょうか?」
と、殿さまがききました。
「ははは……よくきかれることじゃが、わしは途中にぶらぶら、とこたえることにしている。」
「途中にぶらぶらとは、どういうことですか。」
「それがな、幽霊というやつは、ひとの心の持ちかたで、出たり出なかったりする。
だから、出るといえば出る。
出ないといえば、ない。
つまり途中でぶらぶら……」

正月のしゃれこうべ

あるとしの正月の元日のことでした。
一休さんは、しゃれこうべを竹のさおに突きさして、京の町をあるきまわりました。
町のひとは、
「いやな坊主だな。」
「このおめでたいお正月に、しゃれこうべを持ちあるくなんて、なんて坊主だろう。」
と、大さわぎをしました。
そのうち一休さんは四条室町の京都いちばんの大かねもちぜにきゅうのいえにあらわれました。
元日のことですから、しゅじんのきゅうべえは家のものをみんなあつめて、とそをいわい、おぞうにを食べていました。
するとそこに、しゃれこうべを持ったうすぎたない坊主があらわれたのですから、きゅうべえはびっくりして、
「やい、このきちがい坊主め。」と、おこりました。

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