初級翻訳・不思議な魚 第1話

不思議な魚

漁師の息子である李一(りーい)は、ある秋の日の暮れ方、町のある都へ本を買いに出かけました。
李一が作文と数学の本を包んでもらって本屋を出たのは、日暮れとはいえ、まだ辺りが明るいうちのことでした。
その時、反対側の町から、魚屋の盤台(ばんだい)のような板の上に四角いガラス瓶を乗せ、しきりに何かを歌いながら歩いてくる男を見かけました。
その男の後ろには、町の子供たちがぞろぞろとついて歩いていました。
「いったい、あのガラスの箱の中には何が入っているんだろう?」
李一が人混みの中から覗いてみると、それは美しい白魚のような形をしながらも、瞳があり、手や足を持った、まるで美しい小さな人間のよ うな魚でした。だからこそ、彼はなおさら不思議そうにじっと見つめていたのです。
なにより、その目はきらきらと輝く美しい黒い色をしていました。
男はこう言いながら、ガラスの箱をゆすぶってみせるのでした。
「この魚は夜になると鳴くのです。
あなたがたは、これが夜になるとみな水の上へ出てきて、いろいろな歌を歌うところをご想像なさったら、どうか二つずつお求めください。
銀貨一粒ですよ。」
男は箱の中に手を入れて水をかき混ぜると、白く美しい魚たちは悲しそうに、水の間をよろよろと身をよじらせました。
その様子が、いかにも可哀想で、しなやかに見えたのです。
見物人のひとりが、
「これが十銭かい――」
と尋ねました。
「ええ、十銭です。
この通り美しい魚ですよ。
これは支那では人魚とも呼ばれているそうです。
ごらんなさい、この賢そうな目つきを見てやってくだせえ。」
男はそう言うとそのうちの一匹をつまみ上げ、手の平の上に乗せて見物人たちに見せて回りました。その間中、白い魚は悲しそうに、男の手の平の上で苦しそうに身を悶えさせていました。
漁師の息子である李一はなんとなく哀れに思い、そっと自分の財布の中を覗いてみました。本を買った残りの二十銭があったので、それで買おうかと思ったのです。
しかし、よく考えると、そのお金で網を繕うための麻糸を買わなければなりませんでした。そのため、思い直して買うのをやめにしたのです。
なぜなら、明日の朝早くに網を船に積んで、沖へ漁に出なければならなかったからです。
網は今夜のうちに繕っておかなければなりませんでした。
父親が家を出るときに、
「麻糸を買うのを忘れるなよ、明日は漁に出るのだからな」
と言っていたのを今思い出し、李一は残念がりながら、男の手の上で物欲しそうに魚を見つめていました。
手の上の魚は、夕方の明るみの中に浮かび上がるように手足をいっぱいに広げており、その小ぢんまりとした美しさは、絵に描いたものですら見たことがないほどでした。
「俺に一匹売ってくれ」
近くの錺屋(かざりや)の主人がそう言いました。
「これを何かの飾りにすると儲かるんだ。
このまま、これをにかわで煮込むのさ。」
そんな残酷なことを言って、主人は指先で魚をつまむと店の中へ入っていってしまいました。しかし男はますます大きな声でこう言いました。
「もう夜が近いから歌が聞こえるぞ。
歌を聴きたい人はみんな集まりなさい。
お前さん方が聴いたこともない美しい歌だぜ。」
男はそう言うと、川べりの石垣の上へ荷を下ろし、川から水を汲んできて水の入れ替えを済ませました。
下流の方はまだ明るいものの、山の方からはだんだんと暗くなり、町の家の窓や戸には早くも灯りがきらめき始めていました。
「もうすぐ歌い出すだろうよ。」
男はそう言って石垣の上で銭を勘定し始めました。
十銭の銀貨が十六粒と、五十銭の大銀貨が三枚ありましたが、男はそれを何度も数え直し、繰り返してはひとりでゲラゲラと笑っていました。
「すると、全部で三十一匹売ったんだな……」
李一は、三十一匹の白い魚たちがこの町でバラバラに離れ離れになっていくことに思いを馳せ、切なく可哀想に感じました。
しかし、男はそんなことは少しも考えず、同じ銀貨に歯をあててみたり、銀貨と銀貨をカチカチと当てて鳴る音を聞いたりして、偽金ではないかと疑い深く確かめているのでした。
そうこうしているうちに、夜がやってきました。
青い空には月もなく、星の明かりだけの夜でした。
見物人は十二、三人ほどいて、不思議そうにガラスの箱の中を見つめていました。
その時、どこからともなく波のような遠い音がして、誰かが何かを歌っている声が聞こえてきました。どうやら向こう岸からのようで、はるか遠くにぼんやりとかすんで聴こえてくるのでした。
なかなか良い声で、見物人たちはぼんやりと聴き惚れていましたが、その声は夜が更けるにつれて濃く、美しく、そして近づいてくるのでした。
李一はまだこんなに美しい歌を聴いたことがなかったので、向こう岸に夜の教会堂でもあるのだろうか、それとも最近都からやってきた音楽家たちの集まりなのだろうかと、うっとりしながら聴き惚れていました。
そのとき、先ほどの男が銭の勘定をピタリと止め、突然大笑いし始めたのです。
「あはははは……」
みんなはびっくりして、その男の方へ首をねじ向けました。
「お前さん方は、いったい何を感心してそんなにうっとりしていなさるんだ?」
そう言って男は見物人たちの顔をひとわたり見回しました。
その中に、頑丈そうな服を着た一人の青年が、怒ったような顔つきでこう言ったのです。「君にあの歌が聞こえないのかい、あんなに美しい歌が分からないのかい。」
男はまた笑いました。
「ははぁ、あの歌かい。」
男は鼻であしらいました。
「あれはどこから聞こえてくると思うかい。」
「向こう岸からさ。」
力強そうな青年はそう答えました。
「お前さんたちの耳は遠いんだな、すぐ近くで鳴っているのが分からないのさ。」
男は意地悪そうにそう言って、今度はガラスの箱のフタを取り外したのです。
すると、それと同時に向こう岸から聞こえてきていたはずの歌が、なんとこのガラスの箱の中から湧き上がってきたのでした。
水面に白い魚がきれいに並び、泳ぎながら美しい声を合わせて歌っていたのです。
みんなはびっくりして、今さらながらこの珍しい魚をじっと見つめました。
「たった十銭だよ!」
男はそう言ってガラスの箱のフタをパタンと閉めました。
歌はまるで波がスーッと引いていくように遠ざかり、フタが閉まると同時に、また向こう岸から聞こえてくるようでした。
夜はますます青く、いつもの夜とはまるで違っているように感じられるのでした。
李一はその時、ふと誰かが耳元でささやいているのに気がつきました。
それはまるで少女のような、とても優しい声でした。
「どうぞ、わたしをお買いくださいまし。
わたしはあなたの住んでいらっしゃる海にいるものです。
わたしを助けて海の中へ逃がしてくださいまし。
あなたが今買ってくださらなければ、わたしはどうなってしまうか分かりません。」
李一はびっくりして辺りを見回しましたが、少女の姿などどこにもいません。どうやらガラスの箱の中から話しかけてきているのだと気づきました。
箱の中の白い体をした魚は、李一の方を向いて美しい目でじっと見つめていたのです。

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