初級翻訳・人造人間の秘密 第1話

人造人間の秘密

ドイツ軍|襲来

「おい、起きろ。
ドイツ軍だ!」
 隣の部屋にいるハンスの声だった。
部屋の扉は、いまにも激しく叩き割られそうだった。
私は自分でも、なんだかわけのわからない変な声をあげながら、飛び起きた。
扉は、めりめりと音を立ててこわれはじめた。
「もしもし、今、扉を叩きこわしているのは、ドイツ軍の方ですか?」
 私はいそぎながらズボンをはき、入口の方に向かって大声で尋ねた。
「おどけたことを言うなよ。
こんなときに人をからかうもんじゃない!」
ハンスは扉をこわすのをやめて、木の裂け目の向こう側で、ふうふうと荒い息をついていた。
光る時計を見ると、ちょうど午前三時だった。
「おい、ハンス。
これからどうするつもりなんだ?」
「すぐにフランス国境へ逃げださないと、もう間に合わないぞ。
手間をかけずに、さっさと準備しろ!
――おい、早くここを開けないのか!」
「なんだよ。
あんなに大きな音を立てていたのに、まだ扉が開いていないのか?」
「よけいなことは一言もしゃべるな!」
ハンスは怒っていた。
私はすでに服を着ていたので、扉の鍵に手をかけた。
ちょうどそれを合図にするかのように、外の世界で、だだだだだン、だだだだンと、はげしい銃声が響き渡った。
「あっ、機関銃の音だ! さては、市街戦が始まったんだな!」
 鍵をまわすのと、ハンスが室内に転がり込んでくるのは、まったく同時だった。
「今の音を聞いたか?
ドイツの落下傘部隊だ!」
「えっ、そんな部隊がやってきたのか!」
私は、ドイツ軍の大胆さと徹底したやり方に対して、大きな衝撃を受けた。
「おい、千吉!
急げ、早くしろ。
例のものを持ち出すんだ!」
「例のものって?」
「ほら、あれだよ!
モール博士から預かった、あの密封された二本の黒い筒を持ちだすんだ!」
「うん、あれか……。
あんなものまで持って逃げなきゃならないのか?」
「もちろんさ!
ぼくら二人の弟子は、博士から特別に頼まれているんだ。
博士の信頼を裏切るわけにはいかないだろう!」
モール博士というのは、このベルギー国にあるモール科学研究所の所長であり、私とハンスはどちらもその門下生だった。
博士は、ドイツ軍がオランダへ侵入したというニュースがラジオで放送された直後、私たち二人を呼び出して、その二つの黒い筒を預けたのだった。
――非常の際には、君たちは何をおいても、これを一本ずつ背負って逃げてくれ。
そして、世界大戦が落ち着いて、わしが再び世の中に現れるまでは、各自でしっかりとそれを保管してほしい。
もちろん、その封印を破っては絶対にいかん。
もし、万が一この筒を捨てなければならないときが来たら、底の部分から出ている導火線に火をつけるんだ。
だが、いよいよ本当にもう駄目だというときでなければ、火をつけてはならない。
わかったね?
――
モール博士は、長さ三十センチほどで、何のマークもついていない黒い筒を二本、私たちの前に並べたのだった。
――博士、いったいこの筒の中には何が入っているのですか?
いや、もちろん秘密なのはわかりますが、預かる以上はその中身がどういうものか少しは分かっていないと、保管するにしても持ち運ぶにしても、注意のしようがありませんからね――
そう言ったのは私だった。
すると博士は怒ったような顔をしてしばらくうなり声をあげていたが、やがて自分の気持ちを無理やり落ち着かせるようにして、広いおでこをトントンと叩きながらこう言った。
――なるほど、そう言われると、君たちの言うことももっともだな。
では教えよう、これは絶対に他の人間に漏らしてはならない。
じつはこの二本の黒い筒の中には、わしが命をかけて完成させたある兵器――いや、ある機械の研究論文が入っているのだ。
ここにそのまま置いておいたら、火事で燃えてしまうか、敵に奪われてしまうかだ。
だから、君たち二人に預けて、いざというときには一緒に持って逃げてもらおうと思う。
とりわけ、これがドイツ側の手にわたることを、わしは極端に嫌い、そして恐れている。
もしそんなことになれば、天地がひっくり返るほどの、すべてがおしまいになる事態が起きるのだ!
博士は青白い顔をしてそう言った。
――博士。
なぜドイツ側の手にわたると、万事がおしまいになるのですか?
いったい、どんなことが起きるというのですか――
私は、博士が考えていることをもっとハッキリさせたくて、さらに突っ込んで聞いた。
――それ以上は言えない。
何があっても言えないのだ――
そう言い切ったきり、博士は頑としてその後のことは一言もしゃべらなかったのである。
ぐわーン。
がらがらがらがら……。
家がまるで大地震のように激しく揺れ動いた。
迫撃砲の弾が、この建物に命中したらしい。
もうこれ以上、ためらっている時間はない!
「おい、ハンス!
もう駄目だ、逃げよう!」
私は友に向かって叫んだが、そのときハンスは、黒い筒の一本をしっかりと抱えたまま、何も言わずに二階の窓から外へと飛び降りたのだった。

ニーナの声

それ以来、私はハンスと離れ離れになってしまった。私も、自分に預けられた一本の黒い筒をわきにしっかりとかかえて、階段を急いで下り、裏口から外へとびだした。
そのときはまだ空がまっくらだったけれど、銃声が聞こえるのとは反対の方へ逃げだして、五分ほどたってから後ろをふりかえると、私たちが住んでいた町では三ヶ所からはげしい火の手が上がっていた。
ドーン、ドーンという大砲の音が、絶え間なく夜の世界をふるわせている。
ふと気がつくと、頭の上を、光る弾である曳光弾(えいこうだん)が、ひゅーん、と気味のわるい音をたてながら通り越していく。
しかも、これから自分が逃げようとしている方角へ、その光る弾がとんでいっていることに気づくと、さすがの私も足がすくむような思いがした。
「これはまずいぞ。
ぐずぐずしていたら、ドイツ兵に見つかってしまう!」
日本人である私が見つかったとしても、同盟国のよしみで大したことにはならないかもしれないが、今の私の場合はそういかなかった。
というのも、当時私たち日本人は、全員がベルギー国からひきあげることになっていたからだ。
私はある特別な事情があって、ひそかにこの土地に残っていたのだ。
だから、もしドイツ兵に見つかれば、問答無用で敵の味方をする市民、あるいはスパイとして殺されてしまうだろう。
ましてや、モール博士から託されたこの黒い筒なんかを持っていることがバレたら、事態は最悪になる。
「困ったぞ。
これじゃあ、うまく逃げきれないかもしれない……」
私は、喉がカラカラに乾いてやけつくような痛みを感じながら、ぜいぜいと荒い息をつき、雑草が生い茂る細い道を走った。
走ったというよりも、這(は)うようにして必死にかけだしたのだ。
頼りにする目じるしは、イルシ段丘(だんきゅう)の上で光っている航空灯台の灯り、ただ一つだけだった。
その夜、イルシ段丘の灯火が、ドイツ軍が攻めてきているというのに、いつもどおり消灯もされずにポツンと点いていたのは、まったく不思議なことだった。
だが、そのときの私はこう思ったのだ。
「ふん、ドイツ軍のスパイがやった仕事にちがいない。

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