きっとそうだ」
私はそれ以上深く疑うこともせず、ひたすら灯台の光を目ざして前に進んだ。
足をとられて、ごろんごろんと何十回、何百回も転がった。
それでも私はすぐに跳ね起き、イルシ航空灯台の灯りをめあてに、進み続けるのだった。
こうして苦しい前進を続け、時間ははっきりとわからないが、一時間以上かかってようやく、上り坂になっている段丘にたどり着くことができた。
大砲や銃の音がひっきりなしに耳を打ち、足の裏にまで響いてくるけれど、幸いなことに、この段丘のまわりだけはしずまりかえっていた。
私はほっと大きな息をついた。
ここまで来れば、どうやら激しい戦いの渦の中からうまく抜け出すことができたように感じたからだ。
私は急に、我慢できないほどの強い疲労におそわれ、そのまま段丘の斜面にうつぶせに倒れこんでしまった。
それからどれくらいの時間が流れたのか、私は全くおぼえていない。
夢の中で、私は一生懸命に算数の問題を解こうとして、ひどく苦しんでいた。
そのとき、誰かが自分の名前を呼んでいるような気がした。
「千吉、千吉!」
おっ、私の名前を呼んでいるぞ。
(誰だろう? お母さんかっ!)
「千吉、千吉!」
私ははっと正気に戻った。
「千吉、千吉!」
私はその場でとび起きようとした。
「し、静かにして……」
その声が、私の耳もとにそっとささやいた。
そして、私の両肩が下へとおしつけられたのだ。
お部屋には電灯が点(つ)いている。
そして私は、ふんわりとした藁(わら)のうえに横たわっていた。
「おや。
君は、ニーナじゃないか!」
私は目を大きくみはった。
私のそばについていてくれたのは、ニーナという名前の、私たちが住んでいたアパートの娘だった。
彼女は小学校の六年生だった。
私はなんだか不思議な気持ちになった。
私はドイツ軍が攻めてくる夢を見ながら、アパートの部屋で眠っていたのではなかろうか?
いや、違う。
アパートにはこんな変な部屋はなかった。
この部屋といったら、まるで工場の物置のようだった。
「あたし、ニーナよ。
でも千吉、無事に意識が戻ってくれて本当によかったわ!
あたし、千吉もう死んじゃうのかと思ったのよ。
だだて、あたしが見つけたとき、千吉は顔をまっ青にして倒れているし、上着は血まみれだし、シャツの袖からは生々しい傷口が見えるし……」
「傷だって?」
私はそのとき初めて、心臓が脈をうつたびに、左腕がずきんずきんと痛むことに気づいた。
「あっ、左腕をやられていたのか!」
腕には、いったい誰がしてくれたのか、きれい包帯がしっかりと巻かれていた。
そのとき、私はとてつもなく大変なことを思い出した。
左手でわきの下にしっかりと抱えていた、あの黒い筒はどうなったのだろう?
どこにいってしまったのだろうか?私は黒い筒をもっていたんだが、ニーナはそれを見なかったかね」
ニーナは、にっこり笑った。
「黒い筒ならちゃんとあるわ」
「どこに?」
「千吉の寝ている藁の下にあるわ」
「えっ、ほんとうか」
私は、むりやりに起きあがった。
そして藁の下に手をいれようとしたが、左腕を傷ついている私には、ちと無理だった。
ニーナは、それをみると、自分の手を入れて、黒い筒を引張りだした。
「これでしょう?」
私は、うれしかった。
正しく、それは、モール博士から預かった黒い筒だった。
私は、それを右手にとって、筒をよく改めてみた。
ところが、私は、筒のうえに、異変のあるのを発見しておどろいた。
「あっ、開けてある。
誰が、この筒を開けたのだろう」
その筒のうえに、厳重に封をしてあったのに、その封緘が二つにひきさかれ、そして筒には開いたあとがついている。
私は、ニーナをにらんだ。
「ニーナ。
君だね、これを開けたのは」
ニーナは、首を左右にふった。
「でも、君でなければ、誰がこれを開くのだろうか」
そういいながらも、私は、筒の中にどんなものが入っているか、それを早く見たくて、ならなかった。
だから私は筒の一方を、両脚の間に挟むと、他方の端を右手にもって、引張った。
筒は、苦もなく、すぽんと音がして、開いた。
私は、胸をおどらせながら、筒の中をのぞきこんだ。
すると、筒の中には、十五六枚の紙が、重ねられたまま巻いて入っていた。
私は、早速これを引張りだして、ひろげてみた。
青写真だった。
こまかく描いた、器械の設計図であった。
急いで、一枚一枚、繰っていくうちに、私は、その青写真が、どんな器械をあらわしているかについて、知ることが出来た。
「おお、これは人造人間の設計図だ!」
私は、おどろきのこえをあげた。
人造人間! モール博士が、人造人間の研究をしていたことを知ったのは、今が始めてであった。
博士が、自分の生命をうちこんで完成した器械というのは、人造人間の発明のことであったか。
「ふうん、大したものだ」
私は、むさぼるように、十八枚からなるその設計図を、いくどもくりかえして眺め入った。
じつに、巧妙をきわめた設計図である。
しかも、この人造人間は、新兵器として作られてあることが、分ってきて、私は二重におどろかされた。
モール博士は、ベルギーの国防のために、このような大発明を完成したのであろうが、ドイツ軍のキャタピラにふみにじられた今となっては、手おくれの形となってしまったことを、私は博士のために気の毒にもおもい、またベルギー国のためにも、惜しんだのであった。
「千吉。
もういいでしょう。
その図面を、早くおしまいなさいな」
と、ニーナが、私にさいそくをした。
「なぜ?」
私の眼は、なおも図面のうえに、釘づけになったままで、ニーナにといかえした。
「おや、これはなんだ。
えらいものを、みつけたぞ。
ははあ、そうか」
ニーナが、図面を早くしまえといったわけが、急にはっきりしたのであった。
それは、外でもない。
図面の四隅に、小さい穴があいているのを発見したのだ。
「わかった。
誰か、この図面を、写真にとったのだ。
ニーナ、誰が、そんなことをしたのだ、おしえたまえ」
ひとの知らないうちに、この貴重な図面を写真にとってしまうなんて、ひどい奴があったものである。
ニーナは、もう仕方がないという顔つきで、
「千吉、あまり大きいこえを出さない方がいいわ。
一体、ここを、どこだとおもっていらっしゃるの」
私は、ニーナのこばに、あらためて、びっくりしなければならなかった。
そうだ、ここは一体、どこなのだろう。
さっき、目がさめたときから、今までに見たことのない、ふしぎな場所にいるわいと、気になってはいたのだが……。
「ニーナ。
ここは、一体どこかね」
私は、ニーナのへんじをきいて、びっくりしなければいいがと思った。
「ここはね、たいへんなところなのよ」
と、ニーナは、うつくしい眼を大きくひらいて、ぐるっと、あたりをみまわし、
「ここはね、ドイツ軍に属する秘密の、地下工場なのよ」
「ええっ!」
私は、やっぱり、びっくりしてしまった。
地下工場の捕虜
まさか私は、ドイツ軍に属する秘密の地下工場の中にいようとは、気がつかなかった。
なぜ私は、そんな工場の中に、かつぎこまれたのであろう。
わからない、全くわからない謎だ。
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