初級翻訳・信太妻の話 第5話

信太妻の話

前者の話には蛇という言葉は出てきませんが、三輪の神を蛇体だと考えていたことは事実です。この系統の話で、九州の緒方氏の伝説は、その家がもともと大神田(おおがた)であり、三輪(大神神社)社に関係のある家筋であるという点から、注意すべきものです。緒方氏の先祖は、蛇なのです。自分のところへ通ってくる男の家を知ろうとして、糸を通した針を男の着物の襟に刺し込み、翌朝その糸をたどって行くと、姥ヶ嶽(うばがたけ)の洞穴で糸が止まっていました。
中からひどくうめく声が聞こえ、針が首に刺さっている様子で、「自分はもう死ぬ。だが、子はそなたの腹に宿っているから、それを育てておくれ」と言いました。
「一度でいいから姿を見せてください」と頼むと、中から大きな蛇が首を突き出しました。
その子孫にあたる人は「赤刈大太(あかがりおおた)」と呼ばれ、皮膚が鱗のように切れていたといいます。
それ以来、緒方氏の家長になる人は、皆背中に鱗が生えていると伝えられています。
日本中には、鱗や八重歯を一族の特徴とする家が、かなりあるようです。
これは先ほど言った浦野一族の乳の特徴と同じようなものですね。

三輪明神は、古い時代にはこのように「男」だと考えられていたようなのに、中世からは「女」として扱われるようになりました。
謡曲の『三輪』などにもその様子は見られますが、もっと古くからそう信じられていたようで、少なくとも平安時代の末には明らかに見えています。
藤原俊頼の『無名抄』には、三輪明神はもともと住吉明神の妻だったが、住吉明神に捨てられたので、歌を詠んで住吉明神に贈ったとあります。
その歌は、

「恋しくば、訪ねて来てください。ちはやぶる三輪の山のふもと、杉の木が立っている門まで」

というものです。
これは古今集にある、

「わが庵は三輪の山のふもと。恋しくば、訪ねて来てください。杉の木が立っている門まで」

という歌が、少し形を変えて伝わったものに過ぎません。

ところが、顕昭法橋の『顕註密勘』には、同じ歌がまた別の話として伝わっています。
伊勢国の奄芸郡(あんきぐん)に一人の猟師がいました。
ある夜、山で鹿を待っていたところ、鹿は来ずに、闇の中にギラギラと光る大きな目をした何かがやってきました。
猟師が矢を射ると、それは逃げていきました。
その跡をつけて行くと、古い塚の穴に入っていったようです。
穴の外に一人の神女(巫女)がいて、「あれは化け物です。私はあの化け物に捕まって、大和からここまで連れてこられたのです。あれを焼き殺してください」と言うので、柴を穴に投げ込んで、化け物を焼き殺してしまいました。その跡地は「野中塚」と呼ばれています。
神女は猟師と夫婦になり、子供まで生まれました。
その後しばらくして、神女は姿を隠してしまいました。
猟師が悲しんでいると、母を慕っていた子供も、どこかへ消えてしまいました。
神女が残していった「三輪の山もと杉たてるかど」という言葉を頼りに大和へ尋ねていき、三輪の社を拝んでいると、神殿から女房と子供の姿が現れました。
その後、猟師も神になったといいます。
これが由緒となって、三輪の祭りには奄芸の人がわざわざ参加しに出かける、という伝承になっています。
ここで言う「神女」とは女神という意味ではなく、巫女を指しているのでしょう。

この話などは、もう一転すると「羽衣伝説」になっていきます。
内地の羽衣伝説では、天女の子供はあまり問題にされませんが、沖縄まで行くと、子供が重要な役割を担っています。
宮古島の「漲水御嶽(はりみずうたき)」という拝所の由来には、女に通っていた蛇が、女の子を三人孕ませた後に自分の正体を明かして去ったとあります。
約束通り三年目に漲水へ連れて行くと、父である大蛇が姿を見せたので、母は子供を捨てて逃げ出しました。しかし、子供たちは少しも怖がらず、一人ずつ蛇の首と腰と尾に乗り、蛇と共に御嶽の中へ飛び入ったとされています。
三輪の神女と子が神になった話に似ているだけでなく、糸をかけて男の家を突き止めるという型まで含んでいるのです。

銘苅子(めかるし)という人は、水浴び中の天女の「羽衣」を隠して連れ戻し、妻として二人の子供まで作らせました。
ある日、母である天女が聞いていると、姉娘が弟をなだめる子守歌に「泣くな泣くな。泣かなかったら、お母さんの羽衣をあげるよ。羽衣は高倉の下に隠してあるんだ」と無心に歌うのを聞いて、羽衣のありかを悟り、それを着て天へ帰ってしまったといいます。
子供が無心でしたことが、親たちを破局に導くという点は、これまで挙げた狐の話の全体と共通しています。
太古の団体生活の秘密は、子供に対しては特に厳重に守らなければなりませんでした。
成年式を経ていない者に団体生活の第一義を知らせることは、漏洩の恐れがあり、また実際にそうした苦い経験を積まされてもいたからです。
もう一つは、無心な子供に神の意志を託宣させるという信仰です。
この二つの結びつきが、こうした伝説の根底にはあったようです。

七

父と母との間に横たわっている秘密を暴く役目を子供が務めることについて、もう少し臆測混じりの考えを、隠さずに述べさせていただきます。
よその部落同士、少なくとも非常に違った生活条件を持ち、互いに全く別の考え方をしている部落の間で結婚が行われた時には、事実として子供を無心の間諜(スパイ)と見なければならない場合も起こりがちだったと思われます。
しかし一方で、夫と妻とが別々に持っていた秘密が、子供のために調和されていくこともあります。
これが、社会意識が広がっていくための一つの道でもありました。
子供が暴くまでもなく、こうした結婚が破局に陥らざるを得ない原因は、それぞれの話に潜む、古い生活の記憶がそれを見せているのです。それは、そのお母さんがべつの村から持ってきた、ひみつの生活のルールにもとづいていたのです。

沖縄のお話のついでに、もう一つお話ししましょう。先島(さきしま。八重山や宮古諸島)のあたりでは、よく「あの家の一族ではこの魚を食べてはいけない」「この一族ではあの動物を食べてはいけない」というふうに、ある血筋の人たちだけに食べるのが禁止されている動物が、たいていどの家にも一つずつあるようなのです。
たとえば、サメ、ウミガメ、マグロ、ジュゴン、イヌ、エラブウナギといった生きものに対して、とてもきびしいルールが守られています。
そしてその理由について、昔のご先祖さまがその動物に助けてもらったからだとか、あるいはご先祖さまそのものだからだ、と言ったりしています。
ご先祖さまを動物とするもののなかでも特に目立つのは、八重山の人たちはコウモリの子孫、宮古の人たちは黒い犬の子孫だと名乗っていることです。
この二つの島の人どうしは、お互いにそんなことを言い合って悪口を言い合っているのです。
だからこの島々では、家ごとにたいせつな動物がいる上に、島全体としても特別な生きものがいるというわけなのです。
村を大きくして考えていけば「島」になりますが、小さくしてみれば、それは「家々」であり「一族」です。

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