初級翻訳・大宇宙遠征隊 第3話

大宇宙遠征隊

でもこれ、前回の宇宙旅行のときに、ぼくが実際に体験した話なんだからね。あのときは本当にびっくりして、目が点になったよ! なにしろ、口もとに運んだお椀はスカスカの空っぽなんだ。そして肝心のお味噌汁は、テーブルの上にまるで雲みたいに、ぽっかり浮かんでいるんだからさ!」

「雲みたいに浮かんでいるって、一体どんな感じなんですか?」

「雲みたいに、っていう意味がピンとこないかい? ほら、富士山の山頂のあたりに、雲がぽっかりかかっていることがあるだろ? あれとまったく同じさ! お味噌汁が下へポタポタ落ちることもなく、まるで柔らかいお餅が空中に浮かんでいるみたいな格好で、テーブルの上をふわふわ、ふわふわ揺れているんだ。ぼくはたまげたよ! それで仕方がないからさ、両手を差し出して、宙に浮かんでいるお味噌汁をワシッとつかんではお椀に押し込み、つかんでは押し込みしたんだよ。あははは!」
鳥原さんは、そのときの出来事を思い出して可笑しくなったのか、肩を揺らして楽しそうに笑いました。

「へぇーっ! めちゃくちゃ面白い話ですね!」

「面白がれるのは、こうして話として聞いているからさ。本当に自分自身の身に起きてみごらん。あまりに不思議すぎて、気持ち悪くてたまらなくなるよ」

鳥原さんがそう話していると、食堂の天井に取り付けられたブザーが、ジージーとハチの羽音のような音を立てて鳴り響きました。

「あっ、いけない! もう仕事の交代時間だ!」
風間三郎は、ひょこんと椅子から飛び起きました。

【仕事の交代時間】

「第6当直の船員、作業をやめよ! 第1当直の船員、持ち場につけ!」
スピーカーから、ベテランの当直操縦士の力強い声が、船内に響き渡ります。

「さあ、交代だぞ!」
ダッダッダッ!と、船員たちの威勢のいい靴音が廊下に響き渡りました。

三郎少年は、うっすら明るい廊下を、まるでピストルの弾のように元気いっぱいに駆け抜けていきました。そして船長室の前まで来ると、ピンと背筋を伸ばしてまっすぐ立ちました。

この宇宙船の中の決まりは、とても厳格でした。仕事中に手ぶらで移動するときは、どんなときでも「走ること」と決められていたのです。まるで海軍の水兵さんたちと同じような厳しさでした。
これは、どんなときでも素早く体を動かせるように訓練するためと、狭い宇宙船の中で運動不足にならないようにするためでした。
だから、少し気分がすっきりしない日でも、かけ声に合わせて船の中をあっちへこっちへ2、3回走り回ると、不思議と元気がモリモリ湧いてくるのでした。

船長室の前には、三郎が来るのを待ち構えている一人の少年が立っていました。
彼の名前は、木曾九万一(きそ・くまいち)。みんなからは「クマちゃん」というあだ名で呼ばれている、体が大きくて腕っぷしの強い力持ちの男の子でした。
三郎と、このクマちゃんこと九万一は、とっても仲良しの親友同士でした。
走ってきた三郎の姿を見て、クマちゃんはニタリと嬉しそうに微笑みましたが、すぐにキリッと引き締まったかっこいい表情に戻り、ピンと姿勢を正しました。その間に、風間三郎が「気をつけ!」の姿勢をとって立ちました。

「艇長室つきの乗組員、交代!」
と、クマちゃんが叫びました。

「艇長室つきの乗組員、交代!」
と、風間三郎も同じ言葉をくり返しました。

「艇長室の引き継ぎ事項! 辻艇長はお休み中。コーヒーのお湯は、もうすぐブクブクと沸騰するはずだ。ゴム風船の地球儀は、いまインド洋のあたりを描いているところ。艇長が9時になっても起きないときは、オルゴールを鳴らして起こすこと。そのほかに引き継ぐことなし、異常もなし。以上!」

やれやれ、なんだか変な引き継ぎ内容です。
だけど、艇長室での仕事というのは、だいたいこんな感じなのでした。
風間三郎は、木曾九万一の言ったことを、確認のためにもう一度くり返してしゃべってみます。

「あっ、言い忘れてた! オルゴールの曲は『愛馬進軍歌』をかけてくれって言ってたぞ!」
クマちゃんは、うっかりしていた本性を丸出しにして、あわてて言葉を付け加えました。

「わかりました。交代する乗組員は、部屋に戻って休んでよろしい!」

「へん、偉そうに言っちゃってさ!」
クマちゃんは、赤い舌をぺろりと出して三郎をからかいました。そして、丁寧に使礼を返すと、廊下の向こうへと走り去っていきました。

こうして、風間三郎が本日の第1当直を担当することになりました。
次の交代時間は、お昼の12時です。だから今から4時間の間、艇長室に待機して、艇長のお世話や身の回りのお手伝いをするわけです。

三郎は艇長室のドアノブに手をかけましたが、なぜかすぐにパッと手を離しました。そしてその手で、指を折りながら数え始めました。

「ええと、1つ目。コーヒーのお湯は、もうすぐブクブクと沸き立つぞ。それから2つ目。ええと、ゴム風船の地球儀は、インド洋のあたりを描いている最中だと。それから3つ目。オルゴールの曲は『愛馬進軍歌』だな。それから、もう1つ何かあったような気がするんだけど……」

最後の引き継ぎ事項を、三郎はすっかりド忘れしてしまったのです。

「まあ、いっか!」

そこで三郎は、ドアを押して部屋の中へ入りました。
部屋の中には、太陽の光と同じ色をした電灯がついていました。その電球は、天井一面にはめこまれた、すりガラスの内側に入っているので、下からは直接見えません。その代わり、天井のすぐ上で、本物の太陽がギラギラとまぶしく輝いているような心地がするのでした。とにかく、ここは宇宙船の1番偉い人がいる艇長室ですから、特別な工夫がいろいろ施されているのでした。

部屋の正面には、ジュラルミンでできた扉がついていました。その扉には浅い彫刻が施されていて、日本の神話に出てくる神武天皇が東へ向かって進撃する様子の人物群が彫られていました。これは、いま大宇宙を颯爽と駆け抜けていく、ぼくたち日本民族のロケット宇宙船隊にぴったりのかっこいい彫刻でした。

カタン、カタン、カタン。
コーヒー沸かしのフタが、音を立てて揺れています。
三郎はびっくりして、そのそばへ駆け寄りました。少しお湯が沸くのが早すぎたみたいです。

奥の部屋の扉の向こうからは、グーグーと大蛇みたいなすごいいびきが聞こえてきます。それは、艇長である辻中佐の寝息に間違いありませんでした。中佐の豪快ないびきといったら、船の中で知らない人は誰もいないほど有名だったのです。

三郎はコーヒー沸かしの前にイスを持っていって、ちょこんと腰を下ろしました。そして手を伸ばすと、地球儀にするためのゴム風船がペチャンコのまま何個も詰め込まれている箱を手にとって、ガサゴソと中を探し始めました。とても平和で、のんびりとした朝の光景でした。

【コーヒーと戦う】

風間三郎は、箱の中からペチャンコに縮んでいるゴム風船を1つ引っ張り出しました。それは、半分が赤色、もう半分が紺色に塗り分けられていました。
三郎はそれを口にくわえると、ブーッと息を吹き込み始めました。

ゴム風船は、すぐに膨らみ始めました。

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