月の引力で、あの主人は百メートルも上空へ引張りあげられていたのです。
さっき月がかくれたから、また下へ落ちてきたというわけ。
どうやら風邪をひいたようですね。
お気の毒、あります」
永久機関
「水を高いところから下に落すのです」
と、ポーデル博士が、東助とヒトミに語る。
「下には水車があります。
さっきの水は、この水車がうけます。
そこで水車がまわります。
よくわかりますね」
「はい」わかります」
水車というものは、みんなそうして回るものである。
なんだそんなことかと、東助もヒトミも退屈そうな顔になる。
「その水車の力によって、こんどは水を下から上へあげます。
その仕組みは、エスカレーター式なものでもいいし、鉱山で使う吊りバケツ式でもいいし、また吸い上げポンプを動かすことにしてもいいです。
とにかく下の水を上にあげます。
こうして上げた水を、また下に落として水車を回すのです。
これをくりかえしたら、どんなことになるでしょうか」
ポーデル博士は、そこで二人の顔をじっと見た。
東助とヒトミは顔を見合わせた。
そんなことをくりかえしたら、いつまでたっても、同じことがつづきそうだ。
東助は、そのとおり答をいってみた。
「昔これを考えた人は、こうしてくりかえし水を落としては水車をまわし、水車の力で水を上にあげ、またその水を落し、こうしてやっていくと、ほかから力をあたえないでもその運動は永久につづくと思ったのです。
ところが、それはあやまりでありました。
そうはいかないのです。
けっして永久にはつづきません。
やがてとまってしまうのです。
なぜだか、わかりますか」
博士にそういわれると二人は困った、よくわからない。
「永久運動をする仕掛を、永久機関といいますが、これはもし本当にできることなら、たいへん便利な機械です。
なぜといって、一度運転をはじめたら、あとは燃料も何も補充しないで何万年でも何億年でも、動きつづけるのですから。
そこで、昔から、ずいぶんたくさんの発明家が、このような永久機関の発明に一生けんめいになったものです。
全財産をそれにうちこんで、生命まで失った人もあります。
おかしくなった人なら、数えることのできないほど、たくさんあります。
とにかく永久機関は、どんなうまい仕掛であっても、それは実現できない機械なのです。
おそろしい永久機関の魅力です。
なんというふしぎな永久運動の謎でしょう」
ポーデル博士は、しみじみといって、それから立ち上がり、樽ロケットの操縦席についた。
「それでは、今日は、永久運動を研究している人たちを二三人、見学することにいたしましょう。
その窓からのぞいてみて下さい。
さあ、でかけますよ」
樽ロケットはとびだした。
あんまり早くとぶから、外には何にも形のあるものが見えない。
ただぼんやりとした色と光が、まるで、雲のように去来するだけだ。
「ほら、ごらんなさい。
あの人を……」
博士がいう。
すると、窓の外の景色が、しずかに停まった。
ヨーロッパ人らしい。
古い型の服を着ている。
その人が大きな四角いゼンマイ時計の前で腕をこまぬいている。
時計の長い針が、まわっている。
じじッと音がしている。
「ポーデル先生。
あの人は、なにをしているのですか」
ヒトミが、たずねた。
「あのヨーロッパ人も、永久機関の時計を考えているのです。
ゼンマイ針がまわります。
針がまわれば、コイルに電気を誘導します。
その電気で、小さいモートルをまわし、ゼンマイをまくのです。
すると、時計は永久にひとりでまわっているはずだと、あの人は考えているのです」
「それはうまくいきますか」
「どうして、どうして。
やっぱり永久機関ですから、うまくいきません」
毛管現象の利用
「もう一つ見学しましょう。
とびますよ。
すぐ近くです」
ポーデル博士のことばが終るとう間もなく、これもまた古い洋館の一間の中が見えた。
品のある貴族がしきりに、水槽の中に、海綿のベルトを見つめている。
「あれが有名なるコングレープ卿です」
と、ポーデル博士が解説した。
「あの人は、なにをしているのですか」
「金属のベルトの内側に海綿がはりつけてあるものを作っておきます。
これを1と2の二つの滑車にかけて、あのように一部分は水に浸します。
このままで、しばらく放っておくと、海綿は水を吸ってふくらみまして図のようになります。
ことに、イハのところは、毛管現象で水を吸いあげてふくれ、この部分は重くなります。
それとちがい、イロの間の海綿は滑車と金属ベルトではさまれて水気をふくみませんから軽いのです。
つまりイハが重く、イロが軽い。
すると、このベルトは矢の方向へ動くでしょう。
そうですね」
「そうです」
「一度動くことがわかれば、あとは動きつづけることがわかりましょう。
つまりこの装置は永久運動をする装置だというので、コングレープ卿は一生けんめいに研究したのですが、結局失敗しました」
「どのように失敗したのですか」
「つまり、実際に作ってみたが、卿が考えたようには動いてくれなかったのです」
「ああ。
すると、永久運動は、どうしてもうまくいかないのですか」
「そうなのです。
もう一つ見せましょう。ちょっととびますよ」
またしばらくの間、外の景色が雲のように飛ぶように流れていきました。
そしてそれがやがて静まると、一つの風景が見えてきました。なんと、東助によく似た少年が自転車を台の上にのせ、そのそばに設計図を置いて、一生懸命に首をかしげているのです。
「……たしかに、これならうまくいくはずなんだけどなあ。どうして実際に作ってみると、うまくいかないのかなあ。……ええと、はじめにこの自転車にのって、少し走ってみる。すると、タイヤが自転車とそこにのっている人間の重さでおされるから、タイヤの中のチューブの圧力がものすごく高くなる。その圧力を利用して、ペダルの軸を回転させる。そうすれば、一度自転車に人間がのって走り出しさえすれば、あとは人間が足を使わなくとも、チューブの圧力で、いつまでも自転車は走りつづけていくわけなんだけど……。いったい、どこがまちがっているんだろう。おかしいなあ」
東助に似た少年の顔には、どうにも解決できなくて困り果てた表情が浮かんでいました。
ポーデル博士が言いました。
「これも永久機関ですよ。
使っているものは違いますが、どの仕組みも、やっていることは同じ永久運動なのです。ですから、いくら頭を悩ませて苦しんでも、実験が成功することはありません」
「先生。
どうして、永久機関は成功しないのですか。
なぜ、実際にものとして作りあげることができないのですか」
「さあ、まさにそのことなんですよ。
この世の中に、エネルギーなしで動くものなんて一つもありません。
何かを動かすためには、必ずエネルギーが必要なんです。
エネルギーなしで動くようなものは、この世にあってはならないものなのです」
「でも、もしそういうものがあったって、しかたないじゃないですか」
「それは無茶な言い方というものです。
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