下界へ降りると、幸い誰にも咎められることなく、地下へ潜ることができた。すべり台式の降下路に飛び込んで、すーいすーいと地階を何階も通り越して降りていった。そうしてやっと自分たちの居住区までたどり着き、降下路から街へ出てみると、どうしたわけか人っ子一人見えない。まるで死んだ町のように静まり返っていた。
「誰もいないよ。これはいったいどうしたのだろうかね、ハイロ君」
「わたしは遅れてしまったんですよ」
「遅れてしまったとは……」
「市民たちは、すでにそれぞれの配置についてしまったのです。わたしは、大変に遅れてしまった」
「でも、この町を空っぽにしておくのは危険じゃないかね。やはり警備員を置かないと安心できないと思うがね」
「いや、こんなところなんてどうでもいいのですよ。市民たちの多くは、機関区のほうへ行ってしまったんです」
「機関区だって?」
「ほら、三根夫さんを最初に案内して見せたじゃありませんか。最地階の近くに動力室や機関室があったことを忘れましたか」
「ああ、あれか。どうしてみんなあそこへ集まるのかね」
「だってそうでしょう。わが星は、いま最大のスピードまで上げて宇宙を飛ばなくてはならないのです。スピードが上がらなければ、一切の生物も機構も、そしてすばらしいガン星の歴史も、まったく失われてしまうのです」
いつもはのんき者に見えていたハイロが、深刻な表情を見せる。
「あれだね、さっきちょっと聞いたけれど、本星はアドロ彗星に追っかけられているんだそうだね」
「それを知っておいででしたか」「三根夫さん。わたしはここでお別れしますよ。おくればせながら、わたしは配置へ急がねばなりません」
ハイロはそう言うと、駆け出そうとしました。
「おっと、ハイロ君。ちょっと待ってくれたまえ。きみの配置はどこなんだい? あとでたずねていきたいから……」
「だめです。とても来られませんよ。たとえ来たとしても、地球人の肉体では生きていられない場所です」
ハイロは恐ろしいことを言います。
「へえーっ、地球人は生きていられないというのかい? まるで地獄みたいなところなんだね。そう言われると、ますます聞きたくなる。いったいどこなんだい」
「もうお別れです。さようなら、三根夫さん。あなたはわたしをかわいがって、いろいろ面白いものをくれました」
「お別れなんて、そんなことを言うと心細くなるよ」
「地球人の生命はもろい。わたしたちには耐えられる熱にも電気にも、光にも空気密度にも、地球人の体質では耐えられない。お気の毒でなりません」
ハイロは、さっきから妙なことばかり言っています。
「何を言っているんだい、ハイロ君。そんなことよりも配置はどこなんだか、早く教えたまえ」
「原子熱四百万度管区、第十三区です。では三根夫さん、あなたの幸福と平安を祈ります」
「あッ、待ちたまえ」
三根夫はハイロの方へ腕を伸ばしましたが、ハイロはもう振り返ろうともせず、急いで駆け出していきました。そしてその姿は、地階の奥深くへ通じる『動く道路』の乗り場を示している、傘状の塔の中へと消えていきました。
ハイロが言ったように、これが彼と三根夫の最後の別れとなったことを、三根夫は後になって思い知ることになるのです。
無人の辻
一人ぼっちになった三根夫は、街をどんどん駆け抜けていきました。そこは無人の境地でした。どの店も、いつものように明るい照明の下で美しく品物を飾っています。不思議な光景でした。
(テッド隊長や帆村のおじさんたちは、どうしているだろうか……)
一刻も早くロケット艇へ帰りたいと、三根夫は願いました。
辻のところまで来ると、テレビジョン塔が、聴衆もいないのに一人でアナウンスを行い、無駄とも思えるニュース画面を映写幕の上に映し出していました。三根夫は、その前で少し足を止めました。
「……われらの敵、アドロ彗星は、ただいま八十万キロの後方に迫っています。画面に見える白熱の光の塊がそれであります」
アナウンスの声に、三根夫は映写幕に目を移しました。なるほど、漆黒の大宇宙が映っていますが、その左下のところに、ぎらぎらと白熱光を上げている気味の悪い光の塊が映っていました。光の尾を引いているらしく、それがときどき方向を変えるたびに、凄惨な空気がみなぎります。
「……もしもわれわれが、ただいま以上にスピードを上げることができないとすると、あと約二時間三十分で、我々はアドロ彗星に追いつかれてしまう計算となります。ただし我々の機関区は今なお、これ以上にスピードを上げるために努力していますから、それに成功すれば、この時間の余裕はもっと延びるはずであります。まだ非常配置につかない者は、全力を挙げて急いで配置についてください」
アナウンスは、心細い情報を伝えています。
三根夫はガン人のために深く同情しました。しかし、ガン人に同情するなら同時に、この怪星にとらわれて苦しむテッド隊長以下の地球人たちへも同情を注がなくてはなりません。ガン人が悲しく恐ろしい運命に追い詰められている以上、テッド博士以下の地球人たちも、また同じ悲運に追い込まれているのです。
いや、地球人の立場は、ガン人よりももっと悪く、危険なのです。それはハイロが少し口を滑らせて言ったように、地球とこのガン星とは、まったく同じ気候や空気密度ではないからです。地球にいま生きている人間や動物、植物は、地球の気候風土に耐えられるものばかりであって、それに耐えられないものは途中で死滅し、枯れてしまったのです。
ガン星の気候風土が地球のそれと完全と同じなら、地球人はガン星の上でも、ガン人と同じように健康を保って生きていられるでしょう。だが、事実はそうではありません。地球とガン星とは、気候風土がかなり似通っているとはいえ、実はだいぶ違っているのです。
ガン人の身体は、地球人よりもずっと激しい温度変化に耐え、寒さにも暑さにも強い。ガン人は、地球人が呼吸困難を感じ始めるくらいの、空気密度の五十分の一という薄い大気中でも平気で生き続けます。そのほか、地球人の目には感じない光がガン人には見えますし、音や電気、磁力のことなどについても、地球人とガン人とでは感じ方がたいへん違っているのです。
はっきり言えば、ガン人に比べて、地球人はもろい生物です。そしてまた、下級の生物だと言わなくてはならないのです。このガン星において、テッド隊長やサミユル博士をはじめとする地球人たちが、ガン人に圧倒されて手も足も出ない状況にあるのは、いま述べたような理由に基づいているのです。「人間は万物の霊長である」といばっていた人間も、ここではあわれな二流、三流の生物でしかありません。
三根夫の帰着
三根夫が無事にもどってきました。
艇内に大きな喜びの声がどっとあがります。
帆村荘六がとびだしてきて、三根夫少年の肩を抱きすくめました。
「よく帰ってきてくれた。みんな、どんなに心配していたことか。どこにもけがはなかったかい?」
「けがはしなかったですよ。でも、もうおしまいだなと、あきらめたことがありました」
「そうだろう。
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