初級翻訳・怪星ガン 第36話

怪星ガン

そして隊長から命ぜられた仕事は、どうした?」帆村は、その仕事が三根夫にとってはあまりに重すぎるものだったから、たぶんうまくいかなかったのだろうと思っていました。
「できるだけ、やってきたつもりです。ほら、ここにある」
と、三根夫は撮影録音機が入っている四角い箱を帆村に手渡しました。
「ほう。それはすごいや。で、天蓋まであがってみたのかい?」
「ハイロ君が命がけで、そこへ案内してくれました」
「そうか、ハイロがね。かれは途中でミネ君を密告しやしないかと、それを心配していたんだよ」
「そんなことはありません。ハイロ君はできるだけの便宜をはかってくれました。しかしかれは、焦熱地獄のような配置へ行ってしまったんです」
「そうかね……や、隊長が来られた。ミネ君。テッド隊長が迎えに来てくださったよ」
そのとおりでした。長身の博士が大股で三根夫のほうへ歩いてきて、大きな手で握手をしてくれました。
「おめでとう。たいへんご苦労だった。われわれは、三根夫君のお仲間なんだということに、大きな誇りを感じるよ」テッド隊長は、いくども手を握ってふりました。
「隊長。天蓋も写真に撮ってきました。そばへ行ってみると、大したものですよ。丈夫で、弾力があって、厚いんです。あれに向かっていっても、小さな蠅が蜘蛛の巣にひっかかるようなものです」
「そうでもあろう。だが、われわれは、何としても小さな蠅の力で、その丈夫で弾力のある蜘蛛の巣をつき破る方法を考え出さなくてはならんのだ」
そのとき三根夫は、ふと気がついて、
「隊長やみなさんは、このガン星に、いま非常事態が発生していることを知っているのですか?」
と隊長にたずねました。
「ああ、知っているとも。だから、いっそうきみの安否を心配していたんだ。この星が、いまアドロ彗星に追いかけられているというのだろう?」
「そうです。どうしてそれがわかりました?」
「さっきから、とつぜん本艇の無電通信機が働きだして、非常事態放送の電波を捕らえたんだ。ふしぎなことだ。われわれが怪星ガンの捕虜になった頃から、無電機はさっぱり働かなくなっていたんだがね」
「ふしぎですね」
「いろいろふしぎなことがある。いままでは通信がいっさいできなかった僚艇とも電波で通信ができるようになった。そればかりではない。『宇宙の女王』号の通信室とも通話ができるようになったんだ」
「どうしたわけでしょうね」
「わけなんか、さっぱりわからん。とにかくわれわれは、この事態を利用しなくてはならない。きみが持って帰ってくれた資料によって、われわれはなんとしても脱出の方法を考え出さなくてはならないのだ。諸君。すぐ仕事をはじめよう。来たまえ」
テッド博士は、首脳部の連中を呼び集めて司令室へ急ぎました。
そこでは、三根夫の撮影してきたトーキー映画の映写ができるように幕が用意され、発声装置もつながれていました。
一同が席につくとまもなく、帆村が反転現像したフィルムを持ってこの部屋へ入ってきました。
そのフィルムはさっそく映写機にかけられました。そして三根夫が苦心して秘密撮影してきた怪星ガンの要所要所が、一同のまえに繰り広げられていったのです。
フィルムはいくども繰り返し映写されました。そして首脳部の人々は、脱出方法について熱心な討論を続けていきました。
だがその結論は、思わしくありませんでした。三根夫が撮影録音してきたフィルムによって、天蓋の堅牢さが想像していた以上にすごいものであることがわかったからです。
本艇が持っているありとあらゆる爆発力をあつめて、あの天蓋にぶつけても、天蓋はけっして壊れないであろうという絶望的な計算が出たのです。
みんなは、がっかりしました。
絶望的計算に全力をふるったポオ助教授は、もちろんがっかり組のひとりでしたが、彼はとつぜん立ちあがると、絶望に血走った目をみんなの上へ走らせて言いました。
「みなさん。わたしの計算はぜったいにまちがっていない。しかし、物事がわたしの計算どおりに実現するかどうか、それはわからないのだ。運命というものがある。機会というものがある」「そうしたものは、わたしの計算の中には入っていないのですぞ!」と、ポオ助教授は叫びました。

帆村荘六が、やけに手をパチパチと叩きました。
それに釣られたのか、他の人たちも手を叩き、それからみんな顔を輝かせて、大きな声で笑い出しました。
テッド隊長が立ち上がり、ポオ助教授と固い握手を交わしました。
そして声を張り上げて演説を始めたのです。
「おお、あなたは真の科学者だ。
あなたは我々を死の淵から救い出してくれた。
我々は最善を尽くし、それから運命の命ずるところに従い、もし絶好の機会が来れば、それを必ず掴むことにしよう。
前途に光明は燃えている。
元気を出すんだ、諸君!」

さて、このあとに何が待ち受けているのでしょうか。

出航用意

「出航用意!」テッド隊長は、思い切った命令を下しました。
出航するといっても、この艇は自由がきかない状態です。
また、目指していくべきあてもありません。
天蓋は堅牢そのものです。
本艇を繋留塔に結びつけている繋索(けいさく)も、ものすごく丈夫です。
いったい出航用意をしてどうしようというのでしょうか。
テッド隊長は、気が狂ったのではないかと思われました。

しかし、テッド隊長は正気でした。
彼は彼なりに、一つの夢を抱いていたのです。
それは「絶好のチャンス」の夢でした。
万が一その夢が現実になるならば、そのとき本艇はいつでも出航できるように準備ができていなくてはなりません。
さもなければ、せっかくの絶好のチャンスを取り逃がしてしまうことになるからです。
ですが、その夢が現実になる公算は、本当に万に一つの確率でした。
いや、万に一つどころか、億に一つかもしれません。
常識で考えれば、いまや本艇やその乗組員の運命は絶望的な状況にあるとしか思えませんでした。
それにもかかわらず、テッド隊長は「出航用意」を命じたのです。

乗組員たちは、この命令に接して目を丸くせずにはいられませんでした。
しかし、それに続いて彼らは興奮の色をあらわにし、いつもとは違って、年齢が五つも若返ったかのように元気づきました。
「うれしいね、出航用意だなんて」
「出航用意か。いつ聞いても胸が躍るじゃないか。さあ、いこう!」
「出航用意だぞ、出航用意だぞ!」

機関室は、火事場のような忙しさになりました。
全員が本当に出航するような顔つきで、小さいエンジン類から始まって、だんだんと大きなものを起動していきました。
出航用意の命令は、本艇だけでなく、僚艇(りょうてい)八隻にも伝えられました。
僚艇の者たちもみんな目を丸くし、興奮に包まれ、そして忙しく活動を始めました。
脱出が不可能であることは誰もが知っていましたが、なつかしい「出航用意」の号令は、なお彼らを立ち上がらせる力を持っていたのです。

テッド隊長は、考え抜いた末に、『宇宙の女王』号のサミユル博士に連絡を取るよう命じました。
無線でサミユル博士邸を呼び出しましたが、誰も出てきません。
無線係がその旨を報告すると、テッド隊長は隊員二人を選んで博士邸へ走らせることにしました。

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