初級翻訳・大宇宙遠征隊 第5話

大宇宙遠征隊

ところが、この声はベッドのあるはずの場所からは聞こえず、まったく思いがけない場所から聞こえてきたため、三郎はすっかり面食らってしまいました。
それはどう考えても、三郎が叩いている仕切り扉のすぐ真裏であり、しかも天井ギリギリの高さまで浮かび上がっているとしか思えない場所だったのです!

「艇長! 大丈夫ですか!?」

「むニャ……なんだなんだ、どうしたというのだ? わしのベッドをどこへ持っていってしまったんだ!?」

艇長はおカンムリで怒っています。

「艇長! 只今、重力装置が故障しているのであります!」

「なにっ、重力装置の故障だと!?」「それは……」
三郎がそう言いかけた瞬間、彼の体は、まるで目に見えない何かにドシッと抱きつかれたような感覚に襲われました。

ピシャン!
部屋の中には、モクモクと煙のようなものが立ち込めました。
いや、煙ではなく、温かい湯気でした。

(あ、重力装置が直ったんだ!)
と、三郎の頭に稲妻のようにひらめいた次の瞬間、お隣の部屋との仕切り扉の向こうから、ものすごい大音が響き渡りました。

ドスーン!
床がビリビリと激しく揺れました。

(大変だ! 艇長が天井から落っこちてしまったんじゃないだろうか!?)
三郎は、いまの大きな音は、きっと艇長の大きな体が床に激突した音に違いないと思ったのです。

「艇長! どうされました!?」

「ああ、風間くんか。わしのことなら心配いらんよ、大丈夫だ。いま下へ降りるところじゃ」

下へ降りる……?
艇長の声は、三郎が予想していたのとは違って、相変わらず天井のほうから聞こえてきました。

仕切りの扉が、細くパカッと開きました。
そして艇長の顔が、ドアのいちばん上のフレーム(鴨居)のところから、ひょっこりこちらを覗き込んだのです。

「ああ、艇長! よくぞ下まで落っこちませんでしたねえ」
と三郎が胸をなでおろすと、艇長は仕切りの扉をギシギシと鳴らしながら、ドア枠をつたってズルズルと下へ降りてきて、こう言いました。

「あはは! 艇長たる者がそう簡単に落ちてたまるものか。ちゃんと棚の上に手をかけて、しっかりつかまっていたのだよ」

「でも、さっきすごく大きな音が聞こえましたよ。絶対に艇長がドスンと落ちた音だと思ったんですが……じゃあ、あの音は一体なんの音だったんですか?」

「ああ、あの音かい?」
艇長は床に降り立つと、手に付いたほこりをパッパッと払いながら、後ろを振り返って言いました。

「あの音は、そこに転がっているカバンの音だよ。棚から少しはみ出していたところに、急に重力が戻ったもんだから、下に落っこちたのさ。わしのようなでかい体が落ちたら、あんな生ぬるい音じゃすまないぞ。ガハハハ! まあ何はともあれ、わしもそろそろ起きるとしようかね」

艇長は、ゆうゆうとした様子で服を着替え始めました。

「おい風間くん、君はまだ知らないだろうが、今日はこのロケット船から、ものすごく珍しいものが見えるぞ。宇宙旅行の本当の面白さは、今日初めて味わえると言ってもいいくらいだ。ほらほら、わしの話を聞いて、少しは喜んだらどうなんだい?」

艇長は、「えっ?」と不思議そうな顔をしている三郎を、からかうようにクスッと笑いました。

【当直の報告】

「艇長! その珍しいものって、一体全体どんなものなんですか? 早く教えてくださいよ! ぼく、気になって気になって、早く知りたくてたまらないんです!」
風間三郎は、少し甘えるような声で艇長におねだりしました。

「はははは! それを聞きたいのかい? まあ、いま話してしまっては後のお楽しみがなくなってしまうからな。いずれそのうち、みんなが大騒ぎし始めるはずだから、まあ、それまで楽しみに待っているといいよ」

艇長はテーブルの前まで歩いてくると、イスにドシッと腰掛けました。

「艇夫くん。そんなことより、コーヒーを入れてくれ」

「コーヒーは、いま作り直しているところなんです。さっき重力装置が故障したときに、ぜんぶ吹き出してこぼれちゃったんですよ」

「そうか。そいつはもったいないことをしたなあ」

「ねえ艇長、コーヒーが沸くまでのあいだに、さっきの話をしてくれたっていいでしょう?」

「はははは! 君はなかなか上手なことを言って聞き出そうとするね。だけどダメだよ。コーヒーが沸くまでのあいだ、わしは地球儀を描くことにしよう。たしか、インド洋のあたりまで描いた覚えがあるからな」

そう言って艇長は、ゴム風船の入った箱をテーブルの上へ持ってくると、片手に絵の具の筆を握りしめました。
それから、艇長の手が器用に動き始めました。
こうなってしまっては、もうどうしようもありません。
風間三郎はコーヒー沸かしの前にしゃがみこみ、注ぎ口からゆらゆらと立ち上る湯気をじっと見つめていました。

部屋の中が、妙にしーんと静まりかえりました。
コーヒー沸かしのフタも、まだ静かに収まっています。

(一体全体、なんだろうなあ……珍しいものって?)

三郎がそんなことを深く考え込んでいたその時、天井に取り付けられていたベルが、ブーブーブーと鳴り出しました。
それは、艇長を呼び出している合図の音でした。

「艇長、電話ですよ!」

三郎が声をかけると、地球儀の上に筆を走らせていた艇長は、ゆっくりと顔を上げて、

「どうやらそのようだね。……はい、艇長は電話にかかった!」
と言いました。

「はい、艇長は電話にかかった」――この言葉は、特別な合言葉(合図)だったのです。
この言葉を口にすると、電話のスイッチが自動的にスピーカー(高音量マイク)へと切り替わる仕組みになっていたのでした。
手でいちいちスイッチを動かす代わりに、「はい、艇長は電話にかかった」と声で言うだけで、スイッチがカチッと切り替わるのです。
昔話で、大きな岩の前に立って「開けゴマ!」と叫ぶと、岩がパカッと二つに割れて中への入り口が現れるという有名なストーリーがありますが、画面や手を使わずに声で操作するなんて、まさにそれと同じような技術でスイッチを切り替えていたのでした。
これを「音波を利用したスイッチ」と呼びます。

スピーカーから「プッ、プッ」というノイズが聞こえたかと思うと、次の瞬間、当直長の大きな声が飛び出していきました。

「艇長! ただいま、地球が夜明けを迎えました! どんどん夜が明けていっております!」

「ああ、そうか」

「少し雲がかかっているようですが、かなり美しく輝いて見えております。以上!」

「ああ、そうか。ご苦労」
当直長の声は、スピーカーの奥へと引っ込んでいきました。

「どうだい? いまの電話を聞いただろう」
艇長が三郎に声をかけました。

「あ、いまの電話ですか? 地球が夜明けを迎えたって話ですよね。そんなこと、全然珍しいとは思いませんけど……」
三郎は、「なんだ、そんなことか」と言わんばかりの顔をしました。

「はははは! 全然珍しくないと言うのかい? 珍しいか珍しくないかは、いま見せてあげるから、それを見てから判断することだね」

そう言うと艇長は、壁のボタンを押し込みました。

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