初級翻訳・地底戦車の怪人 第4話

地底戦車の怪人

じゃあ、わしがすぐいって、お連れしてまいりましょう」

ピート一等兵は、奥からのこのこと出てきて、戦車の扉のハンドルをまわそうとしたから、パイ軍曹はおどろいて、ピートの手に噛みついた。

「ああ痛い。軍曹どのに申上げます。軍曹どのは、狂犬病に罹られました」

と、ピート一等兵は大粒の涙をはらいおとしながら、叫んだ。

「なにを、このばか者! この扉をあけて、どうしようというのか。この扉をあければ、たちまち海水が、どっと流れこんでくるじゃないか」
「えっ、そんなことはありません。どっと、流れこんでくるなんて、そんな……」
「さっきとはちがうぞ。あれからかなり時刻がたっている。おいピート。この戦車は、もう海面下に沈んでしまった頃だぞ」

パイ軍曹は、そう叫んで、自分でも、真青な顔になった。

「ええっ、本当ですか、軍曹どの。この戦車は、ついに、海面下に没しましたか」
「大丈夫、それに違いない」
「それじゃ、わしたちは、もう海の上を見ることかできなくなったんですか」
「もう、よせ。貴様がくだらんことをいうから、くだらんことを思い出す」
「いや、くだらんことではないです。わしは、この戦車が、われわれの棺桶であることを、どうかして、早く信じ、なお且つ、ついでに、この棺桶を一歩外へ出た附近の地理を、なるべく、頭の中に入れておこうと思って、懸命に努力しているところです」
「もういい。戦車の外のことなんて、もうどうでもいい」
「じゃあ、この棺桶は、じつにすばらしいですなあ。オール鋼鉄製の棺桶ですぞ。棺桶てえやつは、たいていお一人さん用に出来ていますが、軍曹どの、われわれのこの棺桶は、ぜいたくにも、お二人さん用に出来上っていますぜ」
「おい、しばらく、黙っとれ」「おれは、なにがなにやら、わけがわからなくなった」
パイ軍曹は、座席の上にうつ伏せになり、両腕で自分の頭を抱え込んでしまいました。
それを見ていたピート一等兵も、なんだか急に心細くなり、自然と口をつぐみました。
ざあざあと、気味の悪い音が、この戦車の壁の外で響いています。
ごーん、ごーんと、まるで誰かが鉄板を叩いているような音も聞こえてきます。
そのとき、突然、どどどどーんと、まるで四連発の大砲をあわてて撃ち出したときのような、恐ろしい響きが伝わってきました。
――と思った瞬間、遅すぎたのです。二人が乗っていた戦車は、ぐらぐらと動き出しました。
「おい、大変だ!」
「足が、勝手に上を向いていくぞ!」
戦車はまるでフットボールを山の上から落としたときのように、天井と床が交互に入れ替わり、弾みながら落下していくのが、二人にもようやく理解できました。
(どうなってしまうんだろう? これも、カールトン中尉の遺骸を外に置き忘れてきた罰だろうか!)
二人はもう、生きた心地もしませんでした。

静かな海。

激しい勢いで、何千メートルという深い海底へと落ちていく地底戦車の中で、パイ軍曹とピート一等兵は車内を転がり回り、あちこちにぶつかって大変な目に遭いました。
床だと思えばぐらっと動いて天井になり、そうかと思えば天井が横倒しになって壁になる。二人はどこに身を置けばいいのか分かりませんでした。
いや、身の置きどころがないという生やさしい話ではありません。体と体がこれでもかというほどぶつかり合い、鉄の壁にガーンと叩きつけられ、戦車がようやく海底に達したときには、二人ともとうとう気を失ってしまいました。

ですが、この地底戦車はよほど頑丈にできているらしく、万事異常はなく、車内の電灯もちゃんと点いていて、エンジンの上に伸びて倒れているパイ軍曹とピート一等兵の二人を、気の毒そうに照らしていました。
もしここで二人がそのまま息を引き取ってしまえば、『地底戦車の怪人』の物語もここでおしまいになるはずです。
しかし、この先にはまだまだ長く、面白い冒険談が待っています。
ですから読者の諸君は、パイ軍曹とピート一等兵がたいへん幸運にも、間もなく息を吹き返したことに気づかれることでしょう。
これが、二人が気絶してからどれくらい経ってのことだったのか、さっぱり分かりません。
どちらが先に目を覚ましたのか、それもはっきりしませんが、とにかく二人は、
「うーむ……」
「あ、痛っ……」
と、別々に呻きながら、手足をそろそろと動かし始めました。
しかし、四肢はくたくたで、首の骨もぐらぐらしているため、意識の方は一足先にかなりしっかりしてきたものの、体は思うように動いてくれませんでした。
「うーん、あ、たたたたっ……」
「止め、止め、止め、止めてくれたか……」
二人はうわごとのようなことを、とめどもなく喋り散らします。
傾いた車内に半身を起こしてあぐらをかけるようになるまで、十七、八分もかかりました。
「おい、ピート一等兵、だらしがないぞ」
パイ軍曹は、自分のことは棚に上げて兵を叱りつけました。
「はい、軍曹どのがあれから今まで一度も号令をかけてくださらないものですから、自分もつい『休め』をしていたのであります」
「何を言うか。頭に大きな瘤(こぶ)をこしらえて、『休め』もないものか」
「いや、これも軍曹にならったわけでありますが、さすがに上官の瘤は、自分の瘤よりも一回りずつ大きいのでありますな」
「馬鹿を言え」
こうして減らず口がどんどん出てくるようでは、軍曹も一等兵も、瘤こそ作りましたが、まずは元気を取り戻したものと思われます。
「おい、ピート、水が飲みたいが、水を持ってこい」
「はい、どこから持ってきましょうか」
「……」
軍曹は、返事をするすべを知りませんでした。
ここは、どうやら深い海底のようです。
扉を開ければふんだんに水はありますが、その水は飲めないときています。全く、意地の悪い状況です。
いや、そんなことよりも、海底に落ちながら外部から海水が浸入せず、空気も腐らないのが何より天の助けであり、ありがたいことだと感謝しなければなりません。
考えていくと、こうして二人とも助かっていることが、だんだん不思議で、そして恐ろしくなってきました。
「パイ軍曹どの。一体自分は、ただいま生きているのでありますか。それとも死んでしまったのでありましょうか」
「なにっ! 死んだ奴がそんなに上手に口がきけるか。また、俺の声が聞こえたりするものか。馬鹿なことも休み休み言え!」
と叱ったものの、軍曹はピート一等兵が突然変なことを言い出したので、気味が悪くて仕方がありませんでした。
「はあ、やっぱり、ただいまは生きているのでありますか」「なるほどね」
「ただいまも、なるほどもありませんよ。
少し、しっかりしなきゃいけません。
びっくりするのも、無理はありませんけれど……」
「いや、軍曹どの。
自分は、たしかに一度死んだんです。
それから再度、生きかえったのですよ。たしかに、ある期間、死んでいました」
「そんな、変なことを言うものじゃないよ。
死んだ奴が、どうして生きかえるものか」
「いや、そうではありません。
軍曹どの。
なぜ、そんなことを言うかと申しますと、さっき自分は死んでいる間に、幽霊を見かけたからです。
幽霊が見えたんです。

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