初級翻訳・妖怪博士 第46話

妖怪博士

穴をはいってまもなく、ぼくが岩かどにつまずいて、懐中電灯を取りおとしたのを。
うん、そうだよ。
あのときほんのしばらくのあいだ、懐中電灯が消えて、あたりがまっくらになってしまったね。
むろんわざとしたことさ。
このぼくが不注意でつまずいたりするものか。
きみの目をくらます策略だったのさ。
その暗やみを利用して、すぐあとからついてきていた替え玉の男と、すばやく入れかわったのだよ。
ぼくはその男の将校マントを持って、コッソリ穴の外へ逃げだす。
あとに残ったその男は、落ちた懐中電灯を拾いあげ、ぼくの声をまねて、『だいじょうぶ』とか、なんとかいったのさ。
ハハハ……、わかったかね。
種あかしをしてしまえばなんでもないことだが、二十面相ともあろうものが、この手品にまんまといっぱいかかったんだからね。
そしてその替え玉をぼくと信じきって洞くつの奥へとじこめ、とくいになって出てくるところへ、ほんもののぼくがこうしてあらわれたというわけさ。」
目の前の明智探偵が、幽霊でも魔法使いでもなく、ただ子どもだましの手品を使ったばかりだということがわかりますと、二十面相はにわかに元気をとりもどしました。
もうこわいこともおそろしいこともありません。
相手は自分と同じ人間なのです。
しかもひとりとひとりの争いです。
「フフン、明智先生にしては感心な手をもちいたね。
おれは、まんまと、いっぱいひっかかるところだったぜ。」しかし、そうやってタネあかしを聞いてしまえば、もうこっちのものだ。
ウフフフ……、おい、明智、手をあげろ! それとも、この鉛の弾丸(たま)を食らいたいのか!」

突然、急に強気になった二十面相は、ものすごい剣幕(けんまく)で怒鳴りながらピストルをむけました。
しかし、明智探偵はピストルを取りだすこともせず、相変わらず腕組みをしたままです。
ああ、またしても悪党のほうに先に手を打たれてしまったのでしょうか?
でも、本物の明智探偵は替え玉のようにあわてたりしません。
二十面相のおどしなどどこ吹く風とばかりに聞きながし、いつものようにニコニコと笑っています。

「おい、このピストルが見えないのか? 手をあげろ、手を!」
二十面相が重ねて怒鳴りつけると、明智探偵はやっと静かな声でこう言いました。
「手をあげるのは、きみのほうだよ。ちょっと後ろをごらんよ。」

その声があまりにもおだやかだったものだから、かえって二十面相はギョッとして、思わずうしろをふりむきました。するとどうでしょう、いつの間にこんな準備ができていたのでしょうか!
そこには、三人の制服を着たおまわりさんがせまい通路いっぱいに並び、手に手にピストルをかまえていたではありませんか。

さすがの二十面相もこの不意打ちには「あっ!」とびっくりして、すぐに明智探偵をつきとばし、出口のほうへかけだそうとしました。しかし、その出口のほうからも、何人ものおまわりさんたちが同じようにピストルを手にして、ぎっしりとつめかけてくるのです。
二十面相は、まさに絶体絶命(ぜったいぜつめい)のピンチでした。

でも、さすがは世にも名高い大怪盗です。
そのままおとなしく捕まるようなことはしません。
彼はどうやって逃げたのか、暗闇(くらやみ)にまぎれて姿をかくすと、すばやく例の「大コウモリの怪獣」に変装し、おまわりさんたちをおどしながら、暗い迷路の中を右へ左へと駆けまわりました。

警察官は全部で十五人。そのうちの五人は洞くつの入り口で見張りをしていますから、いくら二十面相でも、そこを突き破って外へ逃げることはできません。
ただ、広い洞くつのなかを右往左往して逃げ回るばかりです。
世にも奇妙な、鍾乳洞(しょうにゅうどう)の中の大捕り物(とりもの)が始まりました。

それから一時間ほどのあいだ、真っ暗な洞くつの中で、どんなものすごい戦いが繰り広げられたことでしょう。
それは、読者のみなさんの豊かな想像力におまかせします。
みなさんがこれまでに見た映画などのなかで、いちばん恐ろしい大乱闘のシーンを頭に思い浮かべてくれれば、まさにそのとおりです。
しかも、それが真っ暗な洞くつの中で行われたのです。六匹の大コウモリと十人の警察官たち、そして明智探偵に加えて十一人の少年たちも入り交じった、ものすごい大バトルなのです。

さて、その結果どちらが勝ったのかは、読者のみなさんもじゅうぶん想像がつくことでしょう。
明智探偵の味方はぜんぶで二十三人、敵はたったの六人です。
味方には、洞くつの道順をよく知らないという不利な点がありましたが、犯人を捕まえることにかけてはベテランのおまわりさんたちです。
いくら悪党が強いといっても、たった六人の、いや、六匹の大コウモリを取り逃がすわけがありません。

やがて、あんなにはげしかった戦いもついに終わりました。
洞くつの広い場所に、あの不気味な羽の上からぐるぐる巻きに縛られた六匹の怪盗たちが、疲れ果ててぐったりと横たわっていました。
東京じゅうを、いや日本じゅうをあれほど大さわがせした凶悪な怪盗・二十面相も、ついに悪運が尽きる時がきたのです。

いつの時代であっても、ずるい悪事は正義に勝つことはできません。
悪いやつは、かならず滅びる時がくるのです。
二十面相扮する大コウモリのまわりには、警察官たちと少年探偵団の子どもたちが輪をつくり、懐中電灯の光をそのみにくい姿にぴたりと当てていました。

大仕事をやり遂げた明智探偵は、いま二十面相の首から脱がせたばかりの大きなコウモリの頭の部分を手に持ち、むき出しになった悪党の顔をじっとのぞき込んでいます。
それは実に奇妙で変わった光景でした。
ぐるぐる巻きに縛られた大コウモリの胴体から、あの老猟師(ろうりょうし)に変装したままの二十面相の首がポンと生えているのです。
「人面獣心(じんめんじゅうしん=顔は人間なのに、心は獣のように残忍こと)」という言葉がありますが、いまこうして洞くつの中に横たわっている二十面相こそ、心も形も、世にも恐ろしい人面獣心そのものでした。

「明智くん、やっぱりきみのほうが一枚上手(うわて)だったね。
ぼくの負けだ。
今日こそ、心からきみの前に頭を下げるよ……。」

疲れ果てて青ざめた二十面相の顔が苦しそうにゆがみ、かすれた悲しそうな声でそうつぶやきながら、じっと明智探偵の顔を見上げました。

「先生! 先生はあのとき、池尻の洋館でぼくたちに約束してくれましたよね。
『一ヵ月以内に必ず二十面相をつかまえてみせる』って。
あのお約束が、こんなに早く現実になるなんて、ぼく、夢にも思いませんでした!」
小泉信雄(こいずみのぶお)くんが少年たちの後ろから、名探偵をたたえるように明るい声で言いました。

「そうだ! 先生は僕たちとの約束をしっかり果たしてくださったんだ!」「みなさん、先生にばんざいをしようじゃないか!」
それは、桂正一くんの元気いっぱいの声でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました