」
探偵はじつに意外な名まえを、ズバリといって、じっと相手の目の中をのぞきこみました。
息づまるようなにらみあいが、三十秒ほどもつづきました。
「二十面相」とはだれでしょう。
むろん読者諸君はごぞんじのことと思います。
二十のちがった顔を持つといわれた、あの変装の大名人です。
今は獄中につながれているはずの、希代の宝石泥棒です。
「おい、二十面相君、しばらくだったなあ。」
明智探偵が、おだやかなちょうしでいって、ポンと春木氏の肩をたたきました。
「な、なにをいっているんです。
わたしが、二十面相ですって?」
「ハハ、しらばっくれたって、もうだめだよ。
ぼくは今しがた、刑務所へ行ってしらべてきたんだ。
そして、あそこにいるのは、にせ者の二十面相だということがわかったのだ。
きみは、さいぜんから、ぼくがなぜ、あんな話をクドクドとしていたと思うのだい。
それはね、話をしながら、きみの顔を読むためだったんだよ。
つまりきみを試験していたというわけさ。
するときみは、ぼくの話が進むにつれて、だんだん青ざめてきた。
そわそわしだした。
見たまえ、いっぱいあぶら汗が出ているじゃないか。
それが何よりの自白というものだ。
二を引いて二を足すと、もともとどおりだったねえ。
つまり、きみときみのコックとが、今井君と運転手に化けたうえ、少年探偵団の子どもたちをだますために、ふたりのインド人になって、みょうなお祈りまでして見せた。
そのインド人が、そのまま、もとのきみとコックにもどればよかったのだから、いくら見はっていても、インド人も逃げださなければ、きみも外からはいってこなかったというわけさ。
もともと四人ではなくて、ふたりきりのお芝居だったんだからね。
だが、二十面相が人殺しをしないという主義をかえないのは感心だ。
むろんきみは最初から小林君と緑ちゃんは、助けるつもりだったのだろうね。」
探偵がいいおわるかおわらぬに、部屋中にとほうもない笑い声がひびきわたりました。
「ワハハハ……えらい、きみはさすが明智小五郎だよ。
よくそこまで考えたねえ。
その骨折りにめんじて白状してやろう。
いかにもおれは、きみのこわがっている二十面相だよ。
だがねえ、明智君、これはきみの大失敗を、きみ自身でしょうこだてたようなものなんだぜ。
わかるかい。
きみはいつか、博物館でおれを逮捕したつもりで、大いばりだったねえ。
世間も、やんやと喝采したっけねえ。
ところが、あれはみんなうそだったということになるじゃないか。
え、探偵さん、きみもとんだやぶへびをしたもんだねえ。
つまらないせんさくだてをしないで、おれを見のがしておけば、きみはいつまでも英雄でいられたんだぜ。
それを、こんなことにしてしまっちゃ、きみの名折れじゃないか。
博物館でとらえたのは、あれは二十面相でもなんでもない、ただのへっぽこの野郎だったということを、世間に広告するようなもんじゃないか。」ハハハ……、愉快愉快、おれがいったい、あんなドジを踏むような男だと思っているのかい。
白ひげの博物館の館長さんが、実は怪盗二十面相だったなんて、いかにも明智先生が好きそうな思いつきだ。
つまりおれは、きみが飛びつきそうなごちそうを用意して、お待ち申していたのさ。
すると案の定、きみは罠にかかってしまった。
博物館の館長に化けていたおれの部下を、二十面相と思い込んでしまったんだ。
おれのほうで、そう思い込ませるように仕向けたのさ。
無理もないよ。
おれには決まった顔というものがないんだからね。
おれ自身でさえ、本当の自分がどんな顔なのか、忘れてしまったほどなんだからねえ。
だが、博物館の前でチョコチョコと逃げ出して、子どもたちに押さえつけられるなんて、二十面相ともあろう者が、あんなマヌケな真似をすると思うかい。
あれが二十面相の最後だとしたら、ちょっとばかりかわいそうというもんだよ。
二十面相は、まくし立てるようにしゃべり続け、またしても、割れるような大笑いをするのでした。
「大変な勢いだな。
だが、昔のことはともかくとして、結局のところ、勝利はぼくのものだったじゃないか。
せっかくのインド人の大芝居も、とうとう見破られてしまったじゃないか。」
明智探偵は少しも慌てず、にこにこと微笑しながら答えました。
「インド人の大芝居か。
おもしろかったねえ。
おれはね、篠崎氏がどこかで宝石のいわく因縁について話しているのを、すっかり聞いてしまったんだよ。
そして、やたらにあの宝石がほしくなったのさ。
そこで、宝石を手に入れたうえ、世間をアッと言わせてやろうと、あの大芝居を思いついたのだよ。
インド人が犯人だとなれば、まさか二十面相を疑うやつはいないからね。
ただ宝石だけを盗んだのでは、なにしろ高価なものだから、警察の捜索がうるさくてかなわないのでねえ。
ところで、きみはおれをどうしようというのだい。
たったひとりで、二十面相の本拠地へ飛び込んでくるなんて、少し無謀だったねえ。
気の毒だが、返り討ちだぜ。きみをもうこの部屋から一歩だって外に出しゃあしないぜ。」
二十面相は、追い詰められた猛獣のような、狂気じみた形相で、明智探偵につかみかからんばかりです。
「ハハハ……、おい、二十面相君、ぼくがひとりぼっちかどうか、ちょっとうしろを向いてごらん。」
探偵の言葉に、二十面相はハッとして、クルッと後ろの戸口の方を振り返りました。
すると、ああ、これはどうでしょう。
いつの間に忍び込んだのか、全開になったドアの外には、重なるようにして、五人の制服警官が厳めしく立ちはだかっていました。
「ちくしょうめ! やりやがったな!」
二十面相は、不意を突かれてよろよろとよろめきながら、ものすごく悔しそうにわめきました。
そして、いきなり片方の窓の方へ駆け寄ります。
「おい、窓から飛び降りるなんて、つまらない考えはよしたほうがいいぜ。
念のために言っておくがね、この家のまわりは五十人の警官が取り囲んでいるんだよ。」
明智探偵がダメ押しの言葉を放ちました。
「ウー、そうか。
よく手が回ったなあ。」
二十面相は窓を開けて、暗闇の地上を見下ろすような仕振りをしましたが、またクルッとこちらを向いて、
「ところがねえ、たった一つ、きみたちの手の届かない場所があるんだよ。
これがおれの最後の切り札さ。
どこだと思うね。
それはね、こうさ!」
言い放つが早いか、二十面相の上半身がグーッと窓の外へ乗り出し、そのままサッと闇の空間へ消え去ってしまいました。
それはまるで機械じかけの人形がカタンとひっくり返るような、目にも留まらぬ早わざでした。
二十面相はいったい何をしたのでしょう。
窓の外へ飛び降りて逃げ去るつもりだったのでしょうか。
しかし、明智探偵は嘘をついたのではありません。
この洋館のまわりは本当に数十人の警官隊が取り囲んでいるのです。
その包囲を切り抜けて逃げ出すことなど思いもよりません。
明智探偵は二十面相の姿が窓の外に消えたのを見ると、急いでそこに駆け寄り、地上を見下ろしましたが、これは不思議、地上にはまったく人の姿がありません。
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