柳沢侯は元禄十一年にお手本となる老中首席には任じられたけれど、決して大老ではないはずだ。いつ大老に任命されたのか、教えてもらおうか」
「それは、そんなことは……」来太の喉がごくりと鳴った。「つまり、柳沢侯は、将軍家の一門に連なり、お名前をいただき、要するに誰もが御大老と――」
「誰もが、……とは?」
「誰でもとは誰でもだ! 柳沢美濃守さまが御大老だということは、武鑑(武士の銘鑑)などにも書いてあるし、世間一般の常識として――」
「世間の本や、いい加減な噂話を聞いているわけではない。改めて言うが、柳沢侯は老中首席であって、大老ではないのだ」
来太は歯をくいしばった。
これまで「大老」という肩書で押し通してきたが、実際に正式な役職として任命されたわけではなく、まわりの人々がその大きな権力におもねってそう呼んでいたにすぎなかった。
こうして真っ向から正論で詰め寄られると、言い返す余地はどこにもなかったのである。
「次に尋ねるが、そなたは柳沢家においてどういう身分なのだ。また、役職やもらっているお給金はどのくらいなのか、教えてもらいたい」
平四郎は、憎らしいほど冷静に、そして無表情に質問を続けていった。
「自分は柳沢家の家臣だ!」
「それはわかっています」
「柳沢家の、この荷物の……」
来太は言葉につまった。
そして、プライドを傷つけられた悔しさのあまり、カッと頭に血をのぼらせたのだった。「ええ、こんな馬鹿なことがあるか! いったいあなたの疑いは何なのだ、この荷物のことか、それともこの私のことか! 関所番には関所番としての正当な権限があるはずだ、まずはそこから聞こうじゃないか、貴公の疑いは一体どちらなのだ!」
平四郎はゆっくりと、右後ろの方へと振り向いた。
飾り道具の脇で、同心の一人が火縄をかけた鉄砲を手に持ち、こちらをじっと見つめている。
平四郎はその様子をしっかりと確かめると、
「自分はこういう者だ」
と懐から通行手形を取り出し、相手にハッキリと見せつけてからこう言った。
「今度、江戸から大量の鉄砲が運び出されるという情報があり、急きょ街道ごとの取り締まりが命じられたのだ。これはただの関所役人の権限ではなく、公儀(幕府)より直接言い渡された、鉄砲改役からの出張命令なのだ。それでも、荷物を改めさせるわけにはいかないと、そう言い張るつもりか!」
来太はまるで噛みつきそうな恐ろしい顔をしたものの、その場ですぐに言い返すことはできなかった。
平四郎は小橋与力の方を向き、待機していた同心たちに向けて手を大きく挙げた。
「その馬と荷駄を木戸の外へ引っ張り出せ! 人間はそのままだし、端のほうへ寄せておけ!」
十人の足軽たちが棒を手にして素早く動き出し、次高来太をはじめとする柳沢家の人間約二十人を、まるで見えない柵を作るかのように横一列の棒で取り囲み、一ヶ所へと追いやって片隅に寄せた。
同心たちは荷駄と、荷物を積んだ十五頭の馬を、関所の木戸の外へと力強く引っ張りだした。
すると、そのあとに一台の駕籠がポツンと残された。
「あの駕籠の中身はなんだ」
「病人が乗っております」
来太のそばにいた侍が答えた。
平四郎は振り返り、中身はもう確かめたのかと尋ねた。
同心の一人が「はっ」と返事をして、小橋甚兵衛の顔をちらりと見た。
平四郎は素早く手で、その駕籠をピシッと指し示した。
「駕籠の中はいま見せたばかりじゃないか!」
来太が怒鳴り声をあげた。
病人などが乗っている駕籠は、戸を開けて中をチラリと見せるだけで済ませるのが、どうやら当時のルールのようだった。
だが、平四郎の手ぶりはそんな手加減を許さない、強硬な意志を示していた。
二人の同心が駕籠にぐっと近づき、その戸を開けようとしたまさにその時、駕籠の戸が内側からスーッと開き、草履を履いた一人の女性が外へと姿を現して、しっかりと立った。
それは登世だった。
小橋与力や同心たちはもちろんのこと、来太やその仲間たちもそれぞれの立場で思わず「あっ」と息をのんだ。
しかし、誰よりも一番驚いていたのは、もしかすると杉戸の隙間からずっとハラハラして様子を覗き見ていた青山主馬だったかもしれない。
「あなたの言うとおりですよ」
登世はまっすぐに平四郎の目を見つめ、帯の間から小さな扇を取り出すと、それをパッと半分ほど開き、(次高来太に向けて何か合図を送りながら)ハッキリと言った。
「これは柳沢さまの荷物などではありません! あなたの見立てどおり、すべて偽物です。向こうの長持に入っているのは本物の鉄砲です。さあ、それでどうなさるのですか!」
来太は登世のその合図をしっかりと見逃さなかった。
ちょうどその時、東の方角からこの関所の木戸に向かって、一騎の馬に乗った武士と、徒歩の供侍が七人ほど一団となって近づいてきているのが見えた。
その先頭にいるのは、すでに木戸のすぐ近くまで来ている馬上の人物――なんと、それは菱屋庄兵衛だった。
彼らは木戸の内側のただならぬ緊迫した様子を、遠くからでもすぐに察知したのだろう。
来太がそちらを見た時には、すでに庄兵衛は馬の上で弓をしっかりと構え、鋭く一の矢をつがえているところだった。
「邪魔だ、そこをどけ!」と来太が叫んだ。
平四郎は制止しようと片手を上げたが、来太はその叫び声と同時に愛刀を引き抜き、周囲を取り囲んでいた足軽たちの輪めがけて猛然と飛びかかった。
鉄砲を持った同心が来太を狙い定め、足軽たちはバラバラと四方へ散り、一触即発の緊迫した殺気が柵の中いっぱいに一気に広がった。
三
右手を大きく上げながら、村田平四郎は大声で叫んだ。
「やめろ、静まれ!」
しかしその時にはすでに、次高来太が足軽の一人に刀の峰打ちを食らわせ、もう一人の持っていた棒を真っ二つに叩き斬りながら、前へ勢いよく飛び出していた。
さすがは一目でわかるほど、見事でキレのある素晴らしい太刀さばきだった。
彼のまわりにいた柳沢家の侍たちも一斉に刀を抜き放ち、小者たちも木刀をしっかりと握り直して臨戦態勢に入った。
小橋与力は(平四郎の声が騒ぎにかき消されて聞こえなかったらしい)かなりパニックになりながら、鉄砲を構えている同心に向けて「撃て!」と命じ、自分自身も刀を抜いて、崩れかけた足軽たちのほうへと飛び出そうとした。
その瞬間――来太を狙い定めていた同心は、まさに引き金を引こうとしていたのだが、東側の木戸の外にいた菱屋庄兵衛が、馬の上からその同心に向けて矢を放った。
矢はまるで一本の細い糸を引くように、まっすぐに空気を切り裂いて飛び、同心の手にある鉄砲の、ちょうど撃鉄の下のあたりに「ガツン!」と激しく命中した。
「ドーーーン!」というすさまじい銃声とともに、鉄砲は激しい火花と煙を噴き上げたが、銃口は狙いから大きく脇へとそれてしまった。
ここまでの出来事は、ほんの瞬く間に起こったことだった。
来太が絶叫して飛びかかってから、せいぜい呼吸を三回か五回ほどするくらいの、ほんのわずかな時間だっただろう。
山々にこだまする巨大な銃声によって、敵も味方も思わずハッと息をのんだ。
その静まり返ったほんの一瞬の刹那に、「静まれ、刀を引け!」という平四郎の叫び声が、高く、そしてはっきりと周囲に響き渡った。
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