初級翻訳・山彦乙女 第21話

山彦乙女

――わたくたちの猿楽は、一年に一度、四月十一日の夜に神前で舞うほかには、決して舞ってはならないはずです。
花世はかたくなに首を振りました。
それは事実、その通りでした。
その日は恵林寺の機山公(武田信玄)の命日にあたり、亡くなった霊をなぐさめるため、さまざまな深夜の行事が行われます。
みどうの家はその祭主であって、古くから伝わる猿楽を神様に奉納するのが、代々のお務めとなっていたのです。
もともと登世は、おっとりとした気の優しいお姉ちゃんでした。
はね回るのが大好きな花世のことは、小さい頃からすっかり甘やかしていました。
――おすまし屋のおしゃれさん、そして泣き虫さん。
などと、花世はよくお姉ちゃんをからかったものです。
みどうの屋敷では、台所仕事や針仕事のために五十歳以上のお手伝いさんを何人か置いていたほかは、召使いといえば若い男たちばかりでした。
彼らはみな、何百年も昔からの古い家来筋の者たちでした。天正十年(1582年)に武田氏が滅びたときには、表向きは完全に縁を切ったかたちをとって農民に戻っていましたが、実際には今でもみどうの家来であることを誇りに思い、忠実な家僕として仕えることを最高の名誉としていたのです。
登世はそんな家来たちに対しても控えめで、なるべく面倒をかけないようにと気遣う様子でしたが、花世のほうはわがまま放題で、まるで暴君のように、絶えず彼らを走り回らせては疲れさせていました。
――乙女さまのお守り役に当たると、命が三年は縮まるな。
彼らはいつもそう言って、花世からうまく逃げ回る工夫をしていました。
だが、彼らが本当の意味で恐れていたのは、花世ではなく、姉のほうでした。
登世がいったん何かを言い出すと、まるで人が変わったように強情になり、それはまるで動かない石のようになって、誰の手にも負えなくなるからです。
母親は早くに亡くなっていました。
姉が十一歳、花世が七歳のときのことでしたが、そのお母さんが亡くなるまでずっと気に病んでいたのは、まさに登世のそういう性格のことでした。
――一歩間違えると、自分が不幸になるばかりでなく、他人をも不幸にしてしまう。
母親は、いつもそんなふうに心配していたのです。
こうした事情があったので、駒込へ行くべきか行かざるべきかという問題については、花世は相当な覚悟をして姉と戦わなければならないだろうと思っていました。
それほどまでに、姉の態度は強硬に見えたのです。
しかし、そこへ家扶(かふ、家令)の権之丞(ごんのじょう)がやって来ました。
詳しい事情は分かりませんが、父の具合が悪くなったことと、江戸への滞在が長引きすぎたため、引き上げて甘利(あまり)へ帰るようにと伝えに来たらしいのです。
もちろん姉の登世は、それを素直に承知しませんでした。
承知しないどころか、逆に自分の計画を権之丞に話し始めました。
その話の内容には花世は少しも関心がなかったのですが、権之丞はひどく狼狽(ろうばい)し、何とかしようと色々と策をめぐらせたようで、
――まずは駒込へおいでなされ。
と、花世にこっそり囁いたのです。
柳沢邸へいらっしゃってから、うまく抜け出せるようにこちらで手配をいたします、と。
権之丞のその囁きを聞くと、花世は飛び上がって喜びました。
――これで甘利へ帰れる!
それは彼女が心から待ち望んでいたことでした。
彼女が江戸へやって来てから、すでに四十日ほどが経っていました。
妹にも江戸の華やかな風俗を見せてやりたいという登世の希望で、半ば無理やり呼び寄せられたのです。
しかし実際に来てみると、どこかへ見物に連れて行ってくれるわけでもなく、毎日のように髪や肌の手入れをさせられたり、お化粧の仕方、立ち居振る舞いの作法、言葉のなまりを直されることなど、花世にとってはおよそ心外で退屈なことばかりをやらされていたのでした。甘利にいれば、川にもぐり、山を駆け、鳥や野獣を追いかけたり追いかけられたりして、自由に、縛られることもなく、思いっきり暴れまわることができる。
それが江戸では、お屋敷のまわりのほかにはどこへも出ることができず、お庭の木に登ったり、屋根に上がったりすればすぐに怒られてしまう。
大川や海へも、「潮風で肌が荒れてしまうから」といって、なかなか行かせてくれなかった。
もちろん、こっそりお姉ちゃんの目を盗んで飛び出すこともあるにはあったが、甘利での暮らしを思うと、せつなくて、うんざりしてしまう程度のものでしかなかった。
――早く山へ帰りたい。
夢に見るほど、郷里へ帰りたいという思いに駆られていたのだが、権之丞の様子から察するに、どうやら姉の許しを得たわけではなく、ひそかに脱走する計画のようだった。
それが、彼女を飛び上がらせるほど喜ばせた。
なまぬるく、刺激のない四十日余りの日々のあとだったからこそ、彼女にとってはそんなことでも胸がワクワクし、手足がうずうずするような気持ちになったのだ。
――本当に大丈夫なのね?
――大丈夫でございます。
権之丞にしっかりと念を押したうえで、彼女はやっと駒込へ行くことを承知したのであった。
お姉ちゃんはもちろん知らない。
そんな企みがあることなど、夢にも考えていないだろう。
妹が「うん」と言ってくれただけで、すっかり安心しているようだった。
だからこそ、その日になって海へと飛び出し、遊びほうけていたことについても、それほど激しく叱りはしなかったのだ。
「こんな日に泳いだりする人がどこにいますか。ごらんなさい、すっかり日に焼けてしまったし、潮水のせいでこんなに肌が荒れてしまったではありませんの」
「もともとこうなんですわ」花世はすました顔で言った。「わたくし、山猿の申し子でございますもの。お姉さまのようにお美しくはありませんのよ」
そして、えへん、とわざとらしく咳ばらいをした。
お化粧や着付けは向こうへ行ってからにするということで、このときは髪だけを結い上げたが、潮水に浸かっていたものだから、髪を梳くだけでも相当な手間がかかった。
猿楽に必要な道具や衣装は、あらかじめ先へ送り出してあるらしかった。
支度が済んで、お姉ちゃんと一緒に表玄関へ行くと、柳沢家の「四つ花菱」と「裏梅」の紋をあしらった非公式の女乗物が据えられており、やはり柳沢家の者なのだろう、駕籠を担ぐ六尺や小者たちのほかに、侍が四人待機していた。
「お疲れ様でございます」
登世がそう言って会釈したが、花世はツンとすまし、ものすごく威張りくたった様子で自分の乗物に乗り込んだ。
駕籠の脇を守る供は五人で、その中の一人である和助が、花世のすぐ脇に付いた。
乗物は築地から八丁堀へと抜け、日本橋の大通りへと出ていった。
町家の軒先には、どこも七夕の笹が立てられていた。
その枝に結ばれた色とりどりの短冊が、なまぬるいそよ風にひらひらと翻り、街全体が賑やかに浮き立っているように見える。
午後三時ごろの、まだまだ暑い盛りの時間だったが、さすがは一等地の大通りだけあって、人や乗物の往来はかなり多く、乾いた道から舞い上がる埃のなかを、早くも晴れ着に着替えた子供たちが汗まみれになって駆け回っていた。
花世にとっては、これが初めて見る賑やかな景色だった。

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